鬼の少女は今日も平常

@saigoku_gatetu

第1話パンツな日常


 ある11月のこと、一人の女子高生が落ち葉を散らしながら駆けていた。彼女は横にいる自転車すら追い抜かしてゆく、とにかく急いでいるように見えた。

 

 この女子高生の名は、鬼灯鬼哭である。鬼哭には遅刻癖があった。なので、この光景は日常茶飯事のように思えるかもしれない。しかし今日の場合はそうとも限らない。明確に、彼女は理由を持ちながら走っていた。走る、とにかく走る、その速度はだんだんと増していく。やがて、彼女は車さえも抜かしていくようになった。さらに速度は増す。電車ですら彼女に追いつけなくなった。もはや人間ではないように思える。鬼哭の眼が赤褐色に濁っていく。鬼哭の爪が鋭くめきめきと伸びていく。鬼哭のおでこの皮膚が少しずつ裂けていく。鬼哭の髪がだんだんと白くなっていく。

 

 彼女の家から学校までの距離は直線距離にして10kmほどである。しかし彼女は電車で通学している訳ではない。だからといって自転車を使っている訳でもない。徒歩なのだ。強いていうなら走行である。毎朝10kmを走ることは、普通の女子高生にとっては決して容易なことではない。だが、あいにく鬼哭は普通からは逸脱していた。

 

 家を出て早10分、校門がやっと見えてきた。鬼哭はトップスピードを維持したまま校門を通り抜けた。生徒指導の教員が持ち込み検査をおこなっていたが、その教員は鬼哭を認識することさえ出来なかった。鬼哭は外靴すら脱かずに校内へと入っていく。差し掛かった階段を一蹴りで越え、扉に手をかける。開口一番鬼哭は大声で喚く。

 

「誰か今日の課題写させろ!」

 それに重ねるような形で誰かが実に驚いた様子で声を荒らげる。

「お前スカートはどうしたんだよ!?」

 鬼哭は自分の下半身へと目をやる。鬼哭はここで初めてスカートを履いていないことに気づいた。鬼哭の顔が赤くなっていった。


 

 彼女のために一応追記しておくが、鬼哭は普段からあり得ない速度で登校しているため、通学中は基本的にスカートはめくれ上がったままなのである。そのため下着のままで走っていても違和感を覚えにくいのだ。


 結局、鬼哭は家に全速力で帰った。ただいくら速いといえど往復で20分ほどはかかってしまうため、遅刻するはめになってしまった。さらにいえば当初の目的である、誰かの宿題写すということも達成できなかった。そして帰った際に親、戻った際に教員にそれぞれ滅茶苦茶怒られた。

 

「あっ変態が帰ってきた」

 指差してこう言ってくるのは、鬼哭の正体を知っている数少ない友人の二又猫子である。

「うるさい!」

 鬼哭の帰還にクラス内がざわめく。

「学校中で噂になってんだよ。あんたのパンツがスケスケの黒だって」

「黒じゃない!」

「スケスケなのは認めるんだ。」

「スケスケでもない!」

「でも写メ出回ってるよ。ほら」

「誰が撮ったかわかる?殺してくるから」

「私」

 鬼哭の眼が赤褐色に濁っていく。鬼哭の爪が鋭くめきめきと伸びていく。鬼哭のおでこの絆創膏が少しずつ裂けていく。鬼哭の髪がだんだんと白くなっていく。

「やめてよ!鬼の力使おうとしないでよ!」

 またまたクラス内がざわめく。

「ほんと余計なことしかしないなぁ!」

「でも普通スカート履き忘れるとかありえなくない?靴履くときとかにだいたい気づくでしょ」

「だって!だって…」

「スケスケの黒パンツ丸出しで走るとか女子としてどうなの?いや、人としてどうなの?」

「ひ、人じゃないし…」

 またまたまたクラス内がざわめく。

「今のあんたのクラスでのイメージ、スケスケの黒パンツ丸出しで走る人じゃない何かだよ」

「…」

 鬼哭はだいぶ泣きそうになっていた。

「にゃんこ~キッコ帰ってきた?」

 (二又猫子は「ふたまたねここ」と読むが、猫をにゃんと言い換え、子をそのまま読む「にゃんこ」という愛称で呼ばれている。本人いわく可愛らしくて好きなんだと。一方、鬼灯鬼哭は「ほおずききこく」という名前からキコをとっただけの簡単な愛称で呼ばれている。本人いわくキッコーマンを連想して嫌なんだと)

「パンツ帰ってきたよ」

「パンツって~」

「パンツ=キッコ」

「なるほどね~」

「納得しないでよ!」

「パンツもう泣いちゃうって~」

 鬼哭はついに机に突っ伏した。

「キッコ泣いちゃったって~謝りなよにゃんこ~」

「鬼の目にも涙ってね」

「?」


  鬼哭は机に突っ伏したままだった。二時間目からの参加だったがなんと昼食まで突っ伏したままだった。事情を知らない、鬼哭を遅刻の件で怒った教員が何度も申し訳なさそうに話しかけていたが、それすらも全部無視していた。


