初めての手術はゴッドハンド

ちーしゅん(なかむら圭)

第1話

まさか執行台に向かう死刑囚ではあるまいが、今しがた入院した病室で午後の手術を待つ身となり、何万分の一?にも及ばないであろうがその心境が分かる気がした。


体調イマイチで船橋総合病院の泌尿器科で初見頂いたのはかれこれ数年前。

若い頃からのオシッコの悩みがやや顕著となりDr.イシ⚫カの門戸を叩いたのだが、薬での改善では不十分だったことから実力行使の管作戦(魔法のホース)を敢行。

その辛い1ヶ月間を乗り越え改善が見られたのだった。

しかしそれが、2年半ほど経った数ヶ月前あたりから自覚的にまた不調を感じてきたのと時を同じくして、ゴッドハンドDr.イシ⚫カからも良くない指摘があった。

そんなこともあり、その少し前から画期的な手術だから考えてみてとDr.から進言頂きながら先延ばししていた手術を、どうせやるなら早い方がと受ける決心をした次第。


2024年6月25日に手術日が決まり、そのひと月前頃にDr.から詳細の説明を受ける。

「入院当日の午後にやっちゃいましょう」とは、さすがゴッドハンド!

そしてさらに人生初の手術の不安を除いてくれようと、画像や模型を使いながら丁寧に説明してもらったけど、やっぱり興味は「痛いんですかー」


そして前日の絶食、当日朝からの絶飲指示に先立って二日間はノンアルで整え臨む。


少し前から家族がゴチョゴチョ話しているのが聞こえていたが、入院当日に愚妻が一緒に来てくれるという。

でも本心から、そんなん大袈裟にええよー、と言ってたら愚息まで「オレも行くよ」やて、ホンマかいなー!

ということで、朝散歩でイルぴん🐶に暫しの別れを告げたあと、9時半に3人仲良くチャリで15分の病院に向かった。


予定通り10時に受付し、病室のある4階へ。

家族とはココまでということで、「ありがとうな」と出来るだけ不安でビビってる感じを見せないように別れた。

でも手術後は特別に病室に入れてもらえるらしく、愚息が来てくれる?との言葉を聞いて嬉しかった。

看護師さんに誘われて435号室に入ると、程なく『13時に手術室に入室』と告げられいよいよ逃げ場がなくなった気分になる。

その間にも検温、血圧測定はもちろんのこと、事前にたくさんの書類提出したにもかかわらず、さらにたくさんの書類の説明を受けたりサインしたり。手術ってホンマ大変やと思ったり。

手術への不安でいっぱいなのに、手術後の話を聞いてますます緊張が高まる。

「ティッシュは持ってきてます?」と看護師さん。

局部麻酔がうまくいかなかった場合、つまりうまく麻酔針が刺さらなかった場合には全身麻酔に変更になるとは聞いていたが、その場合には人工呼吸器をつけることになるらしい。聞いてないよー

すると、たまった痰を出し続ける必要があるためティッシュが丸一箱いるという理由だった。キツー。

しかし、それよりも何よりも一番ショックだったのは排泄。

手術後、当日は麻酔が切れるまでは全く動けないので当然だが、その後も先生の許可が出るまではベッドでの排泄になるというのだ。

そもそもオシッコは膀胱まで管を入れて自動的に流すのだが、問題は大きい方である。それを我が愚娘よりも若い女の子の看護師さんに手伝ってもらうことを考えたら何と表現していいのか分からない、という気持ちになるのも分かって頂けるというものであろう。

したがって手術室からの呼び出しを待つ間には、手術そのものと手術後の不安が代わる代わる半々くらい頭を駆け巡るのだった。

「お小水を済ませて12時45分にベッドの上で待ってて下さいね」

これが既に手術着に着替えさせてもらったワタシへの最後通告であった。


手術室へは普通に歩いていくのがなんか滑稽やなーと思いながら、さっき予め打ってもらった点滴(水分補給?)を引きずって歩く。

病室は4階、手術室は2階だった。

トレッチャーが入るような大きな、でも無機質な感じのエレベーターを降りたら3人のこれまた若い女の子の看護師さんが待ち構えてくれていて「緊張してますよねー」「私達、手術看護師が付いてますからねー」と、たぶん気色のかなり薄まったワタシに優しく声を掛けてくれる。ホンマにありがたい。

