第43話 矛盾

 俺が真剣な表情で訊ねると、カイは俺から視線を逸らして黙り込んでしまった。余程話したくない理由でもあったのだろう。しかし、暫くして覚悟を決めたのか、カイはゆっくりと事情を話し始めた。


「……そっか。私、その話二人にしてなかったよね。私が男になりたいと思い始めたのはね、三年前にある人に会ったからなんだ──」


 “ある人”。そう口にしたカイの頬は、赤く紅潮していた。


「私の住む村はね、街から離れているせいで、本当に退屈な村だったんだ。村のジジババの言う事聞いて、野菜を育てたり鹿とか狩ったりする毎日。三年前まではその生活も楽しんでたんだけどね……」

 カイはそう言って言葉を詰まらせた。退屈だった過去の日々を懐かしむように、顔を上に向ける。彼女にとって退屈だった日々も、大切な思い出には違いないのだ。


 しばし思い出にふけっていたカイだったが、程なくしてまた話しを始めた。


「そんなある日、街から村に女性がやってきたの!その人が、『この村を栄えさせて、他の街との経由地にしよう!』って言いだしてね?皆最初は反対してたんだけど、今じゃ村も街みたいになってね!皆幸せそうに暮らしてるんだぁ!」


 嬉しそうに語るカイの顔を見て、俺は彼女がどうして男になりたいのか察しがついた。


 “ある人”とはその女性の事で、カイはその女性が作り上げた新たな街を大切にしたいのだ。


「なるほどな……その村を守るために、男になりたい。男性になって今よりも強くなりたいと。そういう事ならこの宝珠を使っても問題ないかもな」


 そう言って俺はカイに宝珠を差し出す。恋愛対象が男性になる欠点はあるが、カイは女性だから問題は……まぁあると思うが乗り越えてもらうしかないだろう。


 そんな俺の心配をよそに、カイは恥ずかしそうに頬を染めながら顔の前で手を横に振って見せた。まるで俺の発言が間違っており、男になりたい理由が他にあるとでも言わんばかりに。


 その予想が正しかったと知るのは、僅か数秒後のことだった。


「違う違う!そんな理由で男になんかなるわけないじゃん!街を守るだけだったら今のままでも十分だよ!」

「へ?え、じゃあ何で男になりたいんだ?他に理由なんて……」

「実はね……その女の人が好きになっちゃったの!魅力的な体に優しい笑顔!綺麗な金色の髪が風になびくと、花の香りが漂うの!村の男達は皆鼻の下伸ばして、サリナさんに近づくんだよ!?そんな奴らにサリナさんは渡さない!」


 カイは鼻息を荒げながらサリナさんとやらへの思いを語りだす。予想外の展開に理解が出来ずにいる俺とネムを置いてけぼりにし、カイは勢いを落とすことなく語りつくしていく。


「サリナさんはね、私のこといつも抱きしめてくれるの!ほっぺにチューだってしてくれるし!『カイネの事、好きだよ?』って言ってくれたんだよ!これもう絶対に私の事好きに決まってるじゃん!?ユウキもそう思うよね!?」

「え……あ、ああ、そうじゃないかな」


 カイに問われ、俺は上の空で同意の言葉を返す。ネムも彼女の勢いに若干引きつつも、コクコクと頷いてカイの言葉を肯定していた。そんな俺達の様子を見て、カイは満足げに笑みを浮かべる。


 そしてカイは瞳をウルウルさせながらこう締めくくった。


「でも、女の子同士が結婚なんて、そんなの村のジジババが認めない……だから私は男になるって決めたの!そして、サリナさんを迎えに行くんだ!待っててね、サリナさん!」


 悲劇のヒロインの如く、天に手を向けてポーズを決めるカイ。どうやらどうしようもないほどサリナさんの事が好きなようだ。恋は盲目とはよく言ったものだが、カイは大いなる矛盾に気付かなくなるほど、サリナさんに恋をしているらしい。


 俺はこれまでの苦労が水の泡になることが確定したと知り、盛大なため息をこぼした。色々言いたいことはあったが、俺よりもショックを受けるであろう人物が目の前に居たため、何とか堪えることが出来ている。


 その人物に、俺はその事実を伝えるため重い口を開いた。


「あー……凄く言い辛いんだけどさ。話を聞く限り、サリナさんて女の人が好きなんだよな?」

「そうだよ?私もサリナさんに出会って、女の人が好きなんだって気づけたし、お似合いじゃないかな!?きっと私達の出会いは運命だったんだよ!!」


 俺がそれとなく伝えようとしても、カイは自分の発言が矛盾していることに気付かない。俺はこんなバカのために移動含め約一ケ月も無駄なことをしていたのかと、悲しい気持ちになっていた。


 そんな馬鹿にも分かるように、俺は言葉を選んで伝えてやった。


「いや、だからさ……お前が男になったらサリナさんの恋愛対象じゃなくなっちゃうんじゃねぇか?そうなったら結婚どころじゃなくなっちまうと思うんだが」

「……あ」


 ようやく全てに気付いたのか、カイは口を開いたまま固まった。彼女の頭の中を覗くことは出来ないが、きっと目まぐるしい日々の記憶が駆け巡っていることだろう。それがどれほどのものなのか、俺達に知る由はない。


 こうして『性転換の宝珠』を巡る、俺達の『迷宮』探検は幕を閉じたのだ。



~あとがき~

第2章これでおしまいです。


また本作もここでいったん完結となります。

続きは書いておりますが、公開は未定となります。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

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奴隷を買うために一億円貯めたいので、魔王討伐とかしてる暇ありません~チートって金稼ぎのためにあるもんでしょ?~ 宮下 暁伍 @YOMO_GIMOTI

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