18. エピローグ 烏は何故鳴くの

「私が、そうだな……7年程前何と呼ばれていたか知っているかい?」

「たしか……“腑抜け皇子”ではございませんでしたか? ですがそれは根も葉も無い噂でしょう?」

「いや、それがそうでもなくてな……」

「まぁ! 本当に? 今のお姿からは想像できませんわ」


 アレクセイは今や“猛麗”、すなわち猛々しくも麗しいとまで呼ばれる傑物だ。

 それがまさか“腑抜け”などと呼ばれていたとはペチュニアには想像もつかなかった。


「かつての私は父に腑抜けだの覇気がないだのと……まぁ散々な言われようでな、ハハッ懐かしい」

「まぁ! 本当ですの?」

「あぁ、今でこそ多少マシになったが女の様な顔が疎ましくて堪らなかった……性格も顔に引っ張られた気もするな……皇位も弟の者になるぞとまで脅された。第一皇子として屈辱の極みだった」


 遠い目をして語られた苦い思い出に、「そうでしたの」とペチュニアはしみじみとした相槌を返した。

 自身の境遇をアレクセイに重ねているのだろう。


「その頃だ。仔細は皇家として秘さねばならんが……あるとき私は彼女と……クロウと出会った」

「そして救われたのですわね……クロウディアの優しさに」

「あぁ……だから私はどうしても彼女が欲しかった。だが、そのことが君の人生を狂わせてしまったことを謝りたくてな……すまなかった」


「……まぁ、多少思うところが無いわけではありませんけれど……彼女になら譲っても嫌ではありませんわ。むしろ何か心のつかえが取れて清々しい気分ですの。今は彼女の友人として相応しくあらねばと奮起するばかりですわ」

「そうか……」


 アレクセイは少し思案すると「君になら話しても良さそうだな」とおもむろに切り出した。


「そういうわけで、私が広めた彼女との馴れ初めは事実ではないんだ。昔に会っているのは間違いないがね。それにどうも彼女はそのことを忘れているようでな。“招待状”を出して帝国に招いたのだが私とは初対面だと思っていたんだ。会えば分かると思っていただけに少しショックだった」


「まぁ! そんなことが!? 些末事ならともかく私、クロウディアがそんな物忘れをするとは思いませんわ」

「同感だな。だからおそらくは……」


 アレクセイが話を続けようとしていた時だ。

 不意にカーンと一際大きな音が響き渡る。

 音のした方を見れば、クロウがヴェルナーの木剣を手から弾き飛ばしたところだった。


「アレクセイ様! いらしているならお相手を!」


 声を張り上げ、クロウがアレクセイに木剣を向け手招きしている。


「おっと、我が愛しの婚約者がお呼びのようだ」

「どうぞ、私とのお喋りよりクロウディアのお相手を。私は素振りでもしていますわ」

「ハハッ、本当に見違えたな」

「ほら早くしてくださいまし。クロウディアが苛ついていますわ」


 踵で地面をカツカツと踏み鳴らし、クロウはアレクセイを睨んでいる。

 アレクセイは慌て木剣を手に取り駆け足するとクロウの前で構えた。


「さぁどこからでも」

「では遠慮なく!」


 2人の木剣の激しく打ち合う音が響く。

 お互い遠慮なく打ち込んでいる様で、しかしどこか息の合った演舞の様にも見える、そんな光景だ。


 そんな中、ヴェルナーはマルタに汗を拭いて貰いながら打ち合いを集中して見ており、ペチュニアは無心に素振りをしている。

 それは朝食の支度が出来たとブリジッタが呼びにくるまで続いた。


 ▽ ▽


 ヴェルナーに木剣を打ち込んでいる際、アレクセイがやって来たのには気づいていた。

 また、笑顔で邪魔をしにくるのだろうと思っていたが何やらペチュニアと話し込み始めてしまう。


「(何だ……いい雰囲気じゃない)」


 アレクセイは時折こちらに視線を送りながらもペチュニアと談笑しているようだ。

 ペチュニアも表情をコロコロと変えて会話を楽しんでいる。

 端から見れば何ともお似合いだ。


 どうせ自身はアレクセイが皇位を継ぎ契約が終われば消えるつもりなのだ。

 ペチュニアの評判が回復するように働きかけているのはその時、彼女がすんなり皇妃になれるようにする為だ。


「(今のペチュニアならきっと大丈夫ね)」


 実を言えば……アレクセイの好意にはずっと気づいていた。

 少し偏執的だったが、明け透けで真っ直ぐな好意だ。

 気づかないわけがない。

 

 でも自分は暗殺者……人殺しなのだ。

 もう何人も手にかけている。

 少なくともあの好意を受け取るべき……いや受け取っていい人種ではない。

 もっと相応しい相手がアレクセイにはいるだろう。

 そして、それがペチュニアなら友人として嬉しく思う。

 彼女はその為にずっと努力していたのだから。


「(だと言うのに……何故)」


 木剣を握る手に力が入り、カンカンと軽かった音がガッガッと鈍い音に変わる。


「むっ、おっ」


 急に強くなった打ち込みにヴェルナーが声を漏らした。


「(何故こんなにも胸がざわつくの……!)」


 仲睦まじく話す2人の様子にクロウの打ち込みが荒々しさを増していく。

 まるで心の内を写す鏡のように。

 激しく、鋭く。


「(色々と禁じられたけれど……一番最悪なのは“虚言”の禁だわ!)」


 アレクセイに対する虚言の禁。

 嘘を禁じられたなら黙秘してしまえばいいと思っていたそれ。

 でも、それは“心にも無いことは言えない”ということでもあって。


「(認めるわよ……私はあの男が……アレクセイが嫌いじゃない)」


 毎朝、アレクセイが寝顔を見に来る度に言えたハズなのだ。

 止めてくれと、顔を見せるな、見に来るなと、お前なんか嫌いだと。

 でもそれらは何一つ言葉にならなかったのだ。

 言葉に詰まったクロウをアレクセイが愛おしそうに見つめ、微笑む。

 毎朝のように向けられる笑顔は決して嫌なものではなかった。

 それが何故かわからない。

 アレクセイは自身をロクでもない目に合わせた張本人なのに嫌悪感はまるで沸かなかった。


「(あぁもう! 何だって言うのよ!)」


 無意識に魔力まで使った力任せの一振がヴェルナーの木剣を弾き飛ばす。


「アレクセイ様! いらしているならお相手を!」


 そうして、ここぞとばかりに苛立ちの原因を呼びつける。

 あぁ、そうだ、この苛立ち気持ちを受け止めて貰わないと気が済まないのだ。

早く来い、早く来いと急く気持ちが足を踏み鳴らさせた。


 「さぁどこからでも」


 アレクセイが目の前に来て構えた時、クロウは寸前までの苛立ち眉間に皺を寄せた顔ではなく、綻んだ笑みを浮かべていた。


 「では遠慮なく!」


~To be Continued


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ここまでお読みいただきありがとうございます!

 やっとこクロウが、ちょっぴり気持ちを自覚したようなってところです……が!

 えー、こちらの作品、溺愛コンに参加しているのですが募集要項が最大6万文字なので続きを投稿すると確実にオーバー……。

なので一旦キリの良いここまでの投稿になります!

 


 続きは勿論考えておりますし、書き進めるつもりではありますが、選考期間が過ぎた後の投稿になると思います!

 とりあえず完結済にはしますが、選考期間が過ぎたらまた連載しようと考えてますので、フォローしたままにしてもらえると嬉しいです。


さぁアレクセイとクロウの関係の行方はどっちだー!?


★やいいね、感想など頂けたら大変励みになります!!


それではまた!

続きでお会いしましょう!


 




















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暗殺姫は籠の中~罠にはまった女暗殺者は皇子様に囚われています~ 雪月 @Yutuki4324

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