第28話 チョロチョロ風紀委員長(前編)

 第三会議室の中央に鎮座する、高級感あふれる落ち着いた雰囲気の机。

 放課後となった今、そこには涼月すずつき風紀委員長の姿があった。


「ふむ。今回はこんなところか」


 彼女はさらさらと書類にペンを走らせてから、ソファに座っている俺に視線を向けた。


「光太郎は今回が初参加だったわけだが――どうだった」


「意外と終わるのが早いんですね」


「ははは!」

 

 思いっきり笑われてしまった。

 たぶん俺の返事があまりにもバカっぽかったせいだろう。


「まあ、月令げつれい報告会なんて大層な名がついているが、あくまでも風紀委員内での情報共有の場でしかないからな。先生方からの伝達事項がなければ、いつもの話を繰り返すだけで終わりなんだ」


 机のすぐ脇に立ち、秘書のように書類を胸元に抱えた明星あけぼし先輩も、軽く頷く。


「そのせいで、なにも問題が起きないと実施報告書に書くことが無くて困るんですよね」


「まあたしかに文章をひねり出すのは大変だが、しかしぜいたくな悩みではある」


 委員長は背もたれに寄りかかりながら、ゆっくりと天井を見上げ、ほうとため息をついた。


「共学になるという話を聞いたときはかなり心配したものだが、実際はこれという問題も起きずうまくいってるじゃないか。面倒ごとで忙殺されるんじゃないかと思っていたぞ」


「そうですね。まだ新年度が始まってから日が浅いというのもあるでしょうが、女子生徒はもちろん男子生徒の方々も大人しくしてくださるのは正直なところ予想外でした。ですが――」


「ん?」


「水面下では少しずつ面倒ごとの種が育ち始めているようです」


「面倒ごとの種?」


「ええ」


 明星先輩は、ちらりとこちらを見た。


「お伝えしようか迷ったのですが、連城さんの意見も聞きたいですし、追加で報告をさせてください」


「それはもちろん構わないが……」


「こちらをご覧いただけますか」


 明星先輩はつかつかと委員長の前まで歩み寄ると、片手でスマホを操作し、その画面を向ける。


「これは……私の写真か?」


「ええ。連城さんもどうぞ」


 促されるままに、俺も画面をのぞきこむ。

 そこにはカバン片手に制服姿で颯爽と廊下を進む涼月先輩が写っていた。


「……こんな写真を撮った記憶は無いが」


 首を傾げる委員長だが、それはまあそうだろう。


 だって明らかに隠し撮りされた写真だし。

 本人に記憶が無くて当然といえる。


 しかし隠し撮りか……。

 その単語を聞くとどうしても御城ケ崎を連想してしまうが、でもさすがの彼女も部室の外でそんなことはしないと思う。


 ……しないよね?


「撮影者は不明です。ですが、この写真が1年生男子のあいだでかなり広く出回っているのを確認しました」


魔除まよけだろうか」


 のんびりとしたことを言っている委員長に、明星先輩は眉をひそめる。


「冗談を言っている場合ではありません。凛々しくて、優しい美人の先輩。入学したばかりの男の子からしてみれば、涼月風紀委員長はだれもが憧れる高嶺の花そのもの。ですよねぇ、連城さん?」


 なにやら言葉に棘を感じるが、俺というより男子生徒への敵対心のあらわれなのだろう。

 だから俺は、素直に頷いた。


「まあ、そうでしょうね。入学してからの一週間、毎朝校門に立っていたのはかなり印象的でしたから。男子生徒からかなりの人気があると思いますよ」


 ショーゴも「美人の先輩」として記憶していたし、あの活動のおかげで多くの男子生徒に好印象を与えたのは間違いない。


「お世辞はありがたく頂戴しておくが、別に人気があるわけじゃないさ。その写真だって、風紀委員長の顔くらいはあらかじめ把握しておきたいという程度の話だろう。そもそも男の子が好むのは、生徒会長みたいなタイプじゃないか? あれこそ誰もが憧れる高嶺の花というやつだ」


 生徒会長。

 入学式のときに在校生代表で挨拶をしていたが、見た目の印象をひとことで言えばおっとりとしたグラマラス美人。

 

