第42話 鑑定の結果は

「『鑑定』って……あの取得ランクS難度の『鑑定』!?な、何でユウキがそんなの使えるのよ!どうせ嘘なんでしょ!?私に宝珠を使わせないために、嘘ついてるんだ!」


 俺が鑑定のスキルを使えると聞いて真っ先に口を開いたのはカイだった。Bランク冒険者の俺が、そんな希少なスキルを使えると知って驚きつつも、やはり宝珠が偽物だという発言は信じれないようだった。


「い、いや、まぁ理由は色々あるんだけど……とにかく、その『宝珠』は使わない方が良い。ネムもその『宝珠』は絶対に使うなよ」


 俺はなぜ『鑑定』を使えるのかというカイの問いかけをスルーし、彼女の隣で訝しげに俺を見つめていたネムにも宝珠を使わないように告げた。彼女が手に持っているソレも、『幸運の宝珠』などではないクソみたいなものだったからだ。


 だが流石のネムも俺の発言が信じられなかったのか、自身の腰に下げていた双剣を引き抜いて俺に見せてきた。


「ネムのこの剣、名前がある。『鑑定』使えるなら、名前当ててみて」


 ネムにそう言われ、俺は彼女の双剣に向かって『鑑定』スキルを発動する。前から思っていたが、この双剣からはとてつもないオーラを感じていた。『鑑定』で双剣の名前を確認した結果、俺はその感覚が正しかったのだと知る。


「『黒龍剣バザラ』?黒龍の牙と角で出来ているのか。どうりで滅茶苦茶オーラがあるわけだ」


 俺がそう口にすると、ネムは一瞬驚いたように目を見開いた。それからすぐに双剣をしまうと、手に持っていた宝珠を地面に叩きつけて粉々に割ってしまった。


「ユウキの『鑑定』は本物。この宝珠は使わない方が良い」


 ネムがそう言って俺の持っていた『心変わりの宝珠』を指差す。それを見てようやくカイも俺の『鑑定』スキルが本物で、宝珠が偽物だと理解したようだった。


「そ、そんな……やっと手に入ったと思ったのに」


 カイはその場で膝をつき、絶望の表情を浮かべる。カイがこの宝珠を手に入れるためにどれだけの苦労をしたのか、俺達には分からない。その苦労が無駄だったという現実を、カイは受け入れられないのだろう。


 そんな失意の底にいるカイを横目に、なぜかネムが少し怒った様な声で俺に話しかけてきた。


「なんで『鑑定』使えること話したの?言わなくてもそのまま壊せばよかった。スキルの公開は、簡単にすべきじゃない」


 ネムにそう言われて、俺は少し黙ったままカイの方を見つめた。確かにネムの言う通り、スキルの公開は控えるべきだ。なぜならそれが自分の生死に直結するから。Aランク冒険者のネムは、その重要性を理解しているからこそ、俺に苦言を呈したのだろう。


 しかし、それでは事態は悪化していただろう。


「別にそれでもよかったんだけどさ……何も言わず壊しても、カイは納得しないだろ?宝珠を壊した俺とは行動しなくなるだろうし。部屋に入る条件は理解してるから、もう一度ここに来て宝珠を手に入れる。あとは……分かるだろ?」


 俺がネムに問いかけると、彼女は無言でうなずいてみせた。


 カイが一人でここに来てもう一度宝珠を手に入れれば、間違いなく宝珠を使用する。その宝珠が何なのか知らぬまま、男になれると信じて使うのだ。


 ゴモスさんがカイに股間を見せつけて号泣していたのは、恐らく女になれて嬉しかったからじゃない。きっと真逆の感情を抱いていたことだろう。カイにそんな思いをさせないためにも、俺は自分の秘密を打ち明けることにしたのだ。


「だから正直に話しとこうと思ったんだよ。そうすれば、最悪の結果は避けられると思ったからな。それに……二人なら俺が『鑑定』使えること黙っててくれるだろう?」

「……ん。ネムは言わないから安心していいよ」


 ネムはそう言って俺の肘をチョンと小突いてきた。彼女なりのエールなのか信頼の証なのかは分からない。でもそれが俺にはとても心強かった。


「それにしても、なんでこんな嘘ついたんだろ。何が目的なのかな?」


 なんだか微妙な雰囲気になった場を和ませようと、ネムが砕け散った宝珠を突きながらそんなことを口にする。俺はネムの言葉で、宝珠を渡してきた像の姿を思いだしていた。


「アイツの顔、上下反対だったろ?宝珠を出してきた舌も、上下反対だったし。多分俺達が出した答えに対して、反対の効果が出るような宝珠を渡す像だったんだろうぜ」


 とまぁ自分で推理したかのように語っているが、正直に言うと俺が守護者の言葉が嘘だって気づけたのは、元居た世界での影響が大きい。


 最初俺は酒瓶持った鬼のような生物が描かれた像を見て、像の正体が『酒呑童子』かと思った。ただそれが逆さに描かれている理由が分からず疑問を抱いていると、あの三つの問いかけが始まった。その問いを聞いていくうちに、像の正体は『天邪鬼』だと分かったのだ。


 “三つの問いに正解したなら”と言いながら、その問いには答えらしい答えなどなく、渡される宝珠の名前は、侵入者が望んでいる効果を持っていそうな名前。その実、効果は真逆のものだった。そんな悪趣味な意地悪をするのは『天邪鬼』しか考えられない。


「ふーん……よくわかんないけど、凄いね」


 俺の返答にネムはどうでも良いと言った様子で返事をする。自分から話題を振っといたくせに、この反応は流石ネムと言えるだろう。


 もう宝珠に興味を失ったネムを横目に、俺は泣きじゃくるカイの元へ歩み寄る。そして手に持っていたもう一つの宝珠を彼女の前に差し出し、こう告げた。


「なぁカイ。俺の『宝珠』で良ければ使うか?」

「……え?」


 俺の言葉にカイは戸惑ったような声を上げる。宝珠を使うなと言っていた俺が、自分の宝珠を使えなんて馬鹿げた提案をして来ているのだからそうなるも仕方ない。ただ俺の宝珠は、カイが望んでいた宝珠に近しいモノだった。


「俺が貰った宝珠は『性転換の宝珠』だったんだ。俺は別に女性になるつもりないから、カイにあげようかと思ってさ」

「ほ、ほんとう!?本当に『性転換の宝珠』、私にくれるの!?」


 今まで涙を流して絶望していたのが嘘のように、カイは笑顔を咲かせてみる。このまま宝珠を使わせても良かったのだが、その前にどうしても確認しなければならないことがあった。


「ああ。ただちょっと効果が複雑だから、使う前に話を聞いておきたいんだ」

「話?何を話せばいいの?その宝珠をくれるなら、私なんでも話すよ!」


 カイは嬉しそうにそう言って胸に手を当てて見せる。俺は一度深呼吸をしてから、静かに彼女に問いかけた。


「カイはどうして男になりたいんだ?正直……仕草とか見ている限り、心の底から男になりたいって感じがしないんだ。だからちょっと、気になっちゃってさ」


 カイは俺達に「男になりたい」とは伝えてくれていた。ただその理由は頑なに教えてくれなかった。調査が難航していた間に、何度か聞いたのだがその時も言葉を濁すだけ。


 ただ今回ばかりはそうもいかない。俺が渡す宝珠はただ単純に性別を変えるだけでは無かった。自分の恋愛対象を男にするという欠点があったのだ。つまり、カイが宝珠を使用すれば、性別は男になり、恋愛対象も男という状態になってしまう。


 だから彼女の話を聞いて、問題が無ければ渡そうと決めたのだ。


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