凡才子役
ラム
恵まれた少女
私が生まれた時に誰もが目を見開いたという。
何故ならあまりにも可愛らしかったから。
天からも親からも寵愛を受けた私は、8歳くらいの頃に親の意向で劇団に所属して子役になった。
さらに入団して3ヶ月で初仕事まで貰った。
私はよくわからないけれどテレビに出られることが嬉しくて、クラスメイトに自慢して回った。
「私ね、芸能人になったのよ!」
「えぇ、ほんと!? 凄いよ京子ちゃん!」
「うん! 今度テレビ出るから見なさいよね!」
そして向かった撮影所。そこは私の想像とは違った。
「じゃあ君はそこの入り口からそこの木のところまで歩いてね」
私はエキストラとしてドラマに出演することになっていたのだ。
主役の男優とヒロインの女優がデートするシーンの背景で、歩いているモブキャラの役。
いや、台本には通行人Aとすら載らないモブキャラ未満。
どうしようもなく惨めだけど、役割を演じなければならない。
「そこの君、表情暗いよ! もっと楽しそうにしてくれないと困るから!」
「は、はい!」
「うし。よーい、はい!」
私は不自然にならない程度に明るく歩く。
「カット!」
少しして名もないキャラの役は終わった。
──
「京子ちゃん、疲れた顔してるね」
「べ、別に? ただ昨日は収録があったのよ」
「そうなの! すごーい! いつテレビでやるの? 私見たい!」
「あ、それは、えーと、関西でしか放送されないやつで……」
「そうなんだ、残念。でも京子ちゃん凄いよ!」
「あはは……」
友達は私のことを凄いと言ってくれるけれど、私はかえって虚しくなる一方だった。
それからも私は観客B、公園で遊ぶ子供Cなどを演じ続ける。
しかしエキストラの仕事をこなしていると、誰かの目に留まったのかドラマのレギュラーのオーディションを受けられることになった。
オーディションはそうそう受けられる物ではないし、受かるのもたった1人。
私は何度もイメージトレーニングをして眠りにつき、オーディションに臨んだ。
「藍沢京子です、よろしくお願いします」
「君かわいいねぇ。今までオーディションで見てきた中で1番かわいいかも」
「あ、ありがとうございます!」
私がオーディションに受かったと思ったときだった。
「ところで君、泣ける?」
「え?」
「今この場で泣けるかって聞いてるの」
「……」
「出来ないのね。じゃ、いいよ」
こうして私はオーディションに落ちた。あまりにもあっけなく。
そう思ったけれど、意外にも採用された。
「君が京子ちゃんね。確かにかわいいな……」
「ありがとうございます!」
「じゃ、台本のこのページからこのページまで覚えておいてね」
「はい!」
撮影は順調に進んだ。私の演技は辿々しかったけれど、特に注意されることもなかった。
「下手くそ」
主人公の息子の設定の子役が、ふと私に嫌味を言ってきたけれど無視した。
しかし問題はここからだった。
「じゃあ次のシーンで泣いて」
その言葉に私はキョトンとする。
「泣くってどうすればいいんですか?」
「ほら、今が人生で1番悲しいと思って」
「その、目薬とかじゃダメなんですか?」
こう言うと、監督は周囲と目を合わせ、私に怒鳴りかけた。
「おい、使えねえガキが! それで通用すると思ってんのか! こっちはおままごとじゃねえんだよ、あぁ!? 使えねぇなら帰れ!!」
私は驚いて、そして怖くて泣いてしまう。
「今だ、カメラ!」
こうして私が泣くシーンは収録された。
──
「京子ちゃん、テレビ見たよ! 泣いてるシーンが凄かったよ!」
「あはは、まあね!」
「京子ちゃん、わたしもテレビ出たい!」
「いや、芸能界は大変だよ」
「そうなの?」
「そうよ」
私はクラスでは人気者……と言うわけではなく、むしろ疎まれていた。
ある子からは高嶺の花と思われ、ある子からは妬まれていたから。
しかし学校も休みがちな私にも友達がいることは幸せだった。
──
「よし、じゃあ収録はこれで完全に終了! お疲れ様でーす!」
「お疲れ様です」
「あぁ、京子もご苦労様。また仕事来るといいね」
「はい、ありがとうございます!」
これが皮肉だと気付いたのは収録が終わり、仕事が来なくなってからだった。
そして私は、子供ながらに才能がないことに気付き、絶望した。
──
「京子ちゃん、最近テレビ出てないけどどうしたの?」
「あ、あぁ、勉強を優先しようと思って学校来てるのよ!」
「そうなんだ、偉いね! わたしも京子ちゃんと毎日会えて嬉しいよ!」
「そう、ね」
胸がチクリと痛んだ。私は本当は収録に行きたいのに……!
「どうしてそんな悲しそうなの?」
「べ、別に悲しくないわよ!」
「あ、もしかしてテレビに出てないから──」
「うっさい! あんたに何が分かるのよっ!」
「京子ちゃん……? 酷いよ……」
「なにあんたが泣いてんのよ! 泣きたいのはこっちよ!」
気がつくと私まで涙を流してこれまでに起きたつらいことや仕事が来ないこと、そして才能がなく絶望したことを全部話していた。
話終わる頃には、友達は泣き止んでおり、逆に心配そうにこちらを見ていた。
「はぁ、はぁ……ご、ごめん、私、そんなつもりじゃなかったのに……」
「京子ちゃん、辛かったんだね、ごめんね……」
「謝るのは私よぉ……」
わんわん泣く私を友達は優しく抱きしめてくれた。
クラスメイトも一部始終を見ていたものの、口出しをする者はいなかった。
──
「京子ちゃん、劇団辞めるのね」
「はい、お世話になりました」
「そう……もう少しいてほしかったわ。でもなんで辞めるの?」
「なりたいものが見つかったんです」
「それは?」
「普通の女の子です!」
「くすっ、出来ればもっと大成してから言って欲しかったセリフだわ。でも、よく頑張ったわね。お疲れ様」
「ありがとうございました!」
こうして私は劇団を辞めた。
──
「というわけでもう私はテレビに出ることも学校を休むこともないわ」
「そうなんだね! よかったぁ」
「……まぁ、まだフクザツだけどね」
「そういえば京子ちゃんへって手紙貰ったんだ」
「また?」
この間クラスで大泣きしてから、何故か私は逆に親しまれるようになり、ラブレターを貰うことも増えた。
私はただの小学生に戻ったのだから、これより嬉しいことはない。
友達にも恵まれ、学校という居場所もあって、私は幸せだ。
──
「なんてこともあったわよね」
「あぁ、また懐かしい話してる」
「お酒飲むとつい昔のこと思い出すのよね」
「でも泣いた時は本気で驚いたよ」
「あれは忘れて……」
私は恥ずかしい過去を忘れる為に残った梅酒を一気に飲み干そうとするも、それすら甘酸っぱい思い出だと思い一口だけ飲み、話題を変えた。
「そういえば中学生のときあんなこともあったわよね、あれは──」
凡才子役 ラム @ram_25
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