十九 マーゴット(終)


 翌朝、先に朝食を済ませたゲオルグがアヴァロンへ戻るのを、マーゴットは一人で見送ることになった。エリンが珍しく起きてこなかったからだ。聞くと、朝まで兄の部屋で話し込んでいたという。


「ねぇお父様、わたくしも一緒に戻った方が良くなくて?」


「どうして?」


「わたくしがいない方が、エリンはお兄様とゆっくりお話ができると思うの」


「いや、逆だと思うなあ。君はいた方がいいよ」


「そうかしら……」


「君がエリンを置いて帰ってしまったら、あいつはどうすると思う?」


「……そうね、追いかけてきそうだわ」


「だろう?」 


 ゲオルグはこれからひとまず溜まった政務を片付けるため、アヴァロン城に戻るのだ。セルジュの容態は安定していて、ひとまず今日明日にということはなかろうという判断だった。


「それに、君はロディスを待っていないと」


 ゲオルグが強引に手配したロディスの帰郷は、マーゴットが想像したよりもずっと早く、今日の夜にはこちらに到着する予定であるという。


「嬉しい里帰りにはならないからね。一緒にいてあげなさい」


 普段からメールはやりとりしているものの、直接会うのは随分と久しぶりになる。ただ、喜べる事情でないのが悲しい。

 俯くマーゴットに切ない眼差しを落としつつ、ゲオルグは息をつく。そして、気を取り直したように笑うと、


「病人に色々説明させるのは悪いから先に言っておくけど、君とロディスの婚約について、昨日セルジュの承諾を得たから。その辺のことも、話しておくといいよ」


 大切なことを軽く告げて、娘の反応を待たずに踵を返す。マーゴットが驚いて顔を上げると、ゲオルグは既に後ろ姿で、待たせていた車に乗り込むところだった。


 ひとつ動いた人生のピースの意味を理解できないまま、マーゴットは父を乗せた車が遠くなっていくのを呆然と見送る。


 白い壁から天上へ続く青が眩しい。

 それは、世界の晴れを全部集めてきたような、完璧な晴天だった。


 セルジュが生きていて、エリンが生まれた城で眠り、ゲオルグが笑って、そして、ロディスがもうすぐここへ来る。今この瞬間を永遠に閉じ込めて、立ち止まることができるなら、それでもいいと思える。けれど——時計の針はいつも一瞬先の未来を今へと連れてくる。誰もこの美しい秋の日に留まることはできないのだ。


 車が見えなくなり、静寂が訪れた門の前に、優しい風が吹いた。マーゴットは遠い青空を見つめたまま、深く深く息を吸う。

 風は白薔薇の香りがする。それはきっと密やかに、彼らの全てを肯定していた。

 


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ホワイトローズ・ニルヴァーナ 二月ほづみ @fsp

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