そして、あやかしは消えた

「どうです、痛いところとかありませんか?」


 岩戸は、光に包まれる幽霊に向かって話しかける。

 冷たく事務的な、でもどこか優しい声。


「ああ……えっと……ちょっと、苦しいですかね……」

「そうですか、それはまだあなたがこの世に未練を残しているという証拠です。どうします? まだ引き返せますが」



「――いえ、続けてください」


 正直に言うと、この世で全部やり尽くしたかと言われるとそんな感じはないな、と幽霊は己を顧みる。


 最初は趣味のソロキャンプのついでに始めた配信チャンネルが、いつの間にか配信のためにキャンプするようになった。

 人気配信者を見てうらやましくなった。

 どうすれば再生数を、登録者数を増やせるか躍起になって、登山をするような場所まで行くようになった。


 で、自分の力量よりもレベルの高い山に登って、その結果、死んだ。



 自分が幽霊になったと気づいて、最初はこの世から去ろうとした。

 だって明らかに場違いだし。世間的には死んだことになってるからややこしいし。


 けどあるとき、空き家をうろついてたらたまたま撮影をしていた男と出くわした。

「やばいやばい!」

「本物だよあれ!」


 男は自分の姿を見るやいなや駆け出していく。


 と、そのようなことが何回も続いたので街に出てみると、なんか幽霊で町おこしをしている。



 そのとき、自分が有名人になった気がした。


 自分の承認欲求が満たされていく気がした。


 撮影をしている人がいたら、片っ端から出て回った。


 町に人が増えていくのを見て、得意げになった。



「よし、今度はどこに出ようか。もう一回川沿いの空き家にしとくか、いやそろそろ変化が必要かな、いっそのこと役場とか公民館に行っちゃうか、いやでもそれは神秘性が薄れるかな……」

「こんばんは、話題の幽霊さん」


 そんなとき、岩戸に会った。



「――や、やめてください岩戸さん! わたしそんなに成仏したいわけじゃ、あ、いや、今のままでもややこしいことになっちゃうな、とは思うんですけど……」


 強制的に成仏させようとした岩戸を嫌がっているうちに、気づいたら自分の気持ちを話していた。


 何しろこのまま自分の存在がバズっていったら、遠からず自分の親戚や知人にも伝わってしまう。そうなるのが、なんとなく嫌だった。


 それに、なんかズルい気がしたのだ。

 そもそもこれ、バズっているのは本当に自分なのか?



「……わかりました。私ならば、あなたの望むタイミングであなたを成仏させることができます」

「そうですか」

「ただ、それでいつまでもあなたを放っておくわけにはいきません。死者は本来速やかに成仏しなくてはならないので。長い間このままにしていては、私の監督責任も問われます。そこで提案なのですが……」


 岩戸の提案を自分は受け入れた。


 ――というか、短刀を終始こちらに向けられていて、受け入れる他の選択肢は無かったのだけれども。



「ああ、もしかして。『ひゅるりおに』さん」

「は、はい?」

「わが町の宣伝を続けてくれていたのは、やっぱりまだまだバズりたかったからです?」


 岩戸の目はまっすぐ幽霊を捉えて離さない。

 万が一成仏させる幽霊が暴れ出したときにすぐ対応できるように、というものではあるが、幽霊側から見ると、その目はちょっとした殺意にさえ見えてくる。


「……はい、それはあります。町の宣伝をする幽霊なんて、斬新でしょう」

「確かに。最もそのせいで、幽霊騒動はやらせ疑惑が出ているらしいですが」


 斬新といえば斬新だが、おかしいといえばおかしい。

 なんなら今いる町じゃなくて隣町の宣伝をしているのはさらにおかしい。



「あ、そうなのですか。でも、まあそれでも良いかな」


 幽霊はそこで、ようやく実感した。


 このまま自分の存在はやらせってことになって、みんな終われば楽になる。

 自分は、バズることに疲れていたんだ。


 成仏したいって気持ちが、最初から無かったわけじゃないし。


 というか、わたしが死んだのって、再生数や登録者数目当てに無理な登山をしたからだし。



 そう思うと、苦しみがすっと消えた。

 自分の周りを取り囲む光が、心優しい癒しの光に思えてくる。



「あれ、どうしたのですか」

 岩戸が幽霊の表情の変化に気づいて、目ざとく話しかける。


「……もしかして、未練が消えましたか」

「はい。――あ、最後に良いですか」


 幽霊は、笑顔を作る。



「あなたの町を宣伝した理由は、町の人々がとても良い人ばかりだったから、というのもあるんですよ」


 町を出るときに言われた、たくさんの感謝の言葉。


 あんなふうに自分の存在を喜んでくれたの、初めてだったなあ……




 そして、『ひゅるりおに』はいなくなった。


 光が無くなり、周囲はまた、暗闇の雑木林に戻る。



 岩戸はスマホを取り出し、報告用の写真を事務的に撮影する。


 今後幽霊騒ぎは無くなり、やらせか否かの調査もできなくなるだろう。

 そうすれば少しずつ、町も元の姿――過疎に悩む、身の丈にあった町――に戻っていくことになる。

 もちろん『ひゅるりおに』の方も同じだ。


 今回の騒ぎで増えた観光客をどれだけ町に定着させられるかは、町長や観光協会の手腕にかかっているわけだけど、こればかりは時の運というのもある。

 岩戸が主体的にできることは無いし、そこまでする義理もない。



 次の幽霊調査の任務が入っていることに気づき、ため息をつくぐらいしか、今の岩戸にできることはなかった。

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あやかしをつくろう! しぎ @sayoino

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