国家令嬢は非価値な式を最奥で
氷雨ユータ
婚姻
『王奉院詠奈』の戦いがあった。それはこの国の王位を懸けた仁義なき争いのようで―――ほんの些細なボタンの掛け違いから仲たがいをしていた少女達の大きな喧嘩だった。
片や権威を継いだだけの末っ子女王。
片や勝利の運命に愛された鉄の女王。
勝負の結果は無慈悲を持たなかった者が敗北し、一夜限りの戦争はこれにて決着。何もかも失わず、元通りとは行かなかったけど、それでも平和な日常が帰ってくる…………
訳がない。
とても作為的な意思を感じるが、事件が落着するや否や多くの侍女達の妊娠が連鎖的に発覚していった。プールで散々してしまったからそれ自体はおかしな事ではないのだが、狙いすましたようなタイミングである事は否めない。
オカルトな考え方と言いたいが、俺達は直前まで勝利の運命に愛された人と戦っていた。だから、この考え方には残念ながら現実味がある。
「…………これはこれは一妻一夫の破壊者こと景夜君ではないですか! ごきげんよう、調子はいかがかしら? 貴方が節操なしに体の関係を持ってしまったせいで彼女達の業務は、目下停滞中でしてよ?」
「はい、すみません……返す言葉もないです」
箱の上に俺を座らせて大衆の中で公開説教をしてくれているのはあかね。元は本物の『王奉院詠奈』だが、戦いの末に敗れて、名前を諦めた。ショートカットのせいかやや幼く見えるが、身長は一九〇を優に超えるとんでもスタイルであり、眼鏡を外すと表情も消えるから威圧感が生まれる。
幸い、今は眼鏡のお陰で情緒豊かに見えるが、嫌みを言われている事実に変わりはなかった。
「私とはまるで無関係ですけれど……ちょっとどうかと思いましてよ。ああ、子作りについてとやかく言いたい訳ではないのです。詠奈ちゃんが見出した優秀な遺伝子ならば後世まで語り継がないと」
「ね、ねえあかね。景夜を詰めるのはそれくらいに……私も止めなかったし」
「へえ? それではお尋ねしましょうご主人様。私が居なかったらどのようにして普段の業務を遂行させたのでしょうか。お聞かせ下さらないかしら!」
まさか主人にまで説教をかますなんて、これはとんだ狂犬が家に上がり込んできたものだ、と心の中で独り言つ。今現在、王奉院詠奈の名前を継いでいるのが、階段の上で恥ずかしそうに眼をそらしている女の子だ。あんまりにも長い髪の毛は、床をモップのように履いてしまう為基本的にはどこかで結んでいる。それでもかかとに行ってしまうかどうかという長さだ。
あかねとは違って身長は低く、その小ささに反したグラマラスな体型が俺に言わせればどうしようもなく愛おしい。俺の最愛の人。三億で人生を買ってくれたその時から全ては変わった。
下世話な話をするなら顔を胸で挟んでもらえる事なんてなかっただろうし、そもそも女の子とそういう関係になる事もなかっただろう。価値のなかった俺を引き取ってくれて、本当に彼女という人は―――大きい。色々。
「で、でも結婚しようって言ってくれたし……そのお。ほら、他の子の分も挙式するつもりだから、まず私が最初にっていうか……」
「まるで釈明になっていないけれど、それで本当によろしくて? …………はあ。本当に、仕方のない妹」
あかねの運命には性質がある。
何を言っているか分からないと思うが、要するに運が勝手に味方をしていると考えてくれて構わない。主要なメイドはほぼ懐妊で動きがにぶくなり、その他の子にも度々影響が起きる中、あかね一人で様々な業務が幸運にも全てこなされてしまっている。
労働に運なんて関係ないかと思われたが、でも出来てしまっている。大浴場の掃除がいい例だろうか。洗い終わって水で流す時、必要最低限の量さえあれば勝手に流れて行ってしまう。ゴミがあれば勝手に残って集まってくれる。
自動掃除機を動かせば挙動的にあり得ない居場所に入り込んでなぜか掃除をしている。
厨房なら、隣で働く侍女の作業がまるで失敗せず、皿は積んである状態から滑らせると一枚も割れずキレイに並ぶ。
幸運と呼ぶのもどうかと思えるような現象を数々目の当たりにしてきて、もう慣れた。あかねも一々見せつける素振りはしない。彼女にとっては普段から起こせる事なのだろうと推察できる。
「負け犬が何を言っても無意味だけれど、これで良く支配者なんて務まったわね。侍女に聞いてみれば貴方は支配者として十分な素質を持っているという話だったけれど、景夜君が絡むとおかしくなってしまうのね」
「い、言い返せない…………」
これ、本当に詠奈が買ったんだよな?