「キッコいい加減起きなよ。私が悪かったからさ」

 鬼哭は動かない。

「ダメだ動かない。いじりすぎた」

「私も悪かったよ~」

 鬼哭はまだ動かない。

「ダメだ」

「ダメだ~」

「てかさ~もしこのままだったとして昼食のお弁当どうするだろ~」

「そうだよキッコお母さんがせっかく作ってくれたお弁当残しちゃうのはかわいそうだよ」

 鬼哭はさらに深く突っ伏した。

「おお動いた~」

「キッコを怒った先生めっちゃへこんでたよ」

 鬼哭は動かない。

「ダメか」

「というかさ~キッコのお母さんも気づいてなかったのかな~」

 鬼哭がピクリと動いた。

「いや意外と気づいていたんじゃない?キッコのお母さんそういうとこあるから」

 鬼哭の突っ伏しが浅くなった。

「にゃんこ後少し~」

「写メ出回ってるてのだけは嘘だよ」

 鬼哭は起き上がった。

「起きた~」

「…パ…許す」

「なんて?」

「パンツ見せたら許す」

「え?」

「よかったね~許してもらえて~」

「え?」

「キッコ~おさえておくね~」

「え?」

「写真も撮る!」

「え?」

 

 猫子の下着はお尻の部分がハート型に空いているという非常に性的趣向が強いものだった。これは彼女の特性からして仕方のないものであったが、これを見たクラスメイトはそんなこと知る由もなく、このことは瞬く間に学校中で噂になった。


 

「あ、あの!鬼灯鬼哭さんですよね?]

「そうだけど…」


帰り道、面識のない少しつり目の男の子が鬼哭に話しかけてきた。

「キッコモテモテジャーン」

「黙れ穴パンツ」

「……」

「で何の用?]

「スケスケの黒パンツを見せてください!」

「ん?もっかい言って?」

「お願いします!スケスケの黒パンツを見せてください!」

「仮にも私たち初対面だよね?」

「いいじゃーんキッコ見せてあげなよ」

「黙れ穴パンツ」

「……」

「どうしてもスケスケの黒パンツが見たいんです!」 「しつこいなお前。」

「お願いします!スケスケの黒パンツが見たいんです!」

「……」

 

 鬼哭の眼が赤褐色に濁っていく。鬼哭の爪が鋭くめきめきと伸びていく。鬼哭のおでこの皮膚が少しずつ裂けていく。鬼哭の髪がだんだんと白くなっていく。


「やっぱり鬼の力使えるんですね!」

「鬼の力について知ってんの!?」

 鬼哭の状態が元に戻ってゆく。

「僕、鬼頭一族の末裔なんすよ!」

「えわかんない」

「わかんないのかよ」

「とにかく鬼の末裔なんすよ!鬼の力も使えます!」

「その感じでいったら鬼頭一族ってみんな鬼の末裔なの?もしかして私の知り合いの鬼頭さんも鬼の力知ってんの!?結構衝撃なんだけど!」

「多分知らないと思います!」

「そうなんだ」

「はい!」

 

「やっぱり意味わからんお前」

「何がですか?」

「お前が鬼について知ってんのわかったけどさ。それ以外何もわかんないし、いちいち話しかけてくる意味がわかんないだよ。正直キモい。何が目的なんだよ」

「だって同じ鬼の末裔じゃないですか!」

「だからなんだよ所詮他人だろ?話しかけてくんな!」

「キッコ冷たすぎ。感動の出会いじゃん。そりゃは話しかけたくなるよ!いくらなんでもありえないって!」

「何でお前そっち側なんだよ…」

「パンツ見せてください!」

「だからぁ!もう関わっ…て……え?」

「スケスケの黒パンツが見たいんです!」

「いや…え…あぁ…ん?」

「お願いします!見せてください!」

「鬼の話どこいったんだよ!?」

「鬼かどうかの確認はついでです!パンツの確認がしたいんです!」

「パンツ見たいだけなの!?」

「はいっ!」

「嫌だよ!」

「何ですか!?学校までパンツ履かないで来たんだから見せられますよね!?見せてくれない意味がわかんないです!何が目的なんですか!?」

「見せるわけないだろ!」

「どうしても見せてくれないんですか!?」

「見せない!」

「じゃあ最初からスカート履いて来てくださいよ!?もしかしたらパンツ見れるかもって思わせないで下さいよ!?最低ですね鬼哭さん!」

「なんだよお前!」


「あれ?ん?あっ、うおおおおおおお!」

 鬼哭は何故この変態が喜でいるか、一瞬では理解できなかった。しかし、この変態の目線の先を見た瞬間に、この変態が喜んでいる理由がわかった。

 

 そこには、スマホの画面いっぱいに鬼哭のパンツを表示している猫子がいたのだ。


「ありがとうございます!穴パンツさん!」

「…」

「裏切ったな!この穴パンツ!」

「…」

 鬼哭は怒りのあまり、鬼の力を使い猫子にラリアットを行い一瞬にして体固腕挫を決めた。

「穴パンツ見放題だぞ!」

「!?」

「うおおおおおおお!」

「写真取り放題だぞ!」

「やったあああああ!」


 この写真は鬼頭の手によって現像され学校中にばらまかれたという。

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