あやかしをつくろう!
しぎ
ひゅるりおに、爆誕
「――あやかしを作ろう」
土砂降りの雨が窓を叩きつける中で、町長はわざともったいぶったかのようにそう言葉を発した。
「……あやかし?」
「そうだ。最強のあやかしを作り上げ、この町の新たな観光資源とする」
「それで……それを目当てに、観光客を呼び込もうと?」
同い年の町長とは違い、すでに頭髪が消えかかっている観光協会長が、怪訝な顔をして尋ねる。
「しかし、今更そういうのを作り上げたところで……」
「まあ待て。……
そう言われて、町長付き秘書兼運転手の岩戸が手際よくプロジェクタに自らのPCをつなぐ。この部屋の人間の中で唯一女性で、飛び抜けて若い彼女の動きは速い。
「はい。こちらは、先月投稿された動画です」
岩戸はPCで動画投稿サイトにアクセスし、投稿後一ヶ月足らずですでに100万再生を超えている動画の再生ボタンを押す。
「どうも皆さんこんにちばんわ〜! 今日は、幽霊が出まくってやばいとウワサの空き家に突撃しちゃうよ〜!」
動画から流れるハイテンションな若い男性の声。しかし観光協会長をはじめとする部屋の人間が一斉に反応したのはその声ではなかった。
「何!? これは、隣町じゃないか!」
「幽霊なんて聞いたこと無いぞ!」
騒ぎ出す人間たちを、町長は片手で制して続ける。
「……最近、隣町の観光客が増えているのは皆もどこかで聞いたことがあるのでは? その理由がこれだ。なんでも幽霊が出るとかで、物珍しさに来る人が増えてるらしい」
「しかし、そんなので……」
「私も東京に出ている孫から教えてもらったんだが、今の時代こういう話は本当にすごい勢いで広まるんだそうだ。そして特に若者はすぐに飛びつく」
「ぐぬぬ……いつの間にそんなことが……」
観光協会長が机を叩く。
この町も隣町も、共に過疎にあえぐ地方の山間部の町だった。
交通手段は日に何本かの路線バスのみ。その路線バスさえ、廃止の検討が行われているというバス会社からの通達。
廃止反対を訴えても、『採算が取れない。廃止してほしくないのならもっと乗客を増やせ』と言われればぐうの音も出ない。
「わかった。今年度中に乗客を倍にする」
勢い余ってそう回答するとバス会社は引き下がったが、住民の努力だけで乗客倍増なんて無理な話である。町の外から人を呼ばないことには……
「そう言えば、提示された廃止対象路線に隣町の路線は含まれてなかったな」
「むしろそちらの路線は観光客で売上が伸び、臨時増発の話も出ているそうですよ」
岩戸の感情のない一言に、部屋の男たちはさらにヒートアップ。
「くそっ……幽霊なんかそんなに見てえのか!」
「どうせ偽物だろ! 見間違えとかじゃねえのか!」
「まあまあ落ち着いて。隣町の幽霊をなんとかしてもわが町の観光客は増えない。それよりもいいアイデアは取り入れるべきだ。向こうが幽霊なら、こっちは妖怪、もののけの類で対抗しよう」
***
1週間後。
「そうですそうです。あっ、角が隠れちゃってますよ。もう少し顔を出していただいて大丈夫です」
スマホを構える岩戸の指示で、林の木々の中からひょこっと一人の女性が顔を出す。彼女の頭には木材を加工して作った二本の角がちょこんと生えている(かのように固定されている)。
「……もう一歩前に出られます?」
そう言われた女性が足を前に出す……が、足元の岩に気づかずすってんころりん。
長い黒髪のカツラが彼女の顔の半分を覆っており視界が狭くなってるためだ。
「いたた……ごめんなさい、撮り直しですよね」
「いえ、これはこれでありです。このまま行きましょう」
女性の転ぶ瞬間がしっかり映像に収められていることを確認して、岩戸がまた歩き出す。
「……皆さん。彼女を娘や孫のように見るその目はやめてください。彼女が怖がってますよ」
歩きながら、周りで撮影の様子を見つめている町長以下関係者たちをひと睨みする岩戸。
「しかし……そうだ。彼女だってこの町のお客さんなんだ、心配をしないわけにはいかないだろう。それにせっかく来てくれたこんなべっぴんさんを……」
「はあ。彼女が逃げ出しても、私は責任取りませんからね。……あなたも、我慢しないでいいんですよ」
「……はい、わたしは大丈夫です」
女性は少し体を震えながら、か細い声で返事した。
――この女性は、いわば妖怪役だ。
妖怪の名は『ひゅるりおに』。長い黒髪が特徴の鬼の娘で、物陰や井戸の中から出てきて人を驚かすのが趣味……という設定。
誰かにこの『ひゅるりおに』に扮してもらって動画を取り、それを岩戸や役場職員の個人アカウントからサイトに投稿して、隣町のように話題になるのを狙う。
……そこまではすぐに意見がまとまったが、問題は『ひゅるりおに』役だった。
ただ怖いだけではなく動画映えも意識しないとということで妖怪を若い娘としたはいいが、そのせいでなり手が見つからない。
何しろ地方の田舎、高齢化が進み若者はどんどん都会へ流出する。そのうえで町のために一肌脱ぐか、なんてやる気のある若い女性なんているわけないのだ。
……と思っていたら。
「こちらの方は、現在仕事が休暇中で、一週間ほど町に滞在するそうです。経緯を説明して協力をお願いしたところ、快諾していただけました」
「そ、そうか! 岩戸君、お手柄だぞ!」
「ご協力ありがとうございます! 岩戸の方から説明は受けていると思いますが、なにとぞわが町のためよろしくお願いします」
岩戸が数日後に連れてきたその女性は20代半ばでなかなかの美人。皆が探し求めていた人材だった。
「あ、いえ、わたしは、その、まだ承諾は……」
「え? しかし、あなたしか頼めるものがいないのです」
「もちろん無料でとは言いません。町特産の綿タオルセットを差し上げましょう。そうだ、宿泊費も町で持ちましょうか」
「ですが……」
「よろしくお願いします」
困惑する女性の肩を、岩戸が静かな声と共にポンと叩く。
「……わかりました。数日だけでよければ……」
こうして、女性に角をつけ、かつらを被せて、時代劇のような白装束を着せて、妖怪動画撮影は続けられた。
***
さらに数日後。
「どうだ?」
「はい。今朝8時に投稿した動画ですが、正午時点ですでに10万再生を突破。早くも各SNS等にウワサが広がり始めています」
「町長! 観光協会にも問い合わせが何件も来ています! あの動画の妖怪は実在するのか、行けば会えるのかなど……」
「そうか、そうか、そうか……!」
ガッツポーズする町長。
笑いを隠しきれない観光協会長。
作成した動画は、一同の狙い通り再生数を伸ばしていた。
1日に動画3本を投稿、それを一週間続ける。
その動画たちは『妖怪がかわいい』『ドジなのがいい』と軒並みSNSでバズり、動画を見て町に来ました、という観光客も登場。
3日が経つ頃には、町が活気づいているのが誰の目から見ても明らかだった。
「しかし、ここまでうまくいくとは……」
「ですね。出来上がった動画を見たときは、心配になりましたが。我々は素人ですし」
「まあまあ岩戸君。現に動画の効果は抜群だ。そんなに言わなくとも」
「あの……」
今まで静かにしていた妖怪役の女性が、おずおずと声を上げる。
「……この動画撮影って、まだ続くのでしょうか……?」
「もちろんです。あなたはこの町の救世主だ! できれば『ひゅるりおに』として、これからもこの町に……」
「でもわたし、明日にはこの町を出ないといけないんですけど……」
観光協会長が勢い女性の肩をつかもうとすると、女性は体をすくめて首を横に振る。
「そんな! 仕事ですか?」
「ちなみに、どんな仕事を?」
「リモートでできるのなら……」
「駄目です。現場に行かなきゃいけない仕事ですし、それに、休暇期間ももう終わるので……」
女性にさらに迫る町長以下おじさん一同。知らない人が見たら、警察に通報されても仕方ないレベルである。
「しかし、まだ取りたい動画はあるし……」
「そうだ! 町の最高峰に登って、景色とともにPRをしてもらうのは……」
「それよりも、せっかくだから町役場に……」
「いやでも……」
「まあまあ、町長も皆さんも落ち着いてください」
その時、岩戸が女性の肩をポンと叩く。
「彼女にだって彼女の都合がありますから。それに動画による効果はもうしばらく期待できます。その間に次の施策を考えれば良いのです」
「しかし……」
「では皆さん、彼女をいつまでもこの町に置いておくつもりですか? それこそ、彼女が急に町を去る事になってしまったら? 彼女に頼りきりでは、いずれまた人は来なくなりますよ」
町長や観光協会長をはじめとするおじさん一同だって、そこまで馬鹿ではない。
頭の中ではわかっているのだ。ずっとこのままというわけにはいかないと。
ただ、今彼女のおかげで、この町に活気が出始めているという事実。
このチャンスを活かしきれなかったら、次はあるのかという不安。
「……確かにそうだ。でもさすがに早すぎる。せめてあと半月……いや一週間」
「駄目ですか……?」
その不安が、こうして彼女を引き留めようという言動になって現れる。
「……ごめんなさい。わたしの仕事、結構スケジュールが読めなかったりするというか、不定期というか……あの、町のみなさんのことは応援してますから……!」
でも、女性の意志は固かった。
「だが……」
「……皆さん、これ以上彼女に色々言うなら、セクハラの疑いをかけられても文句は言えませんよ」
そして、岩戸のひと睨みが、おじさん一同にとどめを刺した。
***
「……では、廃止の話は……」
「まあ、一旦棚上げということにしましょう」
「いえ、ありがとうございます。しかし、もう乗客が倍に……?」
「厳密にはまだですが、右肩上がりで推移しているしすぐでしょう」
バス会社の担当者からの電話に、観光協会長は胸をなでおろしていた。
これでバス廃止の危機は免れた。
……のだが。
「あの、その乗客の皆さんって、やはり観光客……なんですかね?」
「もちろんですよ。自家用車で来られる人もいるから、相当潤ってるのでは? 町の方も」
電話の向こうの語尾が上がるのに合わせて軽く笑いつつ、観光協会長は首をひねる。
そう、町の観光客は増え続けているのだ。
すでにSNSのバズりは終わっているというのに。
――あの女性が惜しまれつつ町を去ってもう一ヶ月が経つ。
岩戸が『SNSの流行り廃りは山奥の渓流よりもはるかに速い』と言ったように、二週間が経つ頃にはSNSで動画の話が出ることもなくなり、再生数もほとんど横ばい状態になった。
……にも関わらず、町を訪れる人の数は上がる一方。今や外を出歩いてる人は、地元住民よりも観光客の方が遥かに多い。
「動画によって町の新たな魅力が発掘され、実は今わが町は、知る人ぞ知る観光スポットになっている……」
電話を切り自分でつぶやいて、観光協会長は首を横に振る。
そうであれば嬉しいが、そんなにうまくいく気はしない。
ふと、隣にいる町長に聞いてみる。
「……町長、どう思います? 観光客の増加……」
「ああ、そのことなんだが、帰省してきた孫が気になることを言っててな」
町長は白髪をかき分けて答えた。
「なんでも、隣町に出る幽霊が、最近わが町のことを宣伝している……とかなんとか。岩戸君、今動画って見られるか?」
そう言われて、岩戸が自分のPCをプロジェクタに映す。
動画投稿サイトから、一本の動画が再生された。
「……そういえば、隣町の幽霊って、どんなのなんだろうな」
「確かにちゃんと見るのは初めてか。まあ、そもそもいるかどうかも疑わしいが」
動画は、真っ暗な夜に隣町の雑木林をひたすら進んでいく様子を映し出している。
暗闇の木々の中を、懐中電灯の丸いライトが照らし……
「うわああああああ!」
動画に幽霊が映ると同時に、動画内の音声と町長たちから同時に声が上がる。
しかし町長たちは、決して恐怖で叫んだのではなかった。
「……間違いない……」
「……だよな……」
画面の中では、『ひゅるりおに』役を引き受けてくれたあの彼女が、町長がお土産に渡した町名入り綿タオルを掲げて、宙に浮いていた。
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