次の大きな扉に書いてある『清潔区域』の文字が否が応でもリアル感を醸し出し、まさしくこれぞ緊張の極みである。

執行台ならぬ手術台には辛うじて自分で乗るが、仰向けに寝て下さいと言われて、にわかにはそれがどっち向き分からず、暫し考えてから寝転がった。


そこからの看護師さんの見事なまでの淀みない動きは、淀むワタシに考える暇(いとま)を与えないほど素晴らしいものだったので、知らぬ間に『まな板の鯉』になった。

すると「麻酔担当医師です」と男性の先生が現れ、いよいよ最も不安に思っていた麻酔で手術が始まったのだった。

横向きに膝を抱えて出来るだけエビのように丸まった腰に注射を打つ。聞いただけで恐怖である。

そして、じゃあ始めますよ、の声に、はいと応えたとは思うが頭は別のことを考えようと必死だった。

あとは2時間の初体験の旅を、信頼するゴッドハンドに委ね任せるだけだった。

ちなみに、機器と空調の音が無機質に響く手術室で流れるBGMが我らがサザンだったのは、年代への配慮なのか、はたまたゴッドハンドの趣味なのか。


『まな板の鯉』の頭には何が浮かぶのか?コワい、痛い?まだ続く?うまくいってるの?と腹の座らないビビり思考の繰り返しだが、出来るだけ他のことを考えようとした。

そして一番に頭に浮かんだものは、家族友人には申し訳ないけど、何を隠そうイルぴん🐶の顔だった。

しかし何がどうあれ、どの瞬間のわずか一瞬であっても、先生や看護師さんにその手を離されたら、一巻の終わり御陀仏やなーと、手術を受けながら断片的に考えていた。


予定通りとは最高の結果なので感謝だが、やはり手術は長かった、長く感じた。

ただ、自分は寝ているだけなので、むしろその間を集中して手術してくれているゴッドハンドは凄いな、大変だな、という気持ちの方が強かったように思う。

さらに術後すぐにワタシの耳元にはゴッドハンドの優しい囁きが!

『邪魔してるのはゴッソリ取っといたからねー』


麻酔によって、まな板の鯉ならぬトドのようになっている手術台のワタシを、先生、看護師さんみんなで“せーの”と病室用ベッドに移し替えてくれる。

そしてさしづめテレビドラマで見たような感じに、天井の明かりを見ながらトレッチャーとなったベッドで運ばれて病室に戻った。


看護師さんに時間を聞いたら15時半。

やっぱり予定通り2時間だったんやなーと、ぼんやりと思いながら、ならば15時半頃に来ると言ってくれてた愚息はどうしたのかと考えた。

その間にも身の回りとかを甲斐甲斐しく整えてくれる看護師さんには感謝しかない。その看護師さんが忙しい中「ご家族まだですかねー」と気に掛けてくれてるのに連絡がないので、こっちからLINEを入れる。

“お陰様で手術無事終了、病院来るの?看護師さんが気にしてくれてる”

すると程なく、来るはずの愚息ではなく愚娘が顔を出してくれた。

ちょっと驚いたものの内心は嬉しかったが「愚息はどないしたん、知ってる?」とわざと看護師さんに伝わるように強めに言った。

いつものお得意『外面ヨシオくん』である。

わざわざ来てくれたお姉ちゃんにはかわいそうなことをしたが、愚妻からの届け物はありがたく受け取った。

それは『犬が伝えたかったこと』という本である。

愚娘が帰って少し天井を眺めていると、入れ替わるように愚息が来てくれた。

20~30分くらい話したかな。

嬉しかった、ありがとう🙇


さて手術当日の夜は、いまだかつてないほどの松山千春だった。


ち⚫ちんホース、下半身麻酔で動けず首肩と腰がバリ痛で、動けないことがこんなに辛いものかと思い知らされた。

麻酔の時は早く効いてくれたらいい、手術中は早く終わってくれたらいいとだけ願っていて、その大願成就のはずなのにベッドに戻ると、少しでも足を動かしたい、ヒザ曲げたい、ヒザ立てたい、腰浮かせたい、横向きたいと、愚物の願望ならぬ欲望はキリなく頭をグルグル回るのである。

今夜の注意事項の中に『頭を上げてはダメ』というのがあり枕も禁止なので、それでなくても肩こりのひどいワタシには曲者だった。

術後、先生に聞いた麻酔が覚め始める時刻は21時頃から徐々に、そして普通に戻るのは明日の朝だという。

さらに今朝からの絶食はともかく、絶飲の水が飲みたいが、飲めるのも手術帰室後から6時間、つまり21時過ぎと過酷な状況なのだ。


さて、愚息が帰ったのが17時過ぎ。

窓の外もまだまだ明るく眠れるわけもないので、やることといえば痛みに耐えながら天井を見るだけ。

このまま朝までなんて思うと気が遠くなるので、まずは定時的に21時まで頑張ろうと決めるが、時計は一向に進まない。

テレビはおろか、スマホを見る気にもならないほどだ。

それでも、ようやく21時に口にした水は一瞬ワタシに活力を与えたかに思えたが、まだ麻酔からほとんど覚めていないカラダには、焼け石に水ならぬ砂漠の一滴だった、とは言い過ぎか。

と、こんな描写を書き連ねても不快になるばかりと思うので、ここから起床時間6時までの9時間はバサーっと割愛したい。

ちなみに麻酔が覚め始めると痛し痒しで、ホースから発する激痛をこらえ切れず23時頃に坐薬を入れてもらったのだった。


空が明るみ始める4時半頃には麻酔もほとんど覚め、足を動かしたり腰を浮かしたり出来るようになっていた。


そうして何はともあれ、優しく献身的な看護師さんのお陰で、ようやく6時の起床時間を迎えることが出来たのだった。


朝8時に頂いた36時間振りの食事は、何にも勝る最高のご馳走だったので、この感動を忘れないためにその献立を備忘録として(笑)


『天空のご馳走』

パン3つ(テーブル小②あんデーニッシュ小①)、ジャム、オムレツ、細かいモヤシと豚コマと…の茹で炒め、牛乳200mlパック


(おしまい)

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初めての手術はゴッドハンド ちーしゅん(なかむら圭) @chisyunfumi

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