第6話

6時間目まで授業を受けて、テアは帰途についた。


課外活動はやっていないので、そのまままっすぐに。


ヨハンナは委員会があると言っていたので一人だ。


いつもは自習しながら待つのだが、今日はそうしていない。


(はやく帰ってこいって言ってたもんな…)


母の言葉を思い出す。


誕生日パーティーでも準備してくれるのだろうか。


…それにしても、何とも微妙な一日だった。


テアは風で顔にかかる髪を手でよけた。


朝から二度寝してしまうし、アウラ―は結局質問に答えなかった。


ヨハンナとも一緒に帰れなかったし。


誕生日なのに、どこか中途半端…。


「お前か」


「へっ?!」


橋の中央に差し掛かったとき、目の前に男が現れた。


全身黒を着た男だ。フードを被っているために顔は見えないが、20代くらいの青年だろうということは分かった。


彼は、無言だった。


無言で立ち止まっていた。


(こいつ、何なの…?)


見たこともない、知らない男。


人違いの類だろうか。


(だったら、何か言ってくれればいいじゃん)


困り果てたテアはその場を去ることにした。


こういうのは触れないに限る。


不審者である可能性も否定できないと判断したのだ。


彼の横を通り過ぎた、その時。


「え…な、何?何ですか…?!」


白い手が、テアの手首を掴んでいた。


テアは訳が分からなかった。全く。


シャー、と音をたてて車が橋の上を滑っていく。


誰もこの奇異な状況に介入しない。


この世界には、自分とこの男しか存在しないような錯覚を覚えた。


「ギーゼラ」


テアの髪が風でふわっと持ち上がった。


クーデタに消された王女の名前。


それが今なぜ、ここで出てくるのか。


「…ギーゼラ?」


復唱する、それと同時に、鼻を啜ったような音が聞こえた。


泣いている…?


彼はしかし抑揚のない声で言った。


「女、お前か」


「は?え、えっと」


「お前がギーゼラだろ」


ギーゼラ?


そんな反体制的な名前を誰が子につけるのだろう。


疑問を持ちながら否定した。


「私はテア、ギーゼラなんて女とは関係ない」


「いやお前なんだろ!」


ついに彼が大声を出した。


自分にはない、大人の威圧感を持っていた。


この状況をどうやって切り抜ければよいのか。


そう思索していると、彼の方から手を放してきた。


あっけなかった。さっきの会話から予測ができなかった。


気にならないことはないが、深追いはしない方がよいのだろう。


何より、単純に怖かった。


訳のわからないということが。


テアは振り返らずに走り去った。


頭が、慣れないプレッシャーに疲労したのを感じた。





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この混沌の中で革命を @RIRU1754664

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