第6話 Work/仕事 その2
雰囲気の暗い路地を抜けると、ビルの背は低くなり、貼り付いて広告を垂れ流していたモニターは無くなり、妖しげなネオンの看板ばかりが増えてきた。
ジェスが想像していたよりもブラックマーケットは活気があって、エンジェルシティの表とも大差は無いように思えた。
大きな違いといえば、歩いている人間の大半が義体の犯罪者ということだろう。
もちろん表にも義体の人間はいるが。
ブラックマーケットは、色々なものがごちゃごちゃと並んでいて、かつて香港に存在していた九龍城を思わせる閉塞感があった。
なぜアトラスの支配するエンジェルシティで、このような犯罪の温床が出来上がっているのか、それは誰にも分からない。
一説によれば、アトラスの重役にブラックマーケット出身がいるだとか、それぞれが莫大なみかじめ料を払っているだとか言われているが、真相を知っているのはアトラスだけだ。
人ごみを掻き分け、ネオンと建物の背に遮られた空の下、二人は進んで行った。
ジェスは、目に入るもの全てが新鮮で、各々が煌めいて見えた。
たとえそれが犯罪の温床でも。
「なあ、そこの嬢ちゃん。ちょっとヤらせてくれねえか?金は弾むぜ」
突然誰かに声を掛けられて、ジェスは声の方へ振り向いた。
見るとそこには、義眼で背の低い男が右手でしごくような動作をしてこちらをにやにやと見ていた。
その様子にジェスはひどく、そして生理的な嫌悪感を抱いた。
睨みつけるようにその男を見る。
「ジェス、無視しといてくれ。ここじゃよくあることなんだ。いやだと思うが、慣れるしかない」
その様子を見ていたフランツが、そうジェスに言葉をかけ、手を掴んで歩き出した。
「ここではこれが当たり前なの?」
「そうだ。ここはしょせん犯罪者のクズどもの集まりだ」
ジェスの方を見ずに、フランツは答えた。
「あたしに耐えられるかどうか...」
ジェスが不安げに言う。
「いやでも慣れるさ」
そう言ってフランツは手を掴んだまま、人ごみの中を足を動かし続けた。
しばらく歩いて、フランツはジェスの手を離し、右側にある「Guns&Bullets」と書かれた薄紫色のネオンの看板を掲げている店へと足を踏み入れた。
ガラス張りのドアを抜けると、奥にはカウンターがあり、パリッとしたスーツを身に着け、額に義眼と思しき3つ目の目がある若い店の店員が立っていた。
店の左右と中央にショーケースが置かれていて、中には拳銃、小銃、散弾銃、機関銃やその他の投擲物、各種弾薬が入っており、壁一面には狙撃銃や防弾ベストなどが架かっていた。
店の店員は入店した当初、柔らかい物腰で「いらっしゃいませ」と言ったが、フランツを見るなり目を大きく見開いた。
「お客様は確か...」
「前にも来たことがあったな。モーゼルM712を買った」
それを聞いた店員は頷いた。
「今日はお連れ様もご一緒で?」
「そうだ。訳あって連れてる。それで、今日は新しい銃が欲しいんだ。M712を無くしてしまってね」
「そう言うことでしたか」
「手持ちがこれしかないんだ。予備の弾薬も含めて、買えるものを見せてくれ」
そう言ってフランツは、身につけていたジャケットの右ポケットからコインを取り出し、コイントスのように親指で弾いてカウンターの上へ乗せた。
コインから青白いホログラムが浮かび上がり、コインに入っている残高を表示していた。
それを見た店員は、顎に手を当ててしばらく考え込んでから、思いついたように店の裏へ入っていった。
さらにしばらく経って、店員が店の裏から一丁の拳銃を持って出てきた。
「その銃は?」
店員はカウンターに拳銃を置いて、説明を始めた。
「こちらクリスUSA社が開発、製造するKRISS KARDというマシンピストルでございます。
.45ACP弾のみ使用、15発マガジンで、かの有名なKRISS VECTORと同様の反動吸収システムを採用しておりまして、反動も他のマシンピストルと比べて大幅に軽減されています。」
フランツが1日前まで使っていたモーゼルM712のクラシックな見た目とは対照的な、近未来的で無骨な外見をしていた。
フランツは試しに弾倉を差し込み、AR系の小銃のコッキングレバーのようなスライドを引いて、トリガに指を架けず構えた。
「いいな、これ。予備の弾倉と合わせていくらするんだ?」
それを聞いた店員は笑顔になりながら答えた。
「こちら、中々売れずに残っていた在庫品でして、市場の半分以下の価格となります」
「よし、買った」
「ありがとうございます。お客様のこれからのご活躍をお祈りしております」
店員がそう言い、青白いメニューに表示された残高が少し減ってから、ホログラムはバラバラになって電子の海へ消えていった。
フランツは再びコインをジャケットの右ポケットにしまった。
一連の様子を黙って見ていたジェスに、フランツは声を掛けた。
「悪い、長くなった。じゃあ行こうか」
「いいえ、大丈夫よ」
そう言って店を出ようと、扉に向かって二人は歩き出した。
その光景を店員は微笑ましそうに見ていた。
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