第40話 未来へ

 それからアレシュはサンスプリーグの街に戻ってきた。カインの助手の仕事はそれなりに忙しい。なのにアレシュはどこか空虚さを感じていた。


 すべてが終わった。デルフィーノは死に、崩壊石はギルドの手によって解析されている。もうアレシュにできることはなかった。


「はあ……」


 求めていた結果を得たにも関わらず、アレシュの心は空ろだった。それだけ、エアハルトの仇を打つという目標はアレシュの中心を成していたのだ。


「アレシュ、どうしたの? 何か考え事?」


 とミレナは聞いた。


「……いや、なんでもないよ。ただ、ちょっとね」


「そう……何かあったら言ってよね」


「ありがとう、ミレナ」


 アレシュは微笑んだ。


「少し買い物にでも出てくる」


 アレシュは気晴らしがてら街を散歩することにした。


「おいアレシュ! 久々だな」


 そこに声をかけてきたのは冒険者パーティー蒼の閃光のリーダー、リュウだ。


「あらひさしぶりね」


 マリア、セリーナ、アレクも遅れてやってきた。


「仕事忙しかったの?」


「うん……まあ」


 マリアにそう聞かれ、アレシュは口ごもる。


「いいなあ、うちら最近仕事なくて。軍が兵士を募集してるからみんなで行こうかって話していたところなの」


 マリアの発言にアレシュは驚く。


「どうしたの?」


「そんなやり方で兵士を集めてるの?」


「うん。人手が足りないんだって。でもまとまったお金が入るからさあ」


「でも……戦争は……」


 アレシュはそこで、戦争そのものを止めないと意味がないことを知った。


 そうでないと、争いはアレシュの大事な人たちを傷つけ奪っていく。


「冒険者の方がいいよ。自由だし」


「あはは、そうかもね!」


 アレシュは彼らにそう言って別れた。アレシュは街外れの家に帰ると、来客があった。


「まったくタイミングが悪いわね」


「ごめん、ティナ。待たせちゃったね」


 ティナの方からアレシュに会いに来るとは思わなかった。


「で、何の用?」


「今度古代遺跡を見に行くんだけど一緒に行かないかって言いに来たの」


「俺と?」


「あの生意気なホムンクルスが一緒でもいいわよ? どうする? 来る?」


「……行くよ」


「そっ、じゃあ明日の朝の馬車で出発だから準備しておいてね」


「急だな。ま、いいけど。どうして誘ってくれたの?」


 アレシュがそう聞くと、ティナはふいっと視線を逸した。


「古代錬金術に興味があるなんて人、同年代の錬金術師じゃあんたくらいだもの。それに暇してんじゃないかって」


 ティナなりにアレシュを気遣ってくれたのだと気づいたアレシュは微笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 アレシュがそういうと、ティナはどこか照れた様子で顔を背けた。


