第14話

******



「ほらほら、二人とも。遅刻するわよ」


「「はーい」」


「もう、似たもの親子みたいなんだから」


 優香ゆうかさんと正式なお付き合いをはじめて一ヶ月くらいが経過した。

 彼女の家に引っ越したわけではないのだが、月の半分以上はお邪魔している。わたしの私物も、優香さん家のスペースにだいぶ侵食していた。ほぼ居候いそうろうみたいなもんだ。


 理沙りさちゃんとの暮らしにも慣れてきた。子育て、わたしも頑張れると確信している。


 残す問題は、優香さんとの関係をいつ理沙ちゃんに告げるか、だ。

 それと……優香さんに、指輪用意しておかないとな。


 結婚指輪って、給料三ヶ月分って昔はよく言っていたらしいね。今は違うのかもしれないけど、優香さんに甲斐性かいしょうをみせたいところだし、奮発ふんぱつしてもいいかも。たくわえはいっぱいあるから、大丈夫だ。


 久しぶりにえっちもしたいし、理沙ちゃん抜きで結婚の相談もしたいから、二人きりの時間を作ろう。

 というわけで、有給の申請がまた必要になりそうなのだが……毎月何度も有給っていうのも、さすがに続けられないし。来月以降は、他の作戦も考えないといけないだろう。


 今日の仕事も終わり、優香さん宅に直帰する。

 家に帰ったときに誰かが待っていてくれるの、すごく幸せだ。しかもその相手が愛する人間なのだから、疲れも吹き飛んでしまう。


「今日は遅かったのね、香菜江さん」


「ええ、ちょっと珍しく残業が。理沙ちゃん、もう寝ちゃったんですね」


 優香さんは、わたしのためにお夕飯を温め直してくれて、食事に付き合ってくれた。完全に、結婚生活のシミュレーションみたいな感じになっている。むしろ、このまま優香さんの家で暮らしてしまっても、なんにも違和感はないのかもしれない。……まあ、横着おうちゃくはせずに、きちんと手続きはしたいけど。優香さんも、正式に婚姻を結んだほうが安心してくれるだろうし。


 時刻は22時前だというのに、すごくひっそりとしている。テレビがついているわけでもないし、理沙ちゃんは寝静まっているし、優香さんも特に会話するわけでもなく、優しげな瞳でわたしを見つめてくるだけだ。


「ねぇ、香菜江さん。私、もういいと思うのよね」


 優香さんが口火を切る。今まで黙っていたのは、会話の前にパワーを溜めていたからだ、と思わせるほど、決意の固まった口調だ。


「え、なにがですか?」


「うちで、暮らさない?」


 まさか、優香さんのほうから切り出してくるとは。大事な話を相手に言わせてしまって、申し訳なさが先にやってくる。だって、理沙ちゃんのいない有給のときに話をしようと思っていたので、このタイミングではしないだろう、とたかをくくっていた。

 というか、別にやらしいことをするわけではないので、大事な話は理沙ちゃんが寝静まってからでもいいのか。わざわざ有給を取らないでもいい、と気づくの遅すぎ。わたし、優香さんとえっちしたいがために、二人きりになることばかり考えてしまっていた。


「あはは、そうですね、そのこと話し合いたいなって思ってたんですけど、なかなかタイミングが掴めなくって」


「理沙もね、香菜江さんのこと信頼しきってるし、私だって……。だから、私はいつでもいいって言っておきたくて。香菜江さんさえよければ、理沙に、きちんと伝えよう?」


「……わかりました、じゃあ次の土曜日あたりにしましょうか。せっかくなので、パーティーみたいな感じで」


「うん、じゃあ、準備とかは私に任せて。……あと、ほら……私たち、もう夫婦になる……予定でしょ? 香菜江さん、いつまで敬語なの?」


「いや、それは……わたしのほうが年下だし、仕事の癖とかで……。ゆ、優香さんこそ、ずっとわたしのことさん付けじゃないですか」


 わたしが指摘すると、優香さんも「今気が付きました」って顔をして頬を染めた。

 わたしとしては今のままでも不満はないんだけど……夫婦で敬語って、周りからみたら変なのかな?


「私は……いいの! 旦那のこと、さんづけで呼ぶ夫婦、ドラマとか本とかにたくさんいるでしょ?」


「それなら、敬語の夫だっていっぱいいるはずですよ」


「えっちのときは、優香、って呼んでくれるのに……」


 優香さん、もしかして、くだけた呼び方されるの期待してたのか……? えっちのとき、優香、って呼んであげるとたくさん乱れてくれてたけど、普段からもそっちのほうが良かったのかあ。

 いきなり口調を変えるのもハードルが高いな。


「……慣れるまでは、えっちのときだけで許してください。で、次いつ有給取りましょうか」


 話がえっちに移行すると、優香さんは苦笑する。


「そうねぇ……理沙と話し合いが終わってからのほうが、盛り上がりそうよね」


「じゃあ、来週には。でも……。もし、理沙ちゃんに受け入れてもらえなかったら……って考えると、緊張しちゃいますね」


 理沙ちゃんならわかってくれる。客観的に考えてそうだろうとは思っているが、もしかしたらただの楽観なのかもしれない。

 小さい子どもに一度拒否されてしまったら、二度目以降も説得は難しくなるだろう。……そしたら、優香さんとは二度と結ばれないのか?

 想像してみたら、悪寒おかんが走るくらいに恐ろしくなった。


「……大丈夫だから。本当に万が一、ダメだったとしても……私は香菜江さんを見捨てることはないから、怯えないで? 距離は今よりかは離れちゃうかもだけど、ずっと愛し続けること、誓っているからね」


「……ありがとうございます、少し気楽になりました。ほんとは、からだでも安心させてもらいたいところですけどね。おっぱいくらいは……今だめですか?」


「香菜江さんったら、本当にえっちなんだから。今はこれで我慢してね……」


 優香さんは言い終わると身を乗り出してきて、キスをしてくれた。

 嬉しいけど、余計したくなるんだよなぁ。


 我慢したぶん、来週はたくさんしよう。


 その前に、まずは理沙ちゃんと話し合い。そして、結婚指輪も用意しておかないとな。しまったなぁ、もっと前もって予約しておくんだった。数日で作れるってこと、ないよね……。

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