第56話 こわいね

 謎の襲撃から守ってもらいたい地下アイドルと、さっさとスーツを返して欲しいだけの皐月たち。穏便にスーツを回収するため、仕方なくアイドルの言葉に従った皐月は、これまた仕方なく彼女を家に招いた。


「どうぞ。あ、ハルカさんはお茶とお菓子の用意をお願いします」


「え、俺なの? いつも皐月さんが……」


「今日はお願いします。私はこの人を案内しますので」


 有無を言わさぬ皐月の様子に渋々頷き、ハルカは全身から面倒くさいオーラを纏いつつキッチンへと向かって行った。


 それを横目で見送った地下アイドルは思い出したように口を開く。


「ねえ、今更だけど何て呼べばいい? 皐月さんとか?」


「名字の如月でお願いします」


「そう? あんた名前で呼んでいいのは男だけってタイプ?」


「ハルカさんだけです」


「ふうん。ここってあんたの家なんだよね? その割にハルカ色々と詳しそうじゃない? 客人のもてなしもできるみたいだし」


「だとしたら何なんですか?」


「やっぱ付き合ってんの?」


 それを問う地下アイドルの顔に浮かぶのは、純粋な疑問と野次馬根性であった。ハルカの熱狂的なファンであっても、その貞操でギャーギャー騒ぐタイプではないらしい。


「付き合っていませんよ」


「けど男女の距離感してるよね」


「距離感?」


「さっきも明らかに近かったし。絶対ある程度慣れた関係でしょ」


「だとしたら何なんですか。さっきからそのことばかりーー」


「この関係バラしちゃおうかなあ」


「は?」


 地下アイドルはニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべて続きを口にする。


「ハルカって言ったら今をときめく激アツ配信者でしょ? それとスーツの社長が色濃い関係なんて、結構なスクープじゃない? しかもあんた高校生だし。そうだなあ、メディアに売れば数百万はーー」


 などとのたまう彼女は、間違いなくハルカのファンであると言えた。類友とは言うが、どうやらクズの配信はクズの呼び水となっていたらしい。いかにもハルカのファンっぽいクズ発言だ。


 ただ、実際その言葉通りにバラされたら、ハルカと皐月は社会的に死ぬことになるだろう。既に半殺し状態&いざという時には光希のヒモになれるハルカはともかく、まだ未来がある皐月は色々とまずい。


 故に皐月は地下アイドルに下手に出るーーーー


 なんてことは無く。冷徹な瞳で相手を正面から見据えると、にっこりと微笑んで口元を釣り上げて嗤った。


「中野けやき、二十一歳。神奈川エリア横浜市◯◯◯◯◯◯◯◯住み、同居人は無し、ペットに今年3歳になるうさぎを飼っている。身長162センチ、体重51キロ、スリーサイズは……」


「は? え、ちょ、待って待って待って!!!」


 地下アイドルが目を剥き、テーブルを叩いて立ち上がった。彼女が皐月を見る目は、さっきまでの威勢を失い恐怖に揺れている。


「どうされました?」


「い、いや、だって、え? は? 私の個人情報じゃん、なにして……」


「お互いに口を閉ざしていた方が色々と都合が良いと思うのですが、いかがでしょう?」


「…………ッ。わぁったよ!」


 そう叫んで地下アイドルはどかっとソファに座り込んだ。ちょうどその時、もてなしの用意を終えたハルカがリビングにやって来る。


「え、どしたのこの空気」


「なんでもありませんよ。ですよね?」


「……なんでもない」


「お、おおふ」


「ではこれから大事な話をしますので、ハルカさんはさっさと2階に上がってて下さい」


 皐月は徹底してハルカを地下アイドル改めて中野けやきから引き剥がそうとする。それに従って階段を登っていくハルカだがーー


 今の彼らはまだ知らなかった。まさかあんな出来事がきっかけで、ハルカと地下アイドルが深い関係を持つことになるだなんてことを。

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