treasure.12 ボディーガードは盗賊さん!
——小鳥のさえずりと、カーテンからもれる朝陽が、わたしを目覚めさせる。まだ起きるには早い。目覚まし時計すらお休み中だ。
ベッドから起き上がったわたしは、なにかを感じて、カーテンをあけた。
通学や通勤にはまだ早い時間で、外から人の音は聞こえない。
向かいの家の窓から、ただひとり、男の子がわたしを見ているだけだ。神妙な面持ちで。
「勇翔くん」
「……やっぱり出てきた」
「分かったの?」
「何年いっしょにいると思ってるんだよ」
「実はわたしも、何かを感じて、窓を開けたんだよね」
「俺たち、エスパー同士ってことか」
わたしたちの緊張の糸が、少しゆるんだ。お互いに「ふふっ」と笑みをこぼす。
「勇翔くん、具合は大丈夫?」
「ああ。何ともない。ホント、どうして公園のベンチで寝てたんだろ。記憶がないんだよな」
勇翔くんが頬をかきながら、首をかたむける。
——バイアとの戦いの後、わたしとアモルは、勇翔くんの両親に連絡をした。
『公園のベンチに勇翔くんが眠っている』って。
勇翔くんの両親が公園に到着すると同時に、勇翔くんが目を覚ました。
『あれ、どうしてここに……?』
驚きと困惑で、ぼやけた声を出す勇翔くんを見て、わたしとアモルは察した。
勇翔くんは、バイアに呼び出されたことや、タカラナイトにされたことを覚えていないんだって。
……まあ、それは、都合が良かったんだけど。
「勇翔くん、今日の学校はお休みだよね」
「ああ……母さんが、病院に連れていくってきかなくてさ。別にどこも痛くないんだけど」
「念には念をっていうから。それに、お母さんが勇翔くんを心配するのは、お母さんとしてのワガママなんだと思うよ。だから、受け入れてあげてほしいな」
勇翔くんの動きが止まる。わたしは「今だ」と思った。
「わたしね、お母さんに言ったんだ。ブローチが欲しいって。そのブローチを買うために、お母さん、帰国日を変えたんだよ」
「守里? 何の話?」
「そうしたら、お母さん、事件に巻き込まれた」
勇翔くんの、息をのむ音が聞こえた。
「わたしがワガママを言わなければ、お母さんは事件に巻き込まれる前に帰国できた。だから、お母さんを傷つけたのは、わたしだった。それを知られるのが怖かったの。勇翔くんみたいな、正しい人には、なおさら」
わたしは深く頭を下げる。
「お母さんの優しさから目をそらして、今度は勇翔くんの気づかいからも逃げちゃったんだ。それで、勇翔くんにイヤな思いをさせちゃった。ごめんなさい」
『いい子になる』っていう『ワガママ』に、みんなを付き合わせちゃった。
「……守里」
勇翔くんは真剣だ。声だけで分かる。わたしはドキドキしながら、次の言葉を待つ。
「ありがとう」
わたしは顔を上げた。いくつか言葉を予想してはいたけれど、勇翔くんの答えは、そのどれでもなかったから。
勇翔くんの目が細くなって、おだやかな表情になる。
「守里の本音が聞けてよかった。ずっとひとりで重荷を抱え込んで、いつか、なにかの拍子に爆発しちゃうんじゃないかって、そう思ってたから」
「勇翔くん……」
「俺さ、大切な人が傷つくのを、もう見たくない。守里のことが大切なんだ。だから、ひとりで悩まないで、俺に話してほしい。どんな事実があったとしても、俺だけは、守里の味方だから」
勇翔くんの眉が、目線が、背中が、まっすぐにのびる。
このお願いが、勇翔くんの『ワガママ』——『個性』なんだ。
ほんと、正しすぎるよね。
わたしは、ゆっくり、大きく、ハッキリ、うなずいた。
「うん。ありがとう」
わたしが言い終えると同時に、目覚まし時計が鳴った。
「それじゃあ、わたし、学校のしたくするから。今日は安静にしてなきゃダメだよ」
「守里まで、母さんと同じこと言うなよ」
勇翔くんのため息を聞き終えてから、わたしは「ふふふ」と笑って、窓をしめた。
——いつものように朝ごはんを作って、お父さんや攻大と食べる。歯みがきをして、着替えをして、お父さんたちを見送ってから、アモルにご飯を持っていく。
「守里、なんか、いいことあったのか?」
玄関でお父さんを見送った時、靴をはきながらお父さんが言った。
「どうして?」
「いや、なんとなく、悪いモノがとれたような顔をしてるからな」
「何それ」
「親だからこそ分かるものがあるんだよ! それじゃ、行ってくるからな!」
手を振って出ていくお父さんの足取りが、なんだか軽く、弾んでいるような気がした。
朝の流れを手順通りに終えて、わたしとアモルは家を出た。
……なんだか、あくびが止まらないんだよね。昨日は夜更かししちゃったしな……戦いが終わった後も、興奮してるのか眠れなかったし。
「また授業中にボーッとするなよ」
「うっ……。アモルは平気なの? 昨日、あんなに戦ったのに」
「夜の活動には慣れているからな」
アモルは余裕しゃくしゃくってかんじだ。なんか、ちょっとだけムカムカする。
「……すねるなよ」
「すねてない」
「頬が風船みたいになってるぞ」
わたしはあわてて自分のほっぺをたたいた。口からシュッと空気が出ていく。
横断歩道の向こうに、見覚えのある子が立っていた。ゆるふわな雰囲気をまとった、森の妖精さんみたいな女の子。
「静葉ちゃん!」
「あ、守里ちゃん、おはよう~」
静葉ちゃんは小さく手を振りながら、ぱたぱたとかけ寄ってくる。
「羽陽くんといっしょなんだね。おはよう」
「おはよう」
アモルは口をとじたままほほ笑んだ。
そうだった、アモルってば、みんなの前では演技してるんだった。
わたしを真ん中に、右側に静葉ちゃん、左側にアモルってかたちで歩く。
「そろそろ中間テストだね。体育祭にテストに、ばたばたしちゃうね」
静葉ちゃんの、おっとりとしたお話しのしかたは、聴いていていやされる。
「守里ちゃん、体調は大丈夫? 最近、元気がなかったから」
右隣を歩く静葉ちゃんの眉が、しょんぼりと下がっている。
……そうだ。わたし、静葉ちゃんの『個性』も無視していたんだ。
「わたしにできることがあったら、言ってね。わたし、いつも、守里ちゃんに助けられているから……」
静葉ちゃんの、丸くて大きな瞳がうるんでいる。
静葉