「べ、別にあんたのためじゃないわよ。じゃあ帰るわね」


「あっ、待ってティナ。質問があるんだ」


「何?」


「ど……どうやったらさ、戦争を無くせると思う?」


「そうね、この戦争をしてるやつら全員眠らせればいいんじゃない。まあ現実的じゃないけど」


「え……?」


 アレシュは予想外の回答に目を見開いた。


「あんたねぇ、もうちょっと現実を見なさいよ。ガキじゃあるまいし。軍隊なんて何千人も何万人もいるのよ」


 ティナは呆れ顔で言った。


 アレシュはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げた。その顔は何かを決意している顔だった。


「そうだね。ありがとうティナ。おかげで決心がついたよ」


「どういたしまして?」


「ほら、デルフィーノ侯爵の書斎に忍び込んだ時、錬金術で家の者を眠らせたろ? あれを戦場でやればいいんだ」


「は?」


 ティナはぽかんと口を開けた。


「いや、無理でしょ。そんな簡単に」


「でもさ、戦争をしてるやつら全員眠らせれば、もう戦う理由はなくなるよね」


 アレシュは笑顔でそう言った。


「あ……うん、まあそうだけど……あんた、それ本気で言ってるの?」


「もちろん本気だよ。だってそうすれば誰も傷つかないし、誰も死なないだろ?」


「馬鹿ね。あれは数人だから出来たのよ。その力を増幅させて……かつ広範囲に効くように動き回るとしたら……」


 ティナの目がキラリと光った。


「『千の精霊を持つホムンクルス』なら……できるかも」


「何それ」


「そのまんまよ。通常はホムンクルスには精霊は一つでしょ。それを千個固定するの」


「そんなの無理だ。制御できる訳ない」


「でも古代にはあったのよ。伝説だけど」


 ティナは呆れ顔で言った。


「あんたがやろうとしてるのはそういうことよ」


「でもさ、そんな力があれば戦争を止められるかもしれないよね? もしかして古代遺跡に行けば何かヒントが……」


 アレシュはティナに詰め寄る。ティナは呆れながらも答えた。


「一応、古代遺跡に眠っている石碑にはそういうことが書かれている物があるらしいわよ」


 アレシュは目を輝かせる。


「その石碑を読めば……」


「読めると思うわよ。でも……古代の文語文字解読してからの話ね」


「そんな古語が読めるの?」


「私は無理。でも知り合いに古代語の研究者がいるわ。そいつなら解読できるかもしれないわね」


「行こう、ティナ……! 古代遺跡に」


「明日よ! 行くのは明日!」


「あっ、そうだった」


 アレシュははっとして頭を掻いた。


 


 翌朝、アレシュとミレナは早くから準備を整え、ティナとの約束の場所へ向かった。馬車が待っている場所には、既にティナが到着していた。「おはよう、ティナ」


「おはよう、アレシュ。準備はいい?」


「もちろん」


 アレシュたちは馬車に乗り込み、古代遺跡へと向かった。道中、ティナは古代遺跡についての情報をアレシュに話し始めた。


「この遺跡は、かつて偉大な錬金術師たちが集まって研究を行っていた場所なの」


 アレシュは半信半疑ながらも、ティナの話に興味を引かれていた。やがて、馬車は遺跡の入り口に到着した。二人は馬車を降り、遺跡の中へと足を踏み入れた。


「ここが……」


「気をつけて。あちこち崩れやすくなってるわ」


 アレシュたちはそれから何日もかけ、遺跡を捜索したり、研究者の話を聞いたりした。


「君たちの探しているのはこれじゃないかな」


 ある日、アレシュたちは奥深くの石室に案内された。


「これ……『千』って書いてある……?」


 アレシュは石に彫られた文字を辿った。


「それだけじゃ分かんないわよ。でも……」


 ティナの顔も興奮で紅潮している。


「二人ともー! この石碑を解読している研究者の方が来ましたよ!」


「あ、うん! 行きましょアレシュ」


「うん、今行くよ!」


 アレシュたちは足場の悪い遺跡の穴から、意気揚々と這い出した。




***




 数年後――。


「全軍前へ!」


 土埃を上げ、軍が進軍する。この国境沿いはもう何年も戦場となっていた。


 今日も戦いの日々だ。兵士たちは疲弊し、士気は低い。


「どうした! 遅いぞ」


「隊長! 何か……前線で何かが起こっています」


「なんだと! な……なんだこれは」


 その場にいる兵士たちの耳に、何重もの歌声が響く。それは甘く、揺さぶられるような懐かしさと、温かさに満ちている。


「人の声……? 嫌……ち……が……う」


 最後の一人が眠りに落ちると、アレシュたちは潜んでいた茂みから顔を出した。


「よし、今だ」


 ミレナは超大容量の収納魔法を解き放った。すると無数の虫型ホムンクルスが飛び立ち、武器をかじり破壊していく。


「リーリア! 戻っておいで」


 アレシュの呼びかけに答えて眠る兵士たちの間を抜けてきたのは、腰まで届く、美しい白い髪に銀の瞳のホムンクルスだった。


「マスター。私上手に歌えましたか?」


「うん、素敵だったよ」


 実際にはアレシュたちの耳には反作用の魔法を施した耳栓が詰められているのだが。


「みんなおつかれ! 今日も作戦は成功だ」


「ふふん。私の作ったバグたちもいい仕事したでしょ」


 ティナが自慢げに言う。


「ああ。バグもそうだし、リーリアの小型化には君の魔法陣の技術が凄く役立ってるよ」


「あ……当たり前でしょ。……それにしてもこんなこと意味あるのかしら」


「まあ、何度止めても戦闘は起こってる。でも俺は続けるよ。いつかこれが、本当の戦争の終わりに繋がるって思ってる」


「ま、いいわよ。私は付き合うわ。あんたもでしょポンコツホムンクルス」


「わ、私は言うまでもないわ」


「ありがとう二人とも」


 やがて、戦場では噂となった。戦闘が始まると、眠りの女神が舞い降りると。それはやがて戦場の者たちの中に厭戦の雰囲気が満ちていくことになった。


 そして――長き戦争に疲弊した両国の王を動かすことになるのだった。




「これで俺は本当に、父さんの思いを受け継いだ気がする」


 講和条約が結ばれたニュースを聞いて決して表には出ない英雄はそう言って笑うのだった。




                                     完



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魔導義肢の錬金術師~魔法の義肢でホムンクルスと共に平穏を掴む。捨て子の俺が救世主となるまで~ 高井うしお @usiotakai

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