16.友人

「そうだったのね……」


 聞いてみれば、動機としては下らなく、しかしそう一蹴するには複雑な話だった。

 家族から期待をされないというのはとても辛いことだろう。

 それでいて皇妃にはなれというのだから無体な話だ。

 このか弱い少女が歪んでしまうのも無理のないことだった。

 身内からの愛を感じることも無く過ごし、

 家格が邪魔をして対等な友人関係も築けない。

 折れそうな心を虚勢と意地だけで保ってきた、メッキしたガラス細工のような少女、それがペチュニアだった。


「私、こんなことを誰かにお話するのは初めてですわ」


 ペチュニアはどこか憑き物が落ちたように力なく笑う。

 何もかも吐き出し、よすがを失い崩れる寸前の伽藍堂の立ち姿だった。


「ペチュニア様……いえ、ペチュニア」

「え?」

「私の友人になってくれない?」


 クロウはそうペチュニアに手を差し出した。


 ▽ ▽


「(いけないわ……これはいけない)」


 今にも壊れそうなペチュニアの様子にクロウは焦っていた、焦りまくりだ。

 何しろ反撃ではあったものの原因はだいたいがクロウなのだ。

 アレクセイから追い詰めすぎるなとも念を押されていた気もする。

 殺しを生業にしていたとはいえ、いやだからこそ殺すつもりのない相手に死なれるのは許されない。

 このまま屋敷に帰せば、明日の朝にはペチュニアが冷たくなっていた、なんて報せが届く様な気がした。

 そんな胸くそ悪い事態は御免被る。


 思い付きで「友人になろう」とやってみたが、ペチュニアは困惑した表情を浮かべている。


「な、なぜですの?」


 ペチュニアの疑問。

 それは「なぜ、こんな自分を友人に?」と言う意味だったのだが、皆まで言わない貴族的な作法はこの時のテンパったクロウには通用しなかった。

 拒絶されたと思い、さらに焦りを募らせ頭の中であーでもないこーでもないと言葉を探す。


「(ダメ!? ダメなの!? えーとえーと)」


「り、離宮の暮らしは退屈なの! 時間が有り余って仕様が無いし……話し相手になってくれたら嬉しいわ。通うのが面倒なら離宮の部屋をあてがってもいいし、どう? どう?!」


 クロウは全くそこまで考えていないことだったが、アレクセイの婚約者にもなれず、いずれ針のむしろである実家への帰還をしなければならないペチュニアにとってはそれは望外の申し出だった。

 皇都に留まる理由にもなるし、未来の皇妃の話し相手に選ばれるのは名誉なことだった。


 なにより……。


「(私の現状を理解してこんなにも気にかけていただけるなんて……なんてお優しい方なの)」


 慣れない優しさを受けてペチュニアの目から涙が溢れる。

 その様に更にあたふたしているクロウの姿がただ1人優しかった、ペチュニアが4歳の頃亡くなってしまった乳母ベルカの姿と重なった。

 彼女もペチュニアが泣くとあたふたしながらなんとか慰めようとしてくれたのだ。


 可笑しくなってしまい思わず笑みがこぼれる。

 泣き笑いの顔でペチュニアはクロウの手を取った。


「謹んでお受けしますわ、クロウディア様」

「へ? あぁ、よかったぁ……でも友人ならそんな固い言葉遣いはしないものよ」

「……では、クロウディアと」

「えぇ、ペチュニア……じゃあ早速離宮に行きましょうか!」

「えぇ!? 今からですの!? わ、私心の準備が……」


 善は急げ、思い立ったが吉日とはよく言うけれど、この場合は……。


「(こんな精神状態の子を1人になんて出来るわけ無いじゃない!)」


 クロウは実はかなりの心配性なのであった。


「いいからいいから!」とクロウはペチュニアの手を取ったまま異能を発動させた。


 ▽ ▽


「うひゃやぁ! クロウ様!?……それにペチュニア様!?」


 離宮の私室に転移してきたクロウとペチュニアにブリジッタが頓狂な声を上げ驚く。

 マルタのことが心配でずっと待っていたらしい。


「あぁ、ブリジッタ。丁度よかった、ペチュニアの分の寝間着を用意して。それから湯浴みと……」

「ちょちょちょちょっと! クロウ様! どうやってここに!? 何でペチュニア様が!? ていうかマルタは!?」

「ペチュニアとは友人になったの。これから離宮で過ごして貰うから……待って……マルタ帰って来てないの?」

「はい、まだです……私はてっきりクロウ様と帰って来るのだとばかり」

「ヴェルナーに頼んだのだけど、二人ともまだ姿を見せてないの?」

「はい……」


 クロウが2人と別れてからそれなりに時間は経っている。

 何事も無ければもう帰ってきていてもいいハズだ。


「(まさか……心中!?)」


 ペチュニアから引き続き心配性を発症中のクロウはあっさりと最悪の想定に思考を振りきらせた。


「(そうだわ……お咎め無しだなんて言ったってヴェルナーは堅物……私に剣を向けたことを気に病んでてもおかしくない。それに騎士としての矜持を他でもない私がへし折ったじゃない。マルタだってアレクセイの手前無事とは言ったけれど実は……ってこともあり得るわ)」


 みるみる顔を青くするクロウにペチュニアとブリジッタは声をかける。


「クロウディア……? どうかなさったの?」

「クロウ様、顔色が優れないみたいだけど大丈夫ですか?」

「ハッ! わ、私2人を探して来ます! ブリジッタはペチュニアの事をお願いね! 絶対に1人にしないで! ペチュニア、申し訳ないけど行かなくちゃ……貴女は強い子だから大丈夫! えーとえーと……行ってくる!」

「えっ、ちょっとクロウ様!?」

「クロウディア?! どちらに行かれますの?!」


 捲し立てるだけ捲し立てて、クロウは飛ぶように去って行ってしまう。

 後に残されたペチュニアとブリジッタはポカンとして顔を見合わせた。


「……行っちゃいました」

「……えぇ、そうですわね」

「あの、とりあえず湯浴みの支度をしますね。それから今日何があったか教えていただけますか?」

「えぇ、構わなくてよ。えぇっと貴女は……」

「ブリジッタです」

「ブリジッタ、宜しくお願いしますわ」

「はい! ペチュニア様」




 










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る