第15話
******
「それでは、ご予約
ジュエリーショップを後にする。
ひとまず、指輪の予約はできたが……出来上がるの、思っていたよりも時間がかかるな。指輪なんて買ったこともないから、期間までは知らなかった。
……指輪のことは置いておくとして。明日はちょっとしたパーティーだ。といっても、本題はわたしと優香さんが結婚するつもりであることを
「あれ、
店を出たところで、急に声をかけられる。
振り向くと、同僚が立っていた。今日は週末だ、仕事も終わった時間だし、街で出会うのも変ではない。
「あ、こんばんは。……まあ、そんなとこです」
「えー! 意外ですね! 式には呼んでくれますよねっ!?」
「式は、
女同士の結婚式って、職場の人、呼ぶものなのかな?
気兼ねなく、誰でも招待できるような世の中になってくれるといいんだけどなあ。
でも、同僚とはいえ、ついに他人にも結婚するって言ってしまった。優香さんのこと、わたしの嫁です、って胸を張って紹介できる日、来るかもしれない。ニヤニヤしてしまいそうだ。
「結婚式挙げないのもったいないですよ! ていうか、倉元さんから指輪贈るんですね、お相手どんな方です?」
さすが女子、結婚の話に食らいついてきて、ぐいぐい質問してくるな。我が社では女性社員は多いほうではないし、この子は受付だから、職場で話す機会も少ない。でも、だいぶ
「うーん……優しい人……ですかね。あっ、ちょっと失礼します」
別に優香さんのこと隠す必要もないと思うが、まだ理沙ちゃんの許可が降りたわけではない。浮かれすぎるのも問題だ。結婚指輪を予約しておいて浮かれすぎるな、っていうのも、
話を
『ああ、
「いえ、もう帰っている途中ですよ。他に必要なものがあれば、ついでに買って帰りますけど」
『それじゃあ、卵もお願いしちゃおうかしら。え? しいかわのお菓子? ダメよ、お夕飯食べられなくなるでしょ』
どうやら電話越しに理沙ちゃんもいるみたいで、二人のやりとりが届いてくる。はぁ、癒やされるなぁ。嫁と娘のためならば、なんだって買って帰りたくなっちゃうぞ。
「では、いつものお菓子も買っていきますよ。食べるのは夕飯の後にするように言っておいてくださいね」
『ごめんね、香菜江さん、お仕事の帰りにお使い頼んじゃって。……愛してるからね、あなた?』
優香さん、最後の一言は、小声でぼそっと呟くものだった。理沙ちゃんが周りにいないか、入念にチェックしてから言ってくれたのだろう。かなりテンポを置いた愛の
電話が終わって、幸せに
「倉元さん、もしかして女の人と一緒に暮らしてます?」
「え、あ~……、まぁ、そうですね」
同僚の子は、電話だけでピンときてしまったらしい。しかも、優香さんの声が聞こえたわけではないだろうから、わたしのやり取りだけで感づいたみたいだ。
わたしのほうから結婚指輪を予約したり、仕事帰りにお使いを頼まれているから、女性が相手だと考えたのだろうか。旦那が主夫のパターンもあるとは思うが、そうは推察しなかったらしい。
「やっぱり! すごくお似合いそうですもんねー。うちのお堅い上司たちを式に呼びづらいのもわかります。こっそりやるなら、私も呼んでくださいね!」
最近の若い子は、積極的だなあ。
若いっていってもこの子は、わたしと1つくらいしか違わないんだけど。
同僚の子に別れを告げたが、ずっと
******
「ねーねー、今日は香菜江おねーさんのお誕生日なの?」
土曜日。夜にむけてパーティーの準備を始めると、理沙ちゃんが匂いを嗅ぎつけてキッチンにやってきた。
豪華な食事にケーキまで用意してあるのだから、イベントごとかと思ったようだ。
「今日はね、もっと楽しい日よ、理沙」
優香さんもご機嫌に、鼻歌混じりで料理をしていた。出来合いの物も多いが、ちょっとしたおかずなどを手掛けているようだ。
わたしは、どちらかといえば、楽しさよりも緊張が勝っていた。
料理を手伝おうにも、何をすればいいかわからず。キッチンで右往左往する始末。ずっと一人暮らしをしていたのだから料理はある程度できるけれど、まともにするとなると仕事のない休日くらいだ。優香さんの料理には手も足も出ない。黙って見ていたほうが得策だろう。
それどころか、わたしの仕事は理沙ちゃんの相手をすることだ、といわんばかりに彼女に引っ張られ、リビングで一緒に優香さんを待つことしかできなかった。
「楽しい日ってなんだろう? 香菜江おねーさんはなにか知ってるの?」
「さあ、なんだろうねー」
このピリピリした感じはなんだ。優香さんのご両親に挨拶するほうが、まだ気楽なんじゃなかろうか。
年端もいかない子どもに結婚の許しを乞うなんて、希少な人生経験すぎる。そもそも、子持ちで処女だった優香さんがまず激レアすぎるな。貴重な体験ばかりだ。
「さ、ご飯できたわよ」
「わーいケーキケーキ!」
「ふふ、はしゃいじゃって、しかたない子ね。でも、ケーキは後よ? っと、その前に……」
今日はリビングでパーティーだ。食卓ではなく、テーブルの上にずらりと食事が並んでいる。理沙ちゃんは今にもよだれを垂らしそうで、目を離した隙に手を伸ばす勢いだ。
それを制すように、優香さんは真剣な空気を
優香さんに手招きをされ、わたしは彼女の隣に座る。対面には、理沙ちゃん。理沙ちゃんは一人で座らされ、不服そうにしていた。
「あのね、理沙。ちょっと大事な話があるの」
優香さんは、理沙ちゃんに言い聞かせるように、穏やかに言った。本当はわたしから切り出すべきだったのだろうか。話の流れ、全て優香さんに任せてしまっている。
理沙ちゃんは空気を読んだのか、黙って頷いてくれた。
「ママと香菜江さんね――」
「けっこんするの!?」
!?
