成仏までにはまだ時間がある
「――だから、勝手ながらあなたのことを少し調べさせてもらいました。26歳のとき、趣味の登山中に足をすべらせて滑落、そのまま死亡したそうで。そしてあなた、生前はキャンプ配信者をしていたそうですね」
「町役場の職員というのは、そんなことまで調べられるのですか」
「いえ。これは私が所属する、霊に関する組織のデータベースを閲覧して得られた結果です。まあ、ちょっとした自治体のもの以上の情報量はあると思いますが」
岩戸には2つの仕事がある。
1つは表向きに名乗る仕事、すなわち町役場に勤務する地方公務員。
そしてもう1つは、霊に関するあらゆる事象を取り扱う仕事。母から受け継いだ力を駆使して、世の中で起こる多くの霊的騒動などに対処する。
特に岩戸は、必要とあらば命の危険がある場所にも飛び込んでいく実行部隊の1人だ。
「そして失礼ながら、あなたの生前持っていた配信チャンネルやSNSなどを拝見しました」
「そ、そんな……」
「そこであなたは度々、再生数やフォロワー数を増やしたい旨の発言をしていました」
「や、やめてください!」
『ひゅるりおに』さんが大声を張り上げる。その声、もう少し『ひゅるりおに』撮影のときも出してほしかった、と岩戸はため息をつこうとして我慢。
「幽霊騒ぎの動画と合わせて考えると、あなたは承認欲求を満たせなかったことがこの世への心残りになっているのではないか」
「ほ、ほんとにやめ……」
『ひゅるりおに』さんが叫ぼうとしたその瞬間、振り返った岩戸と目が合う。
射るような視線に、幽霊がまた正座に戻って、口をつぐむ。
「……ならば、町の計画に協力してもらえれば、あなたも成仏できる決心がつくのではないかと私は考えました。そしてその通り、あなたは見事に町に貢献してくれた」
幽霊は思い出す。
出会ったその瞬間に短刀を自分の首筋に当ててきた、岩戸のすごみのある顔を。
「強制成仏させようとしましたよね、岩戸さん……」
「それは放っておけばあなたが人を驚かすのをやめそうになかったからです。あれでは隣町はますます嬉しい悲鳴だし、霊と触れる人間が増えすぎてしまう」
「触れる……?」
「霊に関わった人間は、日常生活でも霊の干渉から逃れられなくなる。ざっくり言えば霊が寄ってくるんですね。あいつわたしたちのことに理解があるぞ、って」
1回や2回ならまだしも、数回も関わってくるといよいよ冗談ではいられなくなる。
自らにも霊の影響が出てきて、いないはずのもの、聞こえないはずのものの存在を必死で主張したりする。その延長でカルトなんかにハマったり、最悪は幻覚から薬物に頼ってしまった事例も多い。
そういう人間を0にするのが、岩戸の仕事だ。
「えっ、じゃあ岩戸さん……」
「心配しないでください、私は生まれつきの力と特殊な訓練のお陰でそんなに大事にはなりません。テレビや映画を見ていると、画面内の人間がずっとこっち私の悪口言っているように聞こえているぐらいです」
それは、大事ではないのか……?
その疑問を『ひゅるりおに』さんは飲み込む。幽霊だから飲み込んでも透けて見えるかもだけど。
「だから、幽霊騒動というのは少しでも早く解決しないといけないのです。まず強制成仏を試みるのが、幽霊と出会ったときの原則です」
強制成仏されかけたときに気づいたけど、やっぱりこの人怖い。
『ひゅるりおに』さんの足が、無意識のうちに震えだす。幽霊だからこんなの全然構わないのだが。
「ですがあなたが抵抗したため、私は今回のような対応をとることになりました。町の怪異作り、動画作成に共有してくれるなら、成仏まで少し時間をあげることにする、というものです。――おっと、今更心変わりしようとしてももうできませんよ」
この期に及んでそれは無いだろうが、と岩戸は思い返す。
自然な成仏が嫌い、という霊はめったにいない。
でも、現世でやり残したことがあるとか、これをやってみたいとか、そういうのがある霊はいわゆるあの世へは行かず、その目標設定のためにいろんなところをぶらついている。
『ひゅるりおに』さんの場合は、もちろん認められたいという欲求でもって、現世にとどまり続けている。
だから、岩戸はあやかしのでっち上げという難題のキーパーソンに、彼女を誘ったのだ。
「そのかいあって、私の街は隣町にも負けない観光客数を手にしました。そしてあなたも成仏できそうだ。――ああ、『ひゅるりおに』さんありがとうございます。あやかしの役を引き受けてくださったことに関しては、本当に感謝しているのです」
「いや、でも……」
あなた、ずっとわたしのこと見てましたよね。有無を言わさぬ態度。さり気なく飛んでくる矢のような視線。撮影終わりに、急に肩を叩かれたときの、あの感触。
あの状況で、嫌だなんて言えないです、岩戸さん……
「さて、これで下準備が終わりました」
気づくと、岩戸は『ひゅるりおに』さんのいる石の上をぐるりと囲むように、木の幹に短刀で印をつけていた。
そしてその状態のまま、一本の幹をコツンと叩く。
――その途端、周囲がまばゆい緑の光に。
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