最終話
******
「ほーら、
「わー! パパだーいすき!」
仕事が終わって帰宅すると、理沙が玄関口に出迎えにやってきてくれた。
自分の娘は本当に可愛いもので、ついついおみやげを買ってきてしまう。
飛びついてきた理沙を抱っこしながら居間に戻ると、
理沙のことは、娘、と意識するようになってから、ちゃん付けで呼ぶのはやめた。それから、
けれど、理沙とは打って変わって、優香さんへの態度は結婚してからもあんまり変化がなかった。えっちのときはだいぶ呼び捨てにしているのに、普段になると、どうしてさんをつけてしまうのだろうか。自己分析が必要なのかもしれない。
「あなたったら、いつも理沙にばっかりおみやげ。もう、理沙とでも結婚したら?」
「ねーねー、ママ怒ったの?」
「あれはね、やきもちっていうんだよ」
優香さんが
……タイミングとしては、そろそろか。
わたしは、スーツの内ポケットを探った。
「今日は、優香さんにもおみやげありますよ。だから、怒らないでください」
「あら、何かしら。別に、怒ってるとかじゃなかったのに……。でも、ふふっ、お菓子をもらっても太っちゃいそうねぇ」
優香さん、顔を
優香さんが眼前にまで迫ってきたところで、わたしは
ようやく、渡せる。
わたしは、
「遅くなってすみません。オーダーメイドだったので、思ったよりも時間がかかってしまいました」
「えっ……」
優香さん、驚きすぎて、口を手で
そういう反応は見たかったけど――優香さん、フリーズしすぎ。呼吸すら忘れてるんじゃないかってくらい、動かないぞ。
「ママー、何もらったの? あ! 指輪だ、いいないいなぁ~」
優香さんの時を動かしたのは、理沙だ。女の子は、小さい頃から光り物が大好き。指輪を
そこで、優香さんが慌てて指輪を
「ま、待って香菜江さん。これ……すごく高いものじゃないの……?」
「え。まあ、相場くらいですよ。受け取ってもらえませんか?」
「相場って……香菜江さん、無理、してない? だって、私なんかが指輪って……」
なるほど。優香さん、高価な物をおいそれと受け取れない性格のようだ。多少
「わたしたち、結婚したんですよ。指輪、しっかりした物を贈りたかったんです。無理したわけではないですけど、覚悟と気持ちを示したつもりです。なので、黙って受け取ってください」
「そういう言い方は、ずるいわ……。私、香菜江さんにもらいっぱなし。でも……私のために、ありがとう。嬉しいわ、あなた……」
優香さん、指輪の箱を受け取ってくれた。わたしが薬指にはめてあげようかな、と思っていると、優香さんがわたしの胸に寄り添ってきた。
感極まって、理沙の前なのも忘れて抱きつきたくなったらしい。
「わたしだって、優香さんから色々もらってますから。お互い様です」
「私、何かあげたかしらね……」
優香さん、不思議そうに呟く。
思い当たる限り、ファーストキスとか処女とか、愛とか……って口に出したら、叩かれそうだから、やめておこう。理沙の前じゃなければ、言ってたかもだけど。
「ママー、指輪ずるいー! お礼にパパにちゅーでもしてあげなよー」
理沙が優香さんのエプロンを引っ張ると、優香さんははっとして背筋を伸ばした。理沙が
「指輪は今度プチキュアのやつ買ってあげるから、それで我慢してね、理沙」
優香さんは理沙にぶっきらぼうに言うと、照れ隠しにわたしからぱっと離れる。その際、わたしの耳元でぼそっと
「香菜江さん、お礼のちゅーは、後でね」
はぁ……幸せ。
今夜は、普通の家庭ならばえっちが盛り上がるんだろうなあ。
でも、理沙の寝てる隣ではできないし。二人っきりになれるまでえっち我慢するしかないの、つらすぎる……。幸せなのに辛いって、わけのわからない感情だ。
******
「いってきます、優香、理沙」
朝から暑い。玄関を開けると、陽光が照りつけてくる。去年までのわたしなら、午後の暑さを想定して、会社に行きたくない、って
けど、今は違う。
結婚生活も
「待って、香菜江さん。お弁当は持った? 水筒も、忘れてない?」
「大丈夫ですよ。はぁ、理沙はいいなあ。もうすぐ夏休みでしょ?」
夏も本番を迎えそうだ。
幼稚園のバスが来るのはもうちょっと先なので、理沙はリビングでテレビを見ている。理沙とお揃いのしいかわ水筒は、しっかり鞄に入っているのを確認した。
「あなたは? 夏の休暇とか、ないの?」
「お盆休みくらいはありますよ。どこか旅行でも行きますか? 新婚旅行、してないですしね……」
「旅行、いいわね。今度、理沙とどこがいいか話し合いましょ?」
「そうしましょう。では、いってきます」
優香は、挙動不審に首をキョロキョロと巡らせる。理沙がテレビに夢中なのを確認すると、急いでほっぺにちゅーをしてくれた。
いってらっしゃいのキスは理沙の
「ほら、理沙も幼稚園の準備しなさいー。パパいっちゃうわよー」
「はーい! パパいってらっしゃーい」
リビングからの返事なので、わたしと優香は同時に苦笑する。
さて、家族のために今日も仕事に
子持ちのお姉さんに恋したら実は◯◯だった百合の話 百合chu- @natutuki01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます