長い後日談の幽霊話

最後の夜に

 ホーホー……ホーホー……



 夜行性の鳥の鳴き声だけが、雑木林の奥からかすかに聞こえる。


 山へ向かっていく林。進むほど周囲の木々や草は高くなり、うっそうとした雰囲気が強くなる。


 開けたところであれば、星の明かりで多少は視界も良くなるが、基本的には木々に覆われ周囲は暗い。よほど注意深く進まないと、地面の木の根や、石に足を取られてしまう。



 コツコツ……コツコツ……



 そんな真夜中の雑木林の中を、進む足音がある。


 その足音は速い。足元が見づらい、夜の雑木林の中とは思えないほどの早足だ。



「……このあたりだと思ったのですが……」


 足音の主が、歩きながらつぶやく。


 そして少し止まる。


 止まって、周りをぐるりと見回す。



「はて、昨日の動画を見る限りでは、確かにここに出ていたような……」



 彼女はスーツの襟を整え、眼鏡の位置を正す。

 そして目をつむり、精神を落ち着かせ、探している相手の気配を探る。




 ――いた!



 彼女はそれまでよりさらに早足になる。

 彼女が履いているのは、スーツ同様真っ黒なヒールだ。


 コツコツコツコツ……


 ヒールの底が等間隔で彼女の歩みを足音に変える。


 目的の存在を見つけた彼女は速い。



 1分と経たないうちに、彼女の前には昨日動画で見たばかりの顔があった。



 見た目は20代半ばの美人。それだけなら、夜の雑木林なんかよりも昼の街中の方がお似合いだろう。


 でも、一目見れば昼の街中にいてはまずい存在であることは明らかだった。



 何しろ、宙に浮いているのだから。



「『ひゅるりおに』さん、お久しぶりです」


 その宙に浮いた女性に、通りですれ違ったような気楽さで、ヒールの彼女は声をかける。

 動揺したのは、『ひゅるりおに』と言われた、宙に浮いていた方。



「岩戸さん!?」


「お疲れ様です。そろそろ、お約束の期限になりましたので」


 感情のない声で言い放ち、彼女――岩戸は、懐から短刀を取り出した。



 ***



「……すみません。この姿になってから、どうも時間感覚が合わなくて」

「仕方ありませんよ、本来あなたは、もうこの世にいるべきではない存在なのですから」


 そう言いながら、周囲の木々に短刀で傷をつけてまわる岩戸。


 その中心では、『ひゅるりおに』役の女幽霊が、わずかに地面から宙に浮いた状態で正座している。



「あの……聞いてもいいですか」

「なんでしょう」

「どうして、岩戸さんは……わたしにあんなことをさせたんですか」


 岩戸は振り返る。



 一月半前に、この雑木林で初めて会ったときと同じ顔をしているな、と岩戸は思った。


「それはもちろん、あなたが何か……この世に未練があるように見えたからですよ」

「そうですか?」

「はい。あなたが隣町で起こしていた幽霊騒ぎの動画を一通り見ました。そこに映っていたあなたは、何かをしたがっているように思えた」



 その答えに、女幽霊は納得する。

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