第57話 やっぱりハルカはすごいのかもしれない

 翌日。LIVEがあるという中野けやき(地下アイドル)の護衛のため、皐月は二人で小さなクラブハウスに訪れていた。


「これは……」


 百人も入れなさそうな俗に言う小箱。公演時間までまだかなりの余裕があるため、小さな会場周囲は人もあまりおらず、なんだかさみしげな印象だ。


 LIVE会場と聞いて想像していたものとだいぶ異なる現実に皐月は目を丸くする。


「あんたメジャーのアイドルとか思い浮かべてるでしょ」


「いえ、そんなことは。中野さんの素性を調べる際に、地下アイドルの文化にも多少は触れましたので」


「ふうん。LIVEとかも見たの?」


「はい。先月の……」


「それ対バンね。沢山のグループが入れ替わり立ち替わりで出てくるやつ。あれはそこそこ動員もあったからなあ」


「たいばん……」


「そ。グループが多ければその分それ目当てに来るオタクも多いでしょ? うちら単体じゃそんなに呼ぶ力ないの。ま、八十人も呼べるだけ界隈では強いほうだけど」


「八十人、ですか」


 これだけ可愛い女の子が歌って踊って、それでもたった八十人しか集められない現実。その厳しさを知って皐月は複雑な顔をした。


 しかしその直後に、配信で数万人を集めるギャンカスの事を思い出して吹き出してしまう。


 配信と現場。実際に参加するハードルに違いはあれど、何かに人を集めるという点でやはりハルカは抜きん出ている。


「ハルカさんってやっぱり凄いんですね」


「ね。キャラクター強いし探索面白いしギャンブルも面白いし。うちも配信やってるけど、絶対勝てないって思うもん。はーおもんねえ」


「ふふっ」


「いや何がおもろい?」


「……ッ、あは、いえ、その。おもんねえとか何がおもろいとか、ハルカさんがよく配信で言っているなと思いまして」


「あーね。多分あの人の口癖何でしょ。ずっと配信追ってると移るんだよね」


「じゃあ馬鹿がよとかも言うんですか?」


「あー言う言う。全然言うよ。オタクの前では出さないようにしてるけどね」


「そうなんですね」


「そそ。てかそろそろ入ろ。関係者だからうちらは今からでも入れるよ」


 ーーなどと話し合いながら、二人は早速クラブハウスの中へと入っていった。その際、皐月は扉を閉めつつ周囲の様子を鋭く観察する。もしこちらを狙っているような視線や気配があれば絶対に見逃すまいと神経を尖らせーー


「なにやってんの? はやくしなよ」


「あ、はい」


 結局何も見つけられずに、けやきと一緒に会場の奥へと向かって行った。ちなみにあ、はいもハルカの口癖である。皐月も少しずつだらしない語彙が移っているのだった。


 ーーーーーそんな二人を遠くから見つめる影があった。


「うお、気付かれるかと思った」


 巧妙に存在感を絶って遠くから二人を監視する男。その立ち姿、雰囲気。見る者が見れば分かる。匂い立つ程に強者の気配を纏っている。それも真っ当な強さではなく、闇討ちに適した恐らくは影の者。


 当然、誰もそれに気付くことはない。というより気付かせるようなヘマを彼は犯さない。もし気づかれたとしたら、それは相手がさらに上をいく化け物だったのだろう。


「……よぉ」


 そう、こんな風に。


「なっ」


 彼が気付いた時にはもう遅かった。背後から心臓の位置に鋭いものを突き付けられる。背後の男、ハルカはヘラヘラと笑いながらこう口にした。


「今すぐ半殺しにして軍の施設にぶち込むか、俺に財布渡してから優しく引き渡されるか、どっちがいい?」

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