第11話 めっちゃ好きですやん‼
私は、背中にあたる硬さと冷たさによって、目が覚めた。
まず一番に視界に飛び込んできたのは、薄暗く、汚れた天井。かなりボロボロで、至る所にヒビが入っている。
私、一体どうしたんだっけ……
確かジークたちと別れた後、拠点である屋敷に戻ろうとしたら、突然傍で男の人の声が聞こえて……逃げようとしたけれど身体が動かなくなって、気付けばここに……
私、もしかして誘拐されたの?
ゆっくりと身体を起こし周囲を見渡したけれど、中にいる人間を外にださないように並んでいる鉄格子以外は何も無い。 。
どうやらここ牢屋みたい。
でも、どうしてだろう。
私、ここを知っている気がする。
ゲームをプレイした記憶じゃなくて、リタとして生きてきた人生の中で、この場所に来たことがある気がする。
そういえば、私を連れ去った謎の声も言ってた。
”ほほう……あのときの娘か。懐かしいな”
と、まるで旧友に出会った時のような気安さで。
じめっとした空間なのに、急に周囲の温度が下がった気がした。
血の気が引き、手先から温もりが消える。
私の知らないところで、何かがあったかもしれない可能性に、全身の肌が粟立つ。
「一体……何なの? 私……」
心に留めておけなくなった恐怖と不安が、言葉となって空間に響いたそのとき、
「……リタ?」
名を呼ばれ、私は急いで鉄格子に貼りついた。
残念ながらどれだけ鉄格子に顔をくっつけても、隣を見ることはできなかった。だから声を潜めて声の主の名を呼ぶ。
「もしかして……ウィルさん?」
「ああそうだ」
ジークと一緒にイヒャルゼクトを倒すために旅立った魔法使いが、隣で捕まっていた。
*
「そうだったのか……まさか、あんたが誘拐されるなんて思いもしなかった。巻き込んですまなかった」
「いいえ……」
ウィルの謝罪に、私は首を横に振った。と言っても、彼から見えるわけじゃないんだけど。
「でも、どうしてウィルさんもここに? 捕まったんですか?」
「まあ色々あって、な……」
ウィルは返答は何とも歯切れが悪かった。
これ以上何も話してくれなかったため、私は彼がここにいる理由を追及することを止めた。
それにしてもジークは一体どこに?
まさか親友を見捨てて逃げた、なんてことはない、よね?
ウィルとはまだ出会ったばかりなので話す話題がなく、場がシーンとなった。
こうやって、まだ慣れていない人と間に流れる沈黙って、苦手なのよね。何か話さなきゃという焦りが沸いて落ち着かなくなっちゃうし……
頭の中で、何か話題がないかと探っていると、ウィルから話しかけてきた。
「ジークが言っていた。お前が望むから、魔王を倒しに行くんだと」
「そう、ですね。なのでこれから聖都に行く予定だったんです。魔王の居場所が分かるという、聖女レイラ様と会うために」
「そうだろうな。まああいつは頑なに、『リタと結婚式を挙げるためで、聖女と会うのはついでだ』と言い張っていたがな」
ジークぅぅ……あなたって人は……本当にもう……
ついでじゃないでしょ……そっちが目的でしょうがよ……
私のため息が、牢屋に響く。
しかしウィルの反応は違った。
「だがリタ、お前のお陰で、再びジークは魔王討伐を志すようになった。礼を言う」
まさかウィルから御礼を言われるなど思わず、私は慌てて否定した。
「そ、そんな! 元はと言えば、私がジークの命を狙ったのが悪いんです! それさえなければ、あなたたちは今頃魔王を倒し、世界に平和をもたらしていたはずです! 私さえ、いなければ……」
言葉尻がみるみるしぼんでいく。
罪悪感で胸が苦しくなる。
だけど聞こえてきたのは、クスリと小さく笑う声。
「魔王討伐に出るために、少し遠回りしただけだ。何の問題がある?」
「で、でも……」
「それに当の本人も言ってただろ? お前を追うことを選んだのは自分の選択だし、後悔も反省もしていないと。あいつは今、お前と一緒にいられてとても幸せなんだ。それに、あいつの中でフワフワしていた魔王を倒す理由が固まって、逆に良かったと俺は思う。【世界のため】よりも【好きな女のため】の方がよっぽど人間味があるし、信用出来る」
「幸せ……? ジークは今、幸せなんですか?」
「ああ。幼い頃から一緒にいる俺が言うんだ。間違いない。それにお前がいなくなった後のジークは、それはそれは酷いものだったからな」
ウィルが呆れたように笑った。
この人、こんなに人間の出来た人だったっけ?