その展開はまるっきり予想できなかった。
まさか理沙ちゃんが、先を読んでくるなんて。しかも、テーブルに身を乗り出して、目まで輝かせている。
わたしと優香さんは、ぽかんとしてしまい、お互いに目を合わせた。
この場合、どう対応すればいいのだろうか。
動いたのは優香さんだった。
理沙ちゃんを長年育ててきた経験からか、我に返るのが早かったようだ。
「そうよ。おままごととかじゃなくって、本当に結婚するつもりなの。理沙は、受け入れてくれる?」
優香さん、
「じゃあじゃあ、香菜江おねーさん、パパになるの!?」
「ま、まあ、そうなるかな? パパでもあり、ママでもあるけど……。理沙ちゃん、それでもいい?」
わたしも、理沙ちゃんに頼むように聞いてみたが、彼女は首をぶんぶんと縦に振る。喜んでもらえてるのなら、ありがたいことだ。こうもすんなり結婚が決まってしまうとは。それはそれで、イレギュラーに思えてしまった。
「パパができてママもふたりでお得! ママー! パパできたよー!」
「香菜江さんのこと、受け入れてくれるのね、よかったわ。……理沙、今まで、親が私一人でごめんね?」
優香さんも、なんだかんだいいつつホッとしていた。そして、理沙ちゃんを胸に抱き寄せて、いいこいいこしている。
理沙ちゃんはくすぐったそうに、
「ママひとりでもよかったけどねー、香菜江パパがいると、もっと楽しいよね!」
「うふふ、そうね。それにしても理沙、私たちが結婚するってすぐにわかったの?」
「ばればれだよ! ママたち、いつもいちゃいちゃしてるし」
「えっ!?」
驚きの声をあげたのは、わたしだ。
だって、理沙ちゃんの前では、優香さんとイチャイチャするの抑えていたはずなのに。それでも見抜かれているなんて、わたし、どれだけ優香さんに飢えているんだ。
「ママだって、いっつも香菜江おねーさんの話ばっかりだし。あたしが気が付かないとでも思った?」
理沙ちゃん、得意げに鼻を鳴らす。おませな部分が愛らしい。
小さい子どもだからって、
「いい、理沙。今日からは、香菜江おねーさんじゃなくて、香菜江パパよ。ママのほうがよければ、そう呼んでもいいけど」
「んー。パパってかんじ!」
わたしは今日からパパになるようだ。気分でママって呼ぶ、とも言ってたけど、優香さんはママ固定だから、混同しないようにしないとね。
「じゃ、ご飯、食べましょうか。今日のパーティーは婚約記念ってところかしらね」
「正式には、いつにしましょうか? 書類だけなら、すぐにでもできますけど……」
指輪、実は用意してあるんだよな。今、予約してあります、って言うよりも、後々のサプライズにしたほうがいいのかな。でも一ヶ月はかかるって言ってたしなあ。優香さんを驚かすにしても、一ヶ月後になってしまう。
「ふふ、
「あ、そうですね……。なんか、転がり込んじゃったみたいですみません」
「私と理沙じゃ、この家、広すぎるから。香菜江さんがきてくれて、ちょうどいいのよ」
そういえば、元は優香さんの姉夫婦と理沙ちゃんが住む予定だったのか。無料で家が手に入ったみたいになって、気まずいな。
「家賃とか、いいんでしょうかね……。ローンとか残ってたら、わたしもお支払いしますけど」
「そういうのは、大丈夫だけど……。三人で暮らすとなると、家計とかは変わっちゃうわねぇ~。ふふ、楽しみね」
優香さん、よけいに主婦っぽさが増したような気がする。
ま、生活に関しても、おいおいでいいか。
今は婚約の記念を楽しもう。理沙ちゃんも、早くケーキにありつきたいようだし。
当面の不安もなくなったことだし、わたしも理沙ちゃんに負けじとはしゃいでしまうのだった。
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