 たしかにモテそうではある。

 が、明星先輩は静かに首を振る。


「彼女は許婚いいなずけがいることを公言していますから。男性からは敬遠されるでしょう」


「ああ、そうか。たしかにそれがあったな。だがまあ、それでも私の主張は変わらない。例えばラビュ嬢だ。彼女みたいに、とびきり可愛い子がいるのに、私に目を向けるのはいくらなんでも変人と言わざるを得ん。はっきり言って絶無だろう」


 委員長は意外と自己評価が低いな。

 絶無どころかラビュと同じくらい人気があったとしても別に驚きはしないのに。


「たしかにラビュって男女問わず凄まじい人気ですけど、なんかこうマスコット的な扱いをされてる気がします。餌付けされてるところもよく見ますし、愛玩動物に近いというか」


 俺がそう答えると、明星先輩も頷いていた。


「それは言いえて妙かと。良くも悪くもラビュちゃんは恋愛対象としては現実離れしてますから」


「その点私なら現実的ということか? どう反応していいのか困るが……」


「いえ、私が言いたいのはそこではありません。もっと別のところを危惧きぐしているのです」


「危惧?」


「はい」


 力強く頷いた明星先輩は、きりっとした表情で委員長を見つめた。


「だって夜宵やよいちゃん、ちょろいじゃないですか」


「ちょ、ちょろい? 私がか?」


「はい、ちょろっちょろです。今は凛々しくて高嶺の花というイメージがついてますけど、持ち前のちょろさがバレると大変なことになりますよ。放課後になると、自分にもチャンスがあるのではないかと勘違いした男子生徒たちが大挙して押し寄せて、この第三会議室の前に告白の待機列ができてもおかしくないかと」


「いやいや、さすがにそんなことはない。というか瑠理香るりかは、私のことを一体なんだと思ってるんだ。ちょろいだのなんだの、いくらなんでも失礼すぎるだろう」


「そうですか? でも夜宵ちゃん、男の子に告白されて、きちんと断れます?」


「当然だ。そもそも私には風紀委員長としての職務があるのだから、恋愛なんぞにうつつをぬかしている場合ではない」


「いえ、そうではなく。男子生徒から校舎裏に呼び出されて告白なんてされたら、驚きのあまり腰を抜かしたりしないですか?」


「むむ」


 委員長の表情が一変した。

 深刻な顔で腕組みをし、唸り声をあげている。


「それは……否定できないかもしれん。私の腰は、突発的な事態にすこぶる弱いからな」


「告白された状態で腰が抜けると、告白してきた子に抱き起こしてもらわないといけなくなりますよね?」


「むう……」


「抱き起こす?」


 疑問を浮かべた俺に、明星先輩が答えてくれた。


「ええ、腰が抜けた夜宵ちゃんは、しばらくのあいだ自力では起きれなくなりますから。立ち上がるためにはどうしても支えが必要なんです」


「うーん、いつもなら瑠理香に助けてもらうところだが、それが叶わない場合はたしかに告白してきた相手に抱き起こしてもらうしかなくなる。……困るな」


「困るというか、危険なんです。告白してくるほどに好感を持っている男の子と密着状態になるのはさすがに問題かと」


「それはそうだ。さすがにその状況は私だって身の危険を感じる。あまりの恐怖で腰抜けのループに入って一生抜け出せないかもしれん」


 冗談としか思えない話だが、本人の表情を見るとどうやら本気で心配しているようだ。


「告白されただけでその状況になるのは、たしかに弱りますね」


「うむ……」


「やはりここは、事前に特訓をしたほうがよいのでは。――あっ、そうだ!」


 明星先輩は、やけに楽しそうにパンと手を打ち鳴らす。


「連城さん、試しに夜宵ちゃんに告白してみてくださいよ。こっぴどく振られるところを見てて差し上げますから」


「なんですかそれ。フラれるの前提ですか?」


「それはそうです。もちろん夜宵ちゃんがお付き合いしたいというのなら話は別ですけど――」


 明星先輩の言葉の途中で、涼月委員長は首を振る。


「悪いが光太郎、キミはなかなか見どころのある男の子だとは思うが……すまない」


「なんか告白の前に振られましたけど」


「こらっ、だめですよ夜宵ちゃん。ちゃんと手順を踏んで振ってあげてくださいね」


「そもそも告白するなんて言ってませんけどね、俺」


「でも夜宵ちゃんの身に危険が迫っているんです。頼めませんか?」


 なにがそんなに楽しいのか分からないが、こちらを見てニコニコと笑っている。

 その笑顔からは、俺がフラれるところを見たいという悪意は特に感じなかった。


 どちらかというと……涼月先輩が腰を抜かす姿を見たいのか?


 そういえば、その状態になった委員長を支えるのは基本的に明星先輩の役目らしい。


 つまりはそれが狙いか?

 腰抜け状態になった涼月先輩の身体を支えてあげるのが無上の喜びとか、そんな感じ?


 明星先輩からは若干の変態パワーを感じるし、本当にそれが正解かもな。


「まあ明星先輩の頼みなら嫌とは言いませんけど。ただ涼月先輩はどうなんですか? さすがに本人が拒否するなら、俺も協力はできませんよ」


 視線を向けると、涼月先輩は難しい顔をしていた。


「うーむ。そもそも男子生徒が告白してくる事態なんて起きないとは思う。思うんだが……もし起きてしまったら不安なのも確かだ。私の腰の軟弱さは折り紙付きだからな。悪いが光太郎。私からもお願いしていいだろうか」


「はあまあ、それなら俺もやるのは構わないです。普通に告白すればいいんですよね?」


「そうだ。ちなみにばっさりと断らせてもらうが、悪く思わないでくれ」


「べつにいいですよ。先輩の腰が抜けずに済むかの実験ですから」


「ああ」


 彼女は、頷きつつも申し訳なさそうな顔をしていた。

 もともと凛とした人なので、こういう表情をするとちょっとずるいくらい可愛く見える。


「連城さぁん」


 ぼんやりしていると、すぐ隣から間延びした声。

 もちろん明星先輩だ。


「なにふたりで見つめ合っているんですか? 早く告白してくださいね?」


 なんか怖い。

 目が笑ってないのが怖い。


 分かった、この人やっぱり委員長のことが好きなんだ。

 間違いないと思う。


 この人にとってみれば、俺はふたりきりの時間に割りこむ単なる邪魔者で、だからこの告白は明星先輩にしてみればメリットしかないのだ。

 俺が無様にフラれるところを間近で見ることができるし、腰を抜かした委員長を助け起こすこともできる。


「分かってますよ。なんて告白すればいいか考えてただけです」


 本当は今すぐ逃げ出したいところだが、将来のことを考えるとそれは得策ではないだろう。

 明星先輩のおもちゃになることで、今後の友好的な関係につなげよう。


 涼月先輩の目の前まで移動する。

 すると彼女は、悠然とした態度でこちらを見返してきた。


 ……なんかあれだな。

 ここまで余裕たっぷりだと、むしろこっちのほうが緊張してきた。

 

 そもそも冷静になって考えてみると、告白の練習ってなんだ。

 しかもフラれる前提。

 まったくもって意味が分からない。


 俺が恥をかくだけじゃん。


「連城さん」


「はい、すぐやります!」


 かし方が凄くて怖い。

 猶予は無さそうだし、ここはもう勢いで告白してこの場を切り抜けるしかなさそうだ。


 俺は目の前に立つ凛とした少女をまっすぐ見つめた。

 そして勢いよく右手を突き出しながら、頭を思いっきり下げる。


「涼月先輩! 初めて会った時からあなたのことが好きでした! 俺と付き合ってください!」


「ああ、よろしく頼む」


「ちょいあっ!」


 固く結ばれたふたりの手を引き裂くように、明星先輩のチョップがさく裂した。

 そして憤然とした様子で、涼月先輩に食って掛かっている。


「なにOKしてるんですか、夜宵ちゃん! 話が違います!」


「す、すまない。しかし光太郎が真摯しんしに頭を下げてくるから、つい……」


「頭を下げたくらいで告白をOKしてたら、身体がいくつあっても足りませんよ!」


 大声で叫んでいるが、まあ彼女の気持ちは分かる。


 告白がOKされたあげく腰も抜かさないしで、明星先輩の狙いはことごとく外れたのだ。

 そりゃあ取り乱しもするだろう。


 しかしあんな雑な告白をOKしてしまうとは……。

 本当にちょろいんだな涼月先輩……。

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見習い管理官・連城光太郎とハーレム狙いの少女たち 阿井川シャワイエ @showaponkotu

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