第55話 提案
「え、なんで!? は? え、え、え!? なんで、やばいやばいやばやば!」
地下アイドルちゃんはハルカの手を取って握手をした。興奮しているのだろう。ぶんぶんと振り回すような握手にハルカの身体が傾く。
「本当にすごくファンで! ほら! 見てみて!」
ハルカにスマホの画面を見せる地下アイドル。その画面に映るのは、登録者数5人と表示されたハルカのチャンネルであった。
「あ、なんで5人なんだ?」
「私5人目の時から見てるんです!! 私が5人目のチャンネル登録者ですからね!」
「お、おおう」
「やば、ほんとに本物じゃん! 握手しちゃってる!! もう手洗えないんだけどどうしよう……」
地下アイドルちゃんは興奮気味に、なんならちょっと顔を赤くしてクネクネしている。よっぽど根強いハルカのファンなのだろう。
それを見るハルカの視線はーー
(俺の厄介ファンとか絶対関わり合いになりたくないんだけど)
冷めきっていた。
だって、ダメ男の見本として辞書で顔写真が出てきそうな自分を好きになる女なんか、絶対にろくでなしなのだ。
さっきもめっちゃ理不尽に怒鳴って皐月に噛み付いてたし。なんか今は収まってるけど、多分この女は妖怪ヒステリック女さんなのだ。
(はぁ)
ハルカは取り敢えず当初の目的を達成することにする。すなわち、スーツの返却である。
「あー、取り敢えず話があるんだけど」
「はい!」
「カクカクシカジカでーー」
◯
発信機が取り付けられている事は上手く誤魔化して事情を説明したハルカ。推しの話だからと落ち着いて聞いていた地下アイドルは、なるほどと頷いて、
「でもやだ」
「は?」
正面から断った。
「いや、さっきの見たでしょ?最近変な奴らに狙われてて、ちょっとでもスーツが無いとやばいかもしれないんだよね。今回はホントに死ぬ所だったし」
「何やらかしたんだよ。心当たりとかないの?」
「そんなのないから!……うん、ない。ないはず」
「おいこら何目ぇ逸らしてんだこっち見ろ心当たりあるなぁそれ」
「あ、ははは」
地下アイドルが乾いた笑みを浮かべてそっぽを向いた。
「何か事情がお有りなのですか?」
「いや、事情ってほどじゃないけどさ。最近サラ金でパチンコとか競馬してるから……。けどさ!それならせいぜい金の回収に来るだけじゃない?絶対に違う何かから狙われてるよねこれ! 私悪くなくない!?」
確かにそれは間違いがない。借金をした程度じゃ命までは狙われない。それは過去にハルカも経験しているから知っている。現状は借金取りにしては過剰すぎる。
であれば別の何かに狙われているのだろう。ただ、いったんそれは置いておいてーー
ハルカは思ったことをそのまま口にした。
「あ、こいつ終わってるわ」
「ハルカさんが言うんじゃありません」
「あ、はい。けど俺借金はしてなくね? 皐月さんのお金でしてる訳でもないし」
「けど私のお金をあてにして私生活を送ってますよね? 締め切り間近の支払いも私が立て替えたりしてますよね?それで浮いたお金でギャンブルをしているなら、私のお金で競馬しているようなものですよね?」
「すみません誠に申し訳ございません返す言葉もございません」
「……全く」
好きな男の情けない姿にため息をつきながらもどこか嬉しそうなあたり、皐月も救いようがない。
地下アイドルは軽くドン引きして2人の様子を見ていた。地下アイドルというアングラ文化に身を浸しているからよく見るが、これは『こんなダメ男私がいないと駄目なんだから』と同じである。
「なに、二人デキてるの? 付き合ってる?」
「いいえ。付き合っていません」
「あ、ハルカってそういう感じだったんだ……」
ゴミを見る目をハルカに向ける地下アイドル。心なしかちょっと2人の距離も開いている。どうやら警戒されたらしい。
「んっんー!! ま、まあ話戻そうぜ。今はスーツの話だろ」
「それはそうでした」
「いやいや言ったじゃん。それは無理だって。そもそも重要な欠陥って何?今のところ何も問題なく使えてんだけど」
「急にスーツが使えなくなるかもって話だよ。戦ってる時にそうなったらどうすんだ?」
「……それは。なに、じゃあ新しいスーツはすぐにくれるの?」
「おう。当たり前だろ。てか心配ならしばらくの間面倒見てやっても……ぐぇっ」
「ハルカさん、それはやめましょうね」
探索者の全力を込めたパンチがハルカの鳩尾を抉る。それを放った皐月はニコニコと笑顔を浮かべていた。
これ以上寄生先を増やすつもりか?と。
ただ、今の言葉を聞いた地下アイドルは、ニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべて、
「あ、そうだ。二人がしばらく私のこと守ってくれたら、素直にスーツ返してあげてもいいよ」
そう言った。
さっき見た皐月の実力は相当なものだったし、ハルカが戦える事も以前の配信でバレている。この2人が守ってくれるなら安心と言えるだろう。
ーーそんなあっさい考えを皐月が見抜いていないはずもなく。
そして、こんないかにも男を沼らせそうな女に、ハルカを付けるわけもなく。
「いえ。ハルカさん以上に強い知り合いがいるので。護衛は私とその人で問題ないでしょう」
◯
「くしゅん。あれ、風邪かなあ」
テレビの収録中。誰かに噂された気がして、光希は小さくくしゃみをした。
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