第27話 顧問のうさちゃん先生(後編)

「用事というか、みんなの様子を見に来たの。やっぱり旧校舎ってなかなか目がいき届かないから、ほんとに大丈夫かって教頭からせっつかれちゃって。あの人だけラビュちゃんのマンガを読んだことが無いから、変な部活だと思ってるみたい」


「えー、なにそれひどぉーい!」


 抗議の声を上げるラビュだが俺の考えは違った。

 教頭が警戒するのは当然としか言いようがない。

 

 だって女体研究部だぞ。そりゃ警戒する。


 とはいえこの部活の評価が下がると部員である俺の評価も下がりかねないし、とりあえずフォローを入れておこう。

 居眠りの件もあるし、少しでも先生の印象を改善しておく必要がある。


「心配する気持ちもわかります。でも安心してください。だってこの部には風紀委員の俺がいるんですから」


 自分でも疑わしく思えるほど特に根拠のない言葉になってしまったが、生徒想いの宇佐先生はにっこりと笑っていた。


「そうだよね。連城君がいるなら、問題ないか。風紀委員のみんなも、連城君のことをかなり信頼してるみたいだし。今はナギサちゃんとペアを組んでるんだって?」


「ええ。色々と教えてもらってます」


「あ、そっか。うさちゃんって風紀の先生もやってるんだっけ。それなのにコータローのクラスの担任で、しかもこの部活の顧問まで……うさちゃんも大変だねー」


「ふふふ、でもみんないい子だから、意外と平気かな」

 

 そう言って、立派な胸を張る先生。


 ちなみに叔母さん曰く、宇佐先生は怒ると怖いタイプだから、生徒に直接指導する機会も多い風紀担当教員になってもらったそうだ。


 でも不純異性交遊を疑いながらも、見ないふりをした先ほどの対応を考えると、怒ると怖いというのはちょっと信じ難い。


 厄介ごとには極力首を突っ込みたくないタイプの、事なかれ主義者にしか見えなかった。


「あ、そうだ、うさちゃん。そのうちでいいから、またマンガのお手伝いをしてほしいんだけど……」


「て、手伝い? それってもしかして――」

 

「うん。モデルになって欲しいにゃーって」


「え、え~……」


 宇佐先生は、恥ずかしそうに頬に手を当て、こちらをチラチラと見てくる。

 なんだ?

 俺に知られると恥ずかしい内容ってこと?


「なんの話だよ、ラビュ」


 俺は興味津々で尋ねた。

 だって気になるじゃん。


「ほら、うさちゃんってスタイルがいいでしょ? それもあんまり見ないタイプのスタイルの良さだから、絵のモデルになってもらったの」


「ほー」


 たしかに先生は、ラビュやナギサ先輩とは違った意味で、思わず見惚れてしまうほどのスタイルの良さがあると思う。

 なんかこう、生物としてのパワーを感じるというか……。

 

「先生ならモデルもばっちりだったでしょうね。その光景が目に浮かびます」


「め、目に浮かぶって……も、もぉ~、連城君までからかわないでよ。あれは、つい勢いでやっちゃったっていうか……」


 ……しかしさっきから妙に恥ずかしがってるな。

 マンガのモデルくらい別に良さそうなものだけど……。


「そーだ! 今度コータローもモデルになってよ!」

 

「モデルねえ……」


 興味はあるが、いまだにモジモジしている先生を見ると、ちょっと即答しがたい。

 

「よく分からないんだが、モデルって具体的にどういうことをするんだ? なんかポーズとか決めて、ずっと立ちっぱなし?」


「うん、そんな感じ。ただ――」


 言葉を切ったラビュは、意味ありげに微笑む。


「――裸になってもらう必要があるけどね。ヌードモデルだから」


「ふーん、そうなのか」


「……アレ? 思ったのとなんか違う?」


「うんうん。連城君、リアクションが小さいよね」


 ラビュと先生は顔を突き合わせて、こそこそと話している。

 俺の反応が予想と違ったらしい。


「別にこんなものだと思いますけど」


「そうかなあ。健全な男子高校生なら『じゃあ先生もヌードになったってことですか!?』みたいな反応すると思うんだけど……。でもそっか。考えてみたら連城君って変態管理官を目指してるんだもんね。私が裸になったくらいじゃ動揺したりしないか」


 たしかに動揺したりはしないだろうが、それは変態管理官を目指しているからではなく、全裸村の出身だからだ。


 とはいえごく普通の男子高校生を装うつもりなら、彼女の言ううとおり、女性の全裸に異常なまでの関心を示したほうが良かったかもしれない。


 けれどいまさら驚き直すわけにもいかないので俺は真面目な顔で頷いた。

 

「まあそれもありますけど、ラビュがマンガに真剣に取り組んでるのは知ってるんで。ふざけたりせずに、ちゃんとやったんだろうなって思ってます」


「えへへぇ」


 照れたように頭をかくラビュに、先生は優しい視線を向けた。


「そうだね、たしかにラビュちゃんは怖いくらい真剣な眼差しで頼んできて、だから私も断り切れなかったの。それでこの前のお休みの日に、ラビュちゃんの家でマンガのお手伝いをしてきたんだあ」


「へ、へぇー、そうなんですね」


 先生、ラビュの家に行ったのか。

 つまり俺もモデルをOKすれば、ナギサ先輩に頼むまでもなくラビュの家に遊びに行けるわけで。


 なんとかうまく話を持っていって、ドレッドさんと知り合うきっかけに……ああでも今は旅行に出かけていて不在にしているようなことをナギサ先輩が言ってたよな。


 自分が留守にしているあいだに勝手に自宅に出入りする、娘の友達の男子高校生という存在は、ちょっと印象が悪いかもしれない。

 でも逆に評価が上がる可能性も感じる。


 『変態詩人』と呼ばれる彼女なだけに、評価基準がよく分からないんだよな。

 でもまあ分からない以上、迂闊に動かないほうがいいか……。


「ラビュちゃんのおウチってすごいんだよ~。閑静な高級住宅街にあるから、周りのおウチも大きいのに、それに輪をかけて広くって。この学校の敷地より広いんじゃないかな?」


「こ、ここよりですか?」


 グラウンドがあって、校舎が2つあって、それとは別に体育館があって……。


 これより広い?

 それも高級住宅街で?


 ハラスメント家ってすげえな……。


「え~、でもユーラのおウチだって、あれくらいの広さは普通にあるよ」


 御城ケ崎か。

 たしかナギサ先輩も彼女がお嬢様というようなことを言っていた。


 というかこの学校はもともとお嬢様学校だったはずなので、エスカレーター組の大半は富裕層なのだろうが。


「どーする、うさちゃん? 来てくれるんなら、別にラビュは今日でも明日でもいいけど」


「で、でもほら、あんまり急だとご家族にもご迷惑じゃないかな」


「べつに迷惑なんて掛からないよ。今はラビュ、おウチに1人だから」


 ハッとした。


 俺が知りたいのは、ドレッドさんが家に帰って来る具体的な日程だ。

 それが分かれば今後の予定を立てやすい。


 そしていまなら自然な流れでそれが聞き出せる……!


 さりげなく、さりげなく。単なる雑談みたいな感じで……。


「ふーん。ちなみにご家族の方は、いつ帰ってくるんだ?」


「……ぷう」


 ラビュは頬を膨らましてそっぽをむいた。

 以前にも見たことのある、彼女が機嫌を損ねたときのお決まりのポーズだ。


「な、なんだよ」


「ざーんねんでした。おねーちゃんはいま海外だから、いつ帰ってくるかはラビュも知らないよ」


「別にそんなつもりじゃ――」


「ふーん、そ」


 露骨に信じてもらえてない。

 そっぽを向いたラビュは、冷たい視線だけをこちらに向けてきた。


「やっぱり、コータローはダメ。モデルの話もナシ。ラビュが男の子をおウチに呼んだなんて知られたら、おねーちゃんが興味持っちゃうもん」 


 ラビュのおねーちゃん。

 それはもちろん欧州の堕天使とも称される変態界のアイドル。

 セクシュアル・ハラスメントだ。


 彼女に興味がないとは言わないが、父さんの情報を持っているとも思えないし、率直に言ってドレッド・ハラスメントと比べると重要度は格段に落ちる。


「ぷう」


 しかしラビュには完全に誤解されてしまったようだ。

 頬を膨らませっぱなしで、その空気が抜ける気配がない。


 あまり機嫌を損ねたくないし、これ以上家族の話に首をつっこむのはやめておくか。


「あっ」


 そんなとき、宇佐先生がいきなり小声で叫んだ。

 どうもスマホに着信があったらしく、悲しげな表情でスマホの画面を見つめている。


「はぁー、今日は理事長からの呼び出しは無いと思ったんだけどなぁ……まあ、今日はみんなの様子を見に来ただけだから、別にいいんだけどね。あ、ラビューニャさん、モデルの件はまたそのうちお話ししましょうね」


 そう言って、慌しく部室をあとにする先生。

 ラビュはその後ろ姿をじっと眺めて残念そうにペンをくるくるまわしている。


「あーあ、もう一回見たかったなー、うさちゃんのダイナマイトボディ。でもま、機会なんていくらでもあるだろうし、そのときまたアタックすればいっか」


「ああ、それでいいんじゃないか」


 実際、宇佐先生はモデルをすることに乗り気なように見えたし、機会なんていくらでもあるだろう。


 そして――俺がドレッドさんと接触する機会だって、いくらでもあるはず。

 今は焦らず、機が熟するのを待とう。

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