17.慈愛

 翌朝、マルタとヴェルナーは変わり果てた姿で見つかった。

 2人の仲に大きな進展があったと言う意味で。


「……あ、あ、朝、帰り?」

「マルタ……あなた……」

「あらあら! まぁまぁ!」

「な、何と言えばよいか……申し訳ありません!!」

「皆様、おはようございます」


 結局一晩中、皇宮、貴族街から城下まで短距離転移を繰り返しながら駆けずり回るも、2人を見つけることが出来ず憔悴仕切ったクロウが日が昇る少し前に離宮に戻った直後、仲良く腕を組んだ2人が帰って来たのだった。

 マルタはどこか艶々としているし、ヴェルナーは首筋にキスマークをつけていた。


 実はクロウの想像はかなり正鵠を射ていたのだ。

 ヴェルナーは昨晩の一件で意気消沈。

「俺は駄目な騎士です」などと弱音を吐くヴェルナーにマルタが渇をいれ、その流れでしっぽりというのが真相であった。


 マルタとしては、愚劣な男達が引き下がる保証も無かった為、変な噂を流される前に「一夜を共にした相手はヴェルナーである」という既成事実を作れるという打算もあった。勿論建前だ。


 所詮は一代貴族の次女。

 それこそ、つい数年前までは貴族ですらなかった身だ。

 婚姻前の関係など特に気にもならなかった。

 マルタはおしとやかそうに見えてかなり強かな女性なのである。

 しかし、そんなマルタをブリジッタが叱責する。


「マルタっ! あなたねぇ……クロウ様は一晩中あなた達を探して回っていたのよ! 今朝方帰って来られたときはあなた達が心中してるかもなんておっしゃって……見てるこっちが辛かったわよ!」


 これにはマルタ、そしてヴェルナーもサッと顔を青くする。

 よもや、第一皇子の婚約者にして異国の王女にそんなことをさせてしまっていたとは露知らず、しけ込んでいたとは……2人は慌て跪き謝罪する。


「クロウディア様! 誠に申し訳ありません!」

「クロウディア様! ば、罰なら……俺だけに……」


 昨晩のクロウの冷たい目を思い出したのか若干ヴェルナーの声は上擦っていた。

 並んで手を床に突く2人にユラリユラリとクロウは近づいて行く。

 そうして膝をつくと腕を広げて2人を抱き寄せた。


「良かった……本当に無事で良かった……」

「クロウ、ディア様……?」


 クロウは涙を流していた。

 安堵から浮かんだ、ただただ2人の無事が嬉しくて堪らない、そう言わんばかりの慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。


 自分が泣いていることに、気づいていなかったのだろう。

 クロウはしばらくして濡れた頬に触れると「ごめんなさい」と謝った。


「少し疲れてしまったみたい、悪いけど休ませてくれる?」

「あ、は、はいっ! 支度をします!」


 ブリジッタがクロウに連れ添って部屋から出ていき、クロウに見惚れて呆けたペチュニア、マルタ、ヴェルナーの3人が取り残される。


 ようやく我を取り戻したヴェルナーがポツリと呟いた。


「俺、クロウディア様はどこか恐ろしい方だと思っていました」

「……私も、気さくなのですがどこか冷たい雰囲気のある方だと」

「あれが彼女の……クロウディアの素顔なのですわ。私もどれだけ救われたか……マルタさん、ヴェルナー騎士爵様、改めてお詫びを。あなた方には本当にご迷惑をお掛けしましたわ」

「……お受け致します。ここで許さなくてはクロウディア様に顔向けできません」

「そうですね……あの、ところでペチュニア様は何故こちらに?」

「話せば、長くなるのですわ……」


 そうしてペチュニアの招待状から続いた一連の騒動は、関係者達の和解を以てようやく終わりを迎えたのだった。


 ▽ ▽


 その後、ペチュニアはアレクセイの下知により正式に離宮の一室を宛がわれた。

 肩書きとしては帝国のマナーに疎いクロウの為の話し相手、兼教育係といったところだ。


 また、過去ペチュニアが発端となり、害を被ることになった貴族令嬢達にもアレクセイとクロウの仲裁により謝罪の場が設けられた。


 そして今……。


 カンカンと早朝の修練場に木剣の打ち合う軽快な音が響いている。


「せいっ! やぁあ!!」

「いい調子よ、ペチュニア」


 打ち合っていたのはクロウとペチュニアだ。

 あの日以来、クロウに憧れているペチュニアはクロウに稽古をつけて貰えるよう頼み込んだのだ。

 クロウも「気を紛らすのに何かに打ち込むことは良いことだわ!」と快諾した。

 若干、思惑にすれ違いはあるが些細な問題だろう。


「少し休憩にしましょうか」

「ハァ、ハァ、ありがとう、ございますわ」


 息を切らしたペチュニアに休憩を促したクロウは、素振りをしていたヴェルナーに声をかける。


「ヴェルナー、稽古をつけてあげる。貴方は攻めている時は文句無しなのだけど受けに回ると粗が目立つから……それに近衛なら護る戦いも覚えなさい」

「はっ! お願い致します!」


 ヴェルナーに長剣サイズの木剣を投げ渡し、クロウが軽めに打ち込んでいく。


「力で受けるのでは無く、剣の角度を合わせ反らすように、そう、いい調子。貴方より力強い相手はそう居ないだろうけど、受け流す技術は覚えて損は無いわ」

「はっ! ありがとうございます!」


 そうして打ち合う2人をマルタからタオルを受け取ったペチュニアが眺めている。

 これがここ最近の日常だった。

 ただ、今日はそこに来客があった。


「やぁ、朝から精がでるな」

「アレクセイ殿下、お早うございます」

「ごきげんよう、アレクセイ殿下」


 やってきたアレクセイはペチュニアとマルタに並び、ヴェルナーと打ち合うクロウを暫しの間、見つめていたが不意にまたペチュニア達に声をかけた。


「マルタ嬢、すまないがペチュニア嬢と2人で話がしたい。外して貰えるかな?」

「畏まりました」


 マルタが話声が聞こえない位置まで移動したのを確認するとアレクセイはペチュニアに切り出した。


「見違えたな、ペチュニア嬢」

「えぇ、クロウディアのお陰ですわ」

「そうか、君も救われたのだな、彼女に」

「私も?」


「あぁ」と頷き、アレクセイはどこか昔を懐かしむような面持ちで語り始めるのだった。














 



 













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