そう思っても仕方のない上下関係。実際あかねの現場指示は的確であり、裏社会でマネジメントをやっていた経験が活きているとか居ないとか。いずれにせよ彼女の指示通り動けば上手くいく事には違いなく、彼女自身も一通り何でも出来てしまう為辛うじて日常が成立している。
俺が怒られているのも、効率化の末に生まれた余裕から発生したイベントだ。
「…………やっぱり私は運がよろしくてよ。あと少し遅ければ勝負にもならなかったでしょう。こんな体たらくの相手と戦いたくなんてなかったもの」
そんな嬉しそうな捨て台詞を残してあかねはまた次の作業へと入っていく。詠奈は俺の手を引っ張ると、執務室へと連れて行き、足を組んで権力者の風格を見せつけた。
「あかねと居ると調子が狂うわ……まるで私に威厳がないみたいじゃない」
「まあまあ。あの人が居ないと屋敷が色々大変な事になるのは事実なんだしさ。しかし運も良ければ運動神経も抜群な人が能動的に動くとここまで都合よく作業が終わるんだな。あの人が本気で勝ちに来なくて助かったよ」
「鈍くさくて悪かったわね。運動は好きだけど、それとセンスは別の話なのよ」
「一言も言ってないだろ! それに……俺は詠奈の必死な姿を見るの好きだぞ。やるからには全力を出そうっていう姿勢が良いと思う」
「景夜…………いい事言っているつもりかもだけど、私、君の視線には敏感なのよ。走って息も絶え絶えな時、君が私の顔よりはどちらかというと胸を見ている事くらい分かるわ」
「あ、いや。その」
「えっち」
「…………」
今度は俺が言い返せなくなる。詠奈はちょうしを取り戻したように微笑むと、俺を呼びつけて、ぎゅっと椅子の上で俺の顔を胸に埋めた。
「わふっ……」
「いいのよ、別に。君にそんな目で見られる事は構わないって言ってるでしょう? むしろ、ずっと嬉しいわ。私の体を見て情欲を掻き立てられる君を想像したら、可愛くて頭がどうかなってしまいそう」
「むぐっ、むぐ! う!」
詠奈の力が強くて抜けられない。息が苦しい。
「体を重ねた日はいつもケダモノみたいに求めてくるのは想像が現実になった反動かしら。でも自分でその気持ちをどうにかするのは禁止。ぶつけるのは私。私に事情がある時は侍女の誰かでもいいけど、最優先は私。いい?」
「ふぁ、ふぁい…………!」
それでようやく、解放された。詠奈は机の引き出しから一枚の書類を出すと、俺に向かって差し出した。
「これ、サインして?」
「婚姻届…………じゃないな。計画書に同意? ああ、人生計画書か」
詠奈は仮にも王様であるから、自分の人生にもきちんと計画をつけている。計画通りに行くかどうかは分からないが、少なくとも俺が協力すればこなせる事はある。そう堅く考える必要はない。要は俺との夫婦生活についてのあれこれだ。俺から言えるような事は何もない。しいて言えば、夜が大変だけど。相手は好きな女の子だし、望む所だ。
手近なボールペンでサインをすると、詠奈は満足に頷いてそれを引き出しの中へ。立ち上がると、限界まで背伸びをして(それでも少し届かない)俺と唇を交わした。
「……今日は二人の最高の日よ。あかねが仕事を済ませたら式場に向かいましょう。本番は夜だけど、今のうちにキスの練習をしておきましょう。激しいのは駄目よ。それは……全部済んで、寝室で、ね?」
「会場の方はどうなってる?」
「あかねのお陰で手配も上手く行ったし、会場の警備も万全よ。君にも詳しくは話せないけど、あかねを買ってから、資産が沢山増えてね。私も勿論、最近は真面目に執務をこなしてるからそれも込みでかなり戻ってきたの。だから警備には万全を期して『機械』を使わせてもらったわ。私はそれ以上の安心を知らないから」
