第7話 Work/仕事 その3

「仕事を探そう。アテがあるんだ」


銃器を売っている店から出たあと、次に二人が入ったのは規模の小さなバーだった。

二人で入ったと言っても、ジェスは行くあてがないからついて行くしかないが。

店内に入ってまずジェスの目に止まったのは、入口から右側のステンレスのバーカウンターと幾つもの背の高い椅子だった。

黄色く明るい照明がカウンター奥の棚を照らし、酒類の入っているだろうと思われる容器が見えた。

そのような雰囲気にも関わらず、店内ではジャズとラテン系の音楽が流れていて何だか不思議な感じだった。


左側では、テーブルと椅子4つの席が4組ほど並べられていた。

そのうちの一つ、一番奥の席に、どこで手に入れたのか分からないほど大きな黒いジャケットを着て、両目に大きな傷を負ってサングラスをしている大男が、一人腰掛けて何か飲み物を飲んでいた。

フランツは初老と思しきバーテンダーに軽く会釈をして、大男の目の前の席にジェスとともに座った。


「久しぶりだな。マックス」


フランツにマックスと呼ばれた大男は、目を見開いて答えた。


「お前、フランツか。生きてたんだな、このクソガキが。勝手にアトラスのインプラントを盗んだ話を聞いたときは驚いたぞ。そのままくたばっちまえばよかったんだ」


「その話、どこで聞いた?」


「お前には関係ねえ」


マックスはそう言ってグラスに口をつけた。


マックス。本名、年齢不詳。

企業コーポの支配を強く嫌う、無政府主義者アナーキスト

ブラックマーケットで犯罪組織を率いている。

フランツが知っているのはそれだけだった。

孤児院を出てから、フランツやその仲間は彼の下で主に運び屋などの下っ端として働いてきた。

そんなフランツも、孤児院を出て出会ってから、いやいやながらも面倒を見てくれたこの男には多少の好感を持っていた。


訳の分からなかったジェスが不安げにフランツの方を見るが、フランツは大丈夫とでも言いたげな表情を返して再びマックスに向き直った。


「なあ、マックス。俺は今もこうして生きてるんだ。

それで、今はこの娘を守るための金がいる。アトラスから逃げて遠くへ行くための金が。仕事を紹介してくれないか? クレジットのヤツで、何か無いか?」


「今ある仕事はイェンかドルのヤツだけだ」


「どうせクスリの受け渡しだろう? なあ、頼むよ。クレジットの仕事があるだろ?」


それを聞いたマックスは、サングラスを外し、傷のついた両目でフランツを睨みつけながら言った。


「おい、俺をからかう気か? クソガキ。お前は下っ端で、今まで受け渡ししかしてこなかったお前に何が出来る? インプラントを勝手に盗んで、それも無様に失敗して、俺にのこのこと助けを求めに来たのか? そこに連れてるガキも、何をしたかは知らねえが、お前みたいなクソガキが親の真似事か?」


マックスは顔を近づけ、語気を荒げていた。

フランツはそれに物怖じせずに、一回深呼吸をして反論した。


「あんたのさっきの言葉、一つ間違ってる」


「何?」


「俺はインプラントを盗み出すのに失敗しちゃいない。成功したんだ。コイツは今も俺の背中で光り輝いてる」


フランツがそう言うと、マックスは驚いたような表情を浮かべ、ため息をついた。


「お前、とんだバカ野郎だな」


そう言ってマックスは苦笑いを浮かべた。

その様子を見たフランツは安堵した。

勝手にインプラントを盗み出したことで、彼に見捨てられたのではないかと思っていたからだ。

彼に見捨てられるは、行き場を無くすという意味だけで無く、単純に悲しかった。


フランツはバーテンダーにグリーンティーを注文し、ジェスもそれと同じものを頼んだ。


「一本吸うか? キューバ産だ。あっちの犯罪シンジケートともコネがある」


マックスは親指と人差し指で持っている葉巻を、一本フランツへ差し出していた。

フランツはそれを受け取り、口に咥えると、マックスのライターを借りて火をつけた。


「ところで、お前の連れてるこいつは何なんだ?」


マックスはフランツの隣で気まずそうに縮こまっているジェスを指さした。

フランツは葉巻を燻らせながら答えた。


「ジェスだ。つっても、名前はないけど。アトラスの元実験体で、手から電磁波が出せる。一緒に逃げてきたんだ」


「どうなっても俺は知らねえぞ」


マックスは再度ため息をついた。

ジェスが恐る恐る声を出す。


「あ、どうも...。」


「まあまあ、そう縮こまんなよ。俺はこう見えて結構優しいんだぜ」


マックスはそう言って、ビシッと親指で自分を指した。

ジェスはまだ縮こまっていた。


「それで、肝心の仕事の話だ。お前、クレジットの仕事が欲しいんだってな」


「そうだ」


クレジットととは、エンジェルシティで生きるには欠かせない通貨だ。

これもアトラスが広め始めたもので、この街では絶対的な信頼を持っている。

もちろん遠い昔はドルに強い信用があったし、現在もイェンやユーロにペソなど様々な通貨が流通している。

しかしこれらの通貨は価値が不安定だった。

そしてアトラスが、それに取って代わる、絶対的な通貨を作った。

それがクレジットだった。

この街の資産家や投資家は、ドルやイェン、またはペソなどで資産を築くと、昔の通貨が不安定な時代の人間が通貨を金や宝石類に変えるように、資産をクレジットに変える。

エンジェルシティの多くの店では、クレジット以外の通貨が使えない。


なぜクレジットの価値が、信用が揺るがないのか、それもアトラス七不思議の一つである。

ともかくアトラスは、開発に開発を重ねて枯渇した金や宝石類の変わりに、長い年月をかけてクレジットを絶対的な信用の置けるものにした。

そしてこのクレジットも、流通の大部分をアトラスが担っていた。

そういう意味でも、アトラスはエンジェルシティを支配していた。


フランツにはクレジットが必要だった。


「今度のは運び屋や受け渡しじゃねえ。お前が今まで受け持ったどの仕事よりも危険だ。一人前のやつがやる仕事だ」


「今の俺なら出来る」


フランツはジェスの肩を掴んで抱き寄せ、そう言った。

突然抱き寄せられたので、ジェスは紅潮した。


「なっ…えっ...!?」


「仕事の話の最中にいちゃつくなよ、ガキども」


「ジェスはこう見えて三十年以上生きてるんだ」


フランツは何気なく言った。


「ちょっと...!」


ジェスがフランツを憎そうな顔をして睨んだ。


「おいおい、女性の年齢は口に出さないもんだぜ。フランツ、お前やっぱモテねえだろ」


「よく言われる」


「だめだな、こいつは」


マックスはまた苦笑した。


「とにかく、話に戻るぞ。お前に頼みたいのは、脱走した2体の"アンディー"の廃棄処分だ」


真剣な眼差しでそう言った。

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エンジェルシティの伝説 佐良 @sar4

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