ジークよりもよっぽど主人公っぽいんだけど……
でも何だろう。
ウィルの話を聞いて、胸の奥が苦しい。なのに何故か温かくて、唇が緩んでしまいそうになって――
そのとき、
「……リタ、あんたに一つ頼みがある」
「頼み事……ですか?」
出会って間もない私に頼み事ってなんだろう?
不思議に思い訊ね返すと、思いも寄らない返答がきた。
「ああ。俺がまた普通に女と話せるように、助けて貰えないか? さすがにレイラ様に頼むわけにはいかないからな」
「いいですけど……一体なにをすれば?」
「普通に話しかけてくれれば良い。何故お前とは普通に話せるのか、他の女たちとの違いは何かを分析できれば、恐怖症を克服出来るんじゃないかと思っている」
「なるほど……」
確かにそんなこと、聖女様にお願いするわけにもいかないもんね。
「分かりました。じゃあ、ウィルさんにたくさん話しかけるようにしますね」
「すまない。今の状態だと仕事でも困ることが多いからな。それに……」
ウィルは言いにくそうに言葉を切った。
だけど彼が何を言いたいのか、簡単に予想はつく。
「このままじゃ、彼女も作れませんもんね」
「ま、まあ、そういうことだ……」
いつも冷然に話す彼の声色に、若干の恥ずかしさが滲み出ている。
どんな表情をしているのか、めっちゃ見たい。
だけど……彼がそういう考えに至った理由を考えると、決して笑えなかった。
気が付けば、考えていたことが口に出ていた。
「もしかして……聖女様を諦めるため、ですか?」
しまったと思ったけれど、もう遅い。
今まで以上の重い沈黙が、私たちの間に流れる。
だがそれは、ウィルの長いため息によって破られた。
「あの方は俺の心を救ってくださった恩人だ。それ以上でも、それ以下でも……ない」
は――――――――――――――――! めっちゃ好きですやん‼
めっちゃ好きが伝わってきますやんっ‼
キュンキュンすんわ、こんなん‼
ううっ、やっぱりウィルの裏切りは避けられないのかなあ……こんなに人間の出来た、いい人なのに……
ウィルの恋を応援したい気持ちと、裏切りの可能性を心の天秤にかけ、グルグルと回していると、突然頭上からもの凄い音が聞こえてきた。
それと同時に天井が揺れ、パラパラと天井の破片が落ちてくる。
驚いている私の耳に、楽しそうなウィルの声が聞こえた。
「……やっと始まったな。ジークのやつ、遅いぞ」
「え? この騒動、ジークの仕業なんですか⁉」
どうやらウィルは囮で捕まり、その間に潜入したジークが、人質たちを探し出していたのだという。今聞こえている破壊音は、人質を見つけ、救出ルートを確保した合図なのだそうだ。
だから、ウィルが捕まった理由を聞いたとき、濁したのね。
もしかすると、誰かに聞かれている可能性があったから。
次の瞬間、隣からも大きな破壊音が聞こえた。鉄格子が吹き飛び、カランカランと派手な音を立てて転がる。
転がった鉄の棒を蹴飛ばし、姿を現したのはウィル。
「待たせたな、リタ。さ、脱出するぞ」
「はい!」
私は大きく頷くと、ウィルとともに牢屋を脱出した。
隣で、出来るだけ私のスピードに合わせて走る彼を横目で見て思う。
ウィルを裏切り者にしない方法を、必ず見つける、と。
勇者の命を狙うサブイベント令嬢ですが、前世の記憶を思い出したので命を狙うのを止めたら「なんで殺しに来ないんだ」と勇者に執着されました めぐめぐ @rarara_song
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