激しいのは駄目と言われても、抑えられない。詠奈の腰を掴んで抱え上げると、彼女も室内履きを脱いで足を絡ませる。
「もう……駄目なのに」
「大好きだ詠奈。何度も言わせてもらってるから、本番で緊張したりはしないよ。思い出に残る日にしよう。何もかも忘れてしまうような時が経っても、この日だけは思い出せるように」
「…………うんっ!」
あかねにばかり負担がのしかかっているように見えるが、他の侍女はというと安定期に入った八束さんと獅遠はともかくとして、まともに動けるのは彩夏さんだけだった。
「うーん。漢方を処方出来るのが私だけなので、どうしても自分の体を一番管理してしまいますよね~」
獅遠の時も出していたが、その時の経験を受けて妊娠に伴う様々な症状の緩和を期待出来る薬を彼女は改めて作成した。お陰で獅遠程苦しむような事はなく、落ち着いて過ごしさえすれば基本は問題ないくらいになっているのだが、例外は春。元が殲滅屋の彼女は、薬物で身体能力を強制的に引き上げているからこそ強靭に見えるだけで、平時は侍女の中でも指折りに小さく、それ故に体の負担も大きい。
殲滅屋としての根性から弱音は吐かないが、彩夏さん曰く一番辛いだろうとの事。
「こういうのって個人差があるのは分かるんだけど、この屋敷はちょっと例外が多すぎないですか? しかも春は会場の方で働いてるんですよね。ちょっと心配だな」
「気持ちは分かりますけど、沙桐君。妊娠したら指一本動かしてはならないなんて事はあり得ませんよー。そんな繊細な事で流産したらこの社会は成り立っていません。そもそも詠奈様が流産をさせるとも思えませんし、そう気にしないでください。おめでたい事じゃないですか!」
そんな事を言う彩夏さんは自室のベッドでテレビを楽しんでいる様子。様子を見に来ただけの手前、なんとなく戻りづらくて一緒に画面を眺めていると、不意に肩を抱き寄せられ、耳元に息がかかった。
「…………詠奈様とご結婚なさったら、もう沙桐君とは呼べませんね? 二人だけの新しい呼び方、考えませんか?」
「よ、呼び方……?」
「沙桐君は、私の事。二人きりでは『彩』って呼んでくださいね。私が貴方をどう呼ぶかは任せます。決まったら教えてください……ふふ♪」
「…………わ、分かりました。彩」
「そうそう♪ そういう感じですよー。今はちょっと難しいですけど、安定期に入ったり、出産が終わったらいつでも部屋に来てくださいねー……私、詠奈様に負けず劣らず強いので。お相手しますよっ」
恥ずかしくなってきたので部屋を出る。何かこう、一度ハジメテを卒業したら自分という人間は変わるのではないかと思っていたが、根本的な部分が治っていない。もしくはただの変態なのか。囁かれている間、ずっと興奮していたしその事を恐らく見抜かれていた。
腰を曲げて色々隠したくなるくらいには恥ずかしい。獅遠と八束さんとは普通に話せた……そもそも積極的に誘ってくるのは彩夏さんと友里ヱさんだけ……ので、どうしてこんな事になってしまったのかは疑問が残る。
「あら、景夜君。これから挙式をしようという時にほかの女性を尋ねるなんて不誠実ではなくて? いけませんわよ」
あかねはいつ誰と話す時も余裕を見せるようにあのふざけた言葉遣いをやめない。戦っている時は鬱陶しかったけど、眼鏡を外すと愛嬌が消えうせるので、せめて演技をしている内はこれくらいの可愛さがあってもいいとは思うようになった。
眼鏡を押し直す彼女を見て、なんとなく面白くなる。あかねは困ったような笑顔で首を傾げた。
「……人の顔を見て喜ぶなんて無礼だこと。それより仕事は済んだわ。これから詠奈ちゃんの所へ行くから、エスコートして下さらない?」
「エスコートって、同じ所有物でしょ。する義理は、あんまりないような気もしますけど…………一つ聞いてもいいですか? 詠奈の結婚について正直な所を聞かせてほしいんですけど」
「よくってよ。あの子の結婚の事なら素直に祝福するわ。それは私が買われる前もそのつもりだったし……ケチをつける理由がないと言った方が正確かしら。王奉院をこの国の機能として考えるなら、世継ぎを作るのも役目の一つ。私は、気になる異性など居ないから、そういう意味だけならあの子の方が適任ね」
「…………一人も居なかった?」
「あの子が恋する女の子だったから実感が沸かないのかしら。私はこの運命に退屈してる。運命の出会いなんて……私に言わせれば必然でしかない。願えば出会えるなんて、そこにどんなロマンを見出せるというの?」
傍から見ればいい事づくめ。世の中そううまくはいかないというロジックで動く人間にとってあかねの運命は理想的な性質に見える。何事も隣の芝生は青く見えるという訳だ。彼女には彼女の悩みがある。
「まあ、二人はどうも必然であっても良かったようだし、それならそれで構わないの。私は、未知を求めたい。例えば貴方に負けてしまったような未知を。予測不可能な、ツイてない刹那を愛したい。そんな男が居るなら是非にも紹介してほしいものね。貴方の平凡な人脈にそういう方はいらっしゃらないっ?」
「いやあ…………あかねに似合う人ってのは居ないかも。多分ですけど、俺の友人内では自分より背が高い女子はタイプじゃないと思いますし。八束さんより高い人がまずいないんだから、外国人でも……海外に出てる間には居なかったんですか?」
「最終的には誰もが私に依存をし、時には崇拝してしまう。私が逐一丁寧に説明をしても、勝負はやめた方がいいと警告しても、俺は勝つんだと意気込んで結果はいつも勝てない。私を殺す為に起こされた爆発事故も、私以外の全員が死んだだけ。私は気を失っていただけで怪我もなければその間誰かの干渉を受けた事もない…………」
俺は、あかねの手を優しくとると、ゆっくり階段を昇っていった。
「エスコートしてくださるの?」
「それ以上言わせても、辛いだけでしょう」
勝利の歴史とは、嫌みでも何でもない。彼女にとっては孤独の歴史だ。話していても辛いだけ。これから式を挙げるつもりなら参加者にも楽しい思いをしてほしい。
執務室の扉を叩くと、中から詠奈の許可が下りたので開ける。彼女はパソコンを眺めているようだった。
「詠奈。あかねが仕事終わったって」
「おチビさん。貴方のサイズに合ったドレスは既に用意してあるから参考画像など眺めていてもどうにもならないわよ」
見透かしたような発言に詠奈はぎょっとして立ち上がると、慌ててマウスを反対側の机の角に飛ばした。
「は、だ……! あかね、その呼び方はやめなさい。ドレスの注文は確かにしたけど、私は飽くまでデザインに口を注文を付けただけでサイズは測ってもないわ。私のスタイルだと、胸と腰回りに乖離があるからそんな見切り発車では」
「私を誰だと思って?」
あかねは懐から鉄の指輪を取り出すと、詠奈に向かって指で弾いた。付けるように言われて指先を通す……ぴったりだ。
「それは結婚指輪と同じサイズよ。貴方の指周りの大きさなんて計っていないけど,運が良い事に私の言い出した数値が悉く一致しているのよね」
「…………今日は世界で一番大事な日よ。幾ら取り揃えていても煩いから」
「ご安心をご主人様! 今日という日の為に私は表向きの民主主義をさっさと改革してきたところだから。貴方は安心して、沢山子供を産みなさい?」
―――ん?
