27. べらとマリン

 朝早くドアがノックされたので、時計をみたら、まだ5時半でした。朝食にしては早すぎると思ったら、ドアの外に足踏あしぶみをするみたいにじりじりしながら立っていたのはデミアンでした。


「母鳥がいません」

 とデミアンが言いました。

「子鳥は?」


「鳥って、目をあけていたら、生きていますよね」

「えっ。そうだと思いますけれど、どうして?」

「子鳥が目をあけているのです。でも、まばたきはしていませんし、うごいてもいません」

 べらは急いで、子鳥のいる場所にかけつけました。子鳥は丸くて黒い目をあけています。

 この小鳥、動いてはいませんが、生きていますよね、とふたりは顔を見合わせました。祈りが通じたのでしょうか、奇跡きせきがおきていました。


「この鳥の名前はなんですか。虫を食べますか。たねですか」

「知らない鳥なんです」

「この灰色で黒い点々がある鳥は、カリフォルニアにはたくさんいて、モーニング・ドブ《ナゲキバト》という名前で、種を食べます。でも、ヨーロッパにはいないはずです」

「モーニング・ドブって、朝のハトですか」

「いいえ。モーニングには悲しんでいるという意味があります。鳴き声が、なげいてて泣いているみたいなので、そう呼ばれています。ウー、ウー、ウーって鳴くんです」

「ああ、そういえば」

 とデミアンが苦しい顔をしました。

「考えてみたら、弟がいなくなった頃に、この庭にあらわれました。母がなげいていたので、ナゲキバトがあらわれたのかもしれません」


 べらはパジャマのまま下りてきてしまったので、着替きがえに戻り、デミアンは種を用意し、朝食の後で、ゆっくりお世話をすることにしました。

 朝食の最中、デミアンが「母鳥がもどってきました」、とか「小鳥の首がしっかりしてきました」といちいち報告ほうこくにくるので、べらは行きたくて仕方がありません。


 それで、朝食を終えて下に行く時に、急ぎ過ぎたのと、ヒールのせいで、べらは階段かいだんからちて、ちゅうびました。

 やってしまった、と一瞬いっしゅん思いましたけれど、でも、そこにデミアンがいて、両手で受け止めてくれたので、助かりました。


 ふたりが行けつけると、子鳥はいませんでした。

「いなくなりましたね」

「じゃ、子鳥は生きていたということで、お母さんと飛んでいったのですね」

 べらはうれしすぎて逆立さかだちをしたいところですが、ここは王宮なので、つつしみました。


 「王宮の庭には、たくさんの鳥がいるのですね」

「はい。フクロウもいますよ。昨夜はフクロウがホーホーという声が聞こえました」

「ああ」

 とべらが声を上げました。「それでわかりました」

「何がわかったのですか」


 べらはこう考えます。

 生まれたばかりの子鳥は、たぶんから落ちて、気絶きぜつをしていました。夕方に母鳥がやってきて、かぶさっていたのは、フクロウから守るだめです。フクロウは夜行性やこうせいで、子鳥が大好物なのです。

 母鳥は夜の間、フクロウから子鳥を守り続けましたが、朝がきて大丈夫になったので、飛び去ったのです。

 ナゲキバトの場合には、同時どうじに2羽産むので、もう1羽の子供の様子を見にいったのかもしれません。

 そして、また母親が戻ってきて、母子は仲間のところに飛んでいったのではないでしょうか。


「なるほど。よくわかりました。では、もう1羽、生まれたばかりの子鳥がいるかもしれないのですね。探してみます」

「父鳥のほうも、近くにいると思います。ナゲキバトの夫婦ふうふはとても仲がよくて、一度結婚けっこんしたら、一生、いっしょなのですよ」

「そういうの、よいですねぇ。ぼくも、そういうのが理想りそうです。べらさん、ここに残って、ぼくと鳥や動物どうぶつの研究をしてもらえませんか」

 とデミアンがとても真剣しんけんな顔で言いました。

「ありがとうございます。でも、仕事しごとが待っていますから、かえらなければなりません」


 べらが帰りのしたくをしていると、ドアがノックされて、デミアンかと思ったら、ゴーちゃんが大きな花束をだいていました。

「デミアンからたのまれたんだよ。お兄ちゃんは弱った子鳥を見つけたので、そっちに行っているよ」

「子鳥を見つけたの?」

「べらちゃんがもう1羽いるはずだと言ったので、ずうっとさがしていたんだよ」

 デミアンはやさしいプリンスなのね。

 べらはその大きな花束をかかえて、飛行機に乗りました。


 サンフランシスコのわが家に着きました。たった3日のでしたが、もと長い旅をしたような気分です。

 出かけた時は6人だったのに、かえってきたのはふたりです。

 毎日聞こえていた音がきこえなくてさみしいな、と思っていたら、ドアベルが鳴って、大きなバラの花かごが届けられました。

 カードを見ると、おくってくれたのは「デミアン」でした。

「見送りに行けなくて、ごめんなさい。2羽の子鳥は元気に育っています。『べべ』と『らら』という名前をつけましたが、どう思いますか。この子鳥たちの様子を見にきてください。ありがとう、愛をこめてデミアン」

 それに、メールアドレスが書いてありました。


「プリンス・デミアンはべらちゃんのことが好きみたいでちゅ。デミアンと結婚けっこんしたら、べらちゃんはプリンセスでちゅね」

「オー、わたしが、プリンセス。プリンセス・べら、いいじゃない?」

 べらが両手を空に向かって広げました。

 

 そして、マリンを見てくちゃっと笑って、

「Absolutely Impossible」

 となんだかむずかしい言葉ことばさけびました。「ぜったいに、むり」という意味いみです。


「プリンス・ドミニクがきらいでちゅか」

「そういう問題もんだいではないの」

「何がもんだいなんでちゅうか」 

「くつ」

「どういういみでちゅか」


 べらはおひめさまやスターみたいなドレスを用意よういしてもらってうれしかったのですが、でもてみると、とてもたいへん。でも、もっとたいへんなのが、くつ。

「わたし、ヒールなんか、はいたことないもの。3回もころんだのよ。いちどは階段かいだんからおちて、もう少しで、くびのほねをるところよ」

「だいじょうぶでちたか」

「下に、プリンス・デミアンがいて、受けとてめてくれたわ。あぶなかったー」

「それって、韓国かんこくドラマによくありまちゅ。そこからこいがはじまるんでちゅよね」

「よく知っているのね。ドラマはそうだけど、わたしのばあいには、ヒールは超危険ちょうきけんだってわかった瞬間しゅんかんだったわ。だから、ぜったいに、むり」


「そうでちゅね」

 とマリンはうなずきました。「せっかくよい人があらわれたと思ったけど、べらちゃんにはむりでちゅね」

「そうなのよ」

 ふたりはため息をつきました。

「わたしは、ここで、スニーカーでくらすわ」


 ハロウィーンがきたら、ゴーちゃんはゴーストワールドに帰るのですから、トットとクマハはミラベール王国からサンフランシスコにもどってくるかもしれません。

 それに、モッヒだって、アフリカから、帰ってくるかもしれません。

 それに、もしかしたら、この家に、あたらしいフレンズがふえるかもしれません。

 あしたのことはだれにもわかりません。

 

 時は流れていくのだから、なんでも、変わっていくのがふつうです。

「だから、今は、たのしく生きようね」

「はい。でも、べらちゃん、たのしく生きるって、どういうことでちゅうか」

「すきなことにむかって、いっしょうけんめいに生きるということかしら」

「はい。ぼく、ここでいっしょうけんめいべんきょうしまちゅ。いつかマリンヘッドランドにかえったら、スカンクの子どもたちにべんきょうをおしえまちゅ」

「マリンくん、えらいなぁ」

「ほめてもらえて、うれしいでちゅ」


 べらとマリンはまどぎわにならんですわって、バラのかおりをかぎながら、まんまるの月をみています。


              ☆


 これでべらちゃんとゆかいな仲間なかま物語ものがたりはおしまいです。

 もし、みなさんがサンフランシスコに来られたら、「べらちゃんと歩こう、サンフランシスコ」のツアーに参加さんかしてください。たのしいですよ。

 物語ものがたりんだよとげてくださると、ツアーは無料むりょうです。



              了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンフランシスコに住むべらと、ゆかいでちょっぴりざんねんな仲間と、リトル・ゴーストの物語 九月ソナタ @sepstar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