あかねは詠奈に買われた事で正式に権力を一部使えるようになり、式の準備が整うまでに彼女は有力な政治家と連携を取り、マスコミに取り沙汰されるような問題を極めて強引な手段で解決したようだ。
「―――具体的にはそれらの利権で得をしている当事者に詰めるのが一番効果的ね。詠奈ちゃん以上の権力は存在しないから誰でもまずそこまでは行ける。そこからは私の番。放置していたのは詠奈ちゃんだからいつでも潰せる事は戦闘に置いた上でその政策・事業・人員等が何の為に必要かを説明してもらうの。詠奈ちゃんが幾ら『機械』でお金を稼げても、国内で上手く循環しないのは話が違うじゃない」
「ちょっと待ってください。そういうのをお目こぼしするから詠奈の権力は絶対的だったんですよ。そんなあからさまに締め付けたら報復があるんじゃないんですか?」
「景夜君、私を誰だと思って? オンライン通話があれば事足りるわ。もしくは家の内装情報……私が少し望むだけで、彼らは私の力を思い知るでしょう」
「…………景夜。私が君を戦わせたくなかったのはこういう事。あかねが出来ると思ったら出来るのよ」
車の中で詠奈がため息をついて俺の肩に身を寄せた。今は式場に向かう最中、三人で話している。侍女達は別の車で先に向かった。だから屁理屈をこねようと思えばこの車に居るのは俺と詠奈だけという事にも……今は厳しいか。
「言論を求める割には暴力に訴える事も厭わない派閥も、それ以上の暴力には成す術がないのよ。交渉とは対等のテーブルについて初めて成立する。私、運が良い事にそのテーブルについた人間は一人も居なくてよ? 元々私はこの国の未来を変える為に戻ってきたの。席は詠奈ちゃんのままだけど、子供達には綺麗な国を残してあげたいじゃない」
「あかね……」
窓の景色は相変わらず遮光カーテンで封じられているが気にならない。襲撃の心配も、あかねが居るなら問題ないだろう。車を降りた先には華やかにライトアップされた式場が聳えている。時刻は夜の七時頃。夜の闇の深さに対し、俺達の新たな出発となる場所はあまりに神々しい。
「詠奈様。お待ちしておりまし、た!」
車に向けてカーペットを敷きながら現れたのは『つばき』さんだ。聞きなれない名前だと思ったなら言い換えよう。俺が元々詠奈さんと呼んでいた人だ。もうすっかり別の顔でそう呼ぶのも微妙になって、あかねから新しく名前を貰った。
……なんで彼女はつばきさんと呼んで、あかねは呼び捨てかって?
自分でも変な気持ちはあるが、元々は敵だったからだろう。彼女も気にしていないし、もうこのままでいい。俺の期のせいかもしれないが―――対等な存在を望んでいるように思う。ならその役目は誰に任せるでもなく俺がやるべきだ。彼女と勝負をし、勝った俺が。
「つばき。案内して」
「はいはい、仰せのままに。景夜君も少し先で聖ちゃんが待ってるから先に行ってね。所で身内だけの結婚式ってありなのかなあ? 一般人ならいいかもしれないけど、一応この国の王様なら色々偉い人をさ」
「そんなの駄目。私と景夜の約束の日に無関係の男を人物を入れないで。これは仕事のいずれにも関与させるべきではないの。これから生まれる子供達に何か企てられでもしたら大変じゃない」
「子育てが大変そうねお姫様。つばき、詠奈ちゃんをお願い。私は彼と同行するから」
ここで別れる必要はないと思うが、色々準備があるようだ。あかねと二人きりになって、開口一番尋ねてみる。
「なんか色々盛り上がって式場手配まで行ったけどさ、俺、流れが良く分かってないんだけど」
「この際マナーやテンプレートは気にするべきではないわ。貴方が好きになったのは特殊な女の子だから。でも、流石に着付けやメイクは幾らか前に終わらせないとね。私の指示のお陰でパーティの準備は完了済。後は二人が式を終えるだけで……そこからは盛り上がるだけ。普通はリハーサルもあるのだけれど、身内だけだし、牧師の代わりは私がするみたい。まあ当然。王奉院詠奈の結婚は政治的に重大な意味を持つから、誰か別の勢力を絡ませたら外交問題、内政問題……トラブルの種にはなるから」
喋りながら式場へ、そして控室へと案内されていく。途中で聖が合流したが『料理は挙式を終えた後に出す』予定らしく、今は俺達に見せられないと、どちらかと言えばその防衛に徹していた。
「そういえば、着る服に拘りはなくて? お望みなら全身タイツでもよろしくてよ」
「しないよそんな事! 所で男もメイクってするのか?」
「新婦よりは遥かに楽だけれど…………メイクをする係の子が居ないわね。仕方ない、化粧道具はあるみたいだし私が代わりに行いましょう。妹に恥をかかせる訳にはいかないでしょうに」
黙ってここに座れと鏡の前に抑えつけられる。眼鏡を外し、黙々とまずは着付けの作業をするあかねに俺はふと気になって口を開いた。
「意外と詠奈の事、可愛がってますよね。なんか、最初話を聞いてる感じだと冗談みたいな話っていうか、ちょっと嘘っぽかったんですけど。貴方の行動を見てると本当な気もしてきました」
「…………彼女には、内緒でね」
メイクも含めて、程なく終了する。あかねは眼鏡をかけなおすと、にっこり微笑んで小さな拍手をした。
「あらあら、色男になったじゃない! 平凡な男が今はまるで白昼夢の王子様!」
「多分褒めてませんよね?」
「裏を感じさせない場所で人を素直に褒めたくなくてよっ。本来の結婚式なら招待客や親族に挨拶をしに行くべきだけれど、今度ばかりは関係ないわね。私は向こうの様子を見てくるから―――友里ヱ! 貴方は少しさぼりすぎ。ここで話し相手をしていなさい。では、ごめんあそばせ」
身代わりに友里ヱさんを置いて、あかねは詠奈の方へと行ってしまった。どうも流れを見るに彼女には仕事がなく、その辺りを目的もなく歩いていた所を捕まったようだ。
俺を見るなり、目を見開いて頷いた。
「お~。景君、いいじゃん。男前じゃん」
「ありがとうございます。俺はてっきり友里ヱさんが信者を動員させるんじゃないかって思ってましたよ。にぎやかしの為に」
「あーそれもいいかもねー。でもそんな事したら私殺されちゃうな~。大体今回の結婚式だけは失敗させる訳にはいかないんだから。たまにきてうちで医者やってくれる涼子ちゃんとか、後は知り合いの……薪菜って子とか。とにかく総動員って感じで準備したし~。私が知らない人も大勢いたけど、全部詠奈様の息がかかってるのは間違いない。はー、一か月かそこらで式場の用意なんてした事なかった。景君に甘えたいけど、今は遠慮したげる。詠奈様の物だしね」
「…………そういえば、チャンネルの方はどうですか? 伸びてますか?」
「おっ、いい事聞いたね~! 私のお陰で結構伸びちゃってるよ! まぁ……あんまり母数が大きくなるとまた世間様に迷惑をかける可能性もあるからどうなのかなとは思うね~。私にはリーダーの素質なんてないよホント。八束やあかねさんが羨ましいなー」
「神輿にされるのが嫌なのはそういう理由もありますか?」
「うん、そ。出来ない事を無理にやらせないでって感じ。私が本当にしたいのは―――」
友里ヱさんと取り留めのない雑談をする事何分か。もしかすると一時間経っていたかもしれない。長いのはいつもの事だ。詠奈の髪を梳かしているだけでも一時間かける事もあったし、俺は気にしない。
「景夜君、新婦の準備が出来たよ。あかねじゃなくて済まないけど、姉妹で話したい事があるみたいだから私が来た。さ、入場してね」
つばきさんが入れ替わるように迎えに来た。友里ヱさんは先に席へ向かうようだ。段取りを説明してもらうと、まず俺が入場して新婦を迎えるらしい。それから詠奈が来る。行程自体は色々あるそうだが、事情が事情だけに宗派の違いがどうとかこうとかは省くようだ。何を言っているかさっぱりだけど、王奉院が肩入れしたと思われたら面倒との話。
「つばきさんは席で?」
「ええ、そうね。本当はこんな場所に居る資格もないかもしれないけど……あの子の幸せな顔を見てみたい気持ちはあるから。頑張ってね」
つばきさんが先に行ったのを見て、俺も呼吸を整える。合図の話はされなかったが、多分恐らくきっと、何かあるだろう。じゃないと待ち切れずに入ってきた空気の読めない奴みたいになる。
『新郎、入場です』
あかねの声がして、俺の入室を促す。まさか高校生の内にこんな格好をする事になるなんて夢にも思わなかったが、夢みたいな日だ。現実についてとやかくは言わない。
盛大な拍手と共に迎え入れられると、凄く恥ずかしくなってきた。牧師代わりのあかねの傍まで歩いてくると、小声でサッと一言。
「緊張しすぎよ」
やたら形から入りたがるあかねには言われたくない。祭服を何処から用意したのか。
『皆さん、今日は我らがご主人様の大切な日にどうも有難う。知っていると思うけどここに居る沙桐景夜君と王奉院詠奈はこの日、正式に契りを結ぶわ。さあみんな、振り返って。素敵な花嫁の入場よ!』
振り返れば、その座席に集まる人の多さに眩暈がしそうだ。前列には八束さんや獅遠を始めとする主要侍女。奥の席には詠奈と何らかの関係を持つが所有物ではない人が集まっている。誰もが視線を俺に向けていた。誰もが視線を扉にも向けていた。
扉が開かれたその瞬間、純白のドレスに全てを奪われ何も考えられなくなる。
長い長いスカートは後ろから春が持っているようだ。花束を手に持った詠奈は、普段の艶やかな黒の印象から一転、何物にも穢されぬ高貴な輝きを放っていた。ヴェール越しに見える顔はやや緊張しているか。
「…………ッ」
侍女達が口々に喝采を浴びせながら惜しみない拍手を繰り出しているが、それはもはや雑音でしかない。そのウェディングドレスは正しく詠奈だけの特注品だろう。ざっくりと開いた背中の生地と、本当に限界まで体のラインが透けたシルクのドレス。胸を強調するかのように谷間を惜しみなく広げ、押し上げ、ただでさえ豊満な胸を割り増しで大きく見せている。胸の大きさが前提のデザインだ。これを例えばあかねが着たらこうはならない。
「さて、お二人さん。私は飽くまで仲介役に過ぎない訳だけど、宗派には囚われないつもりだから、私なりの質問をさせてもらうわ。新郎、汝、健やかなる時も悩める時も、その運命が引き裂かれようとしても、守り抜き愛する事を誓いますか?」
「誓います」
「新婦、汝、王の器、次代の奉ル者として国を、民を、世界を、法に抗い、死して尚愛する事を誓いますか?」
「…………ええ、誓います」
あかねは満足そうに眼を瞑ると、手を出してと言って、俺達が掌を上にあげたのを確認してから指を鳴らす。直後に天井から落ちてきたのは一組の指輪だ。決めたのは俺で、あかねにはサプライズとして用意してもらえないだろうかと伝えてあった。まさか運の良さを悪用してこんな事をしてくれるなんて。
「……これが、君が選んだ指輪なのね」
「白い彼岸花をあしらった指輪。可愛いと思った。花言葉もいいと思う。『想うは貴方一人』だ」
「…………ふふふっ! 夢みたい。君にそれを言わせたくて私は、ずっと頑張ってきたの」
天からの贈り物に感謝をし、指輪の交換をしてみせる。サイズを測らなくても、双方の指にはぴったりだった。入れる事自体には慣れなかったけど、ゆっくり入れようと頑張ったら、入った。
「……改めて、二人とも結婚おめでとう。出来れば、永遠という物を見せてほしくてよ。それじゃあ、誓いのキスをどうぞ」
ヴェールを持ち上げて、その顔を改めて見つめる。
王奉院詠奈。
最初で最後の初恋が。最高の形で叶った。
彼女の谷間の上で二人の指を組ませる。この愛は。この絆は。この運命は。この赤い糸は。この因果は。
「「愛してる」」
未来永劫、朽ちる事のない、価値。
国家令嬢は非価値な式を最奥で 氷雨ユータ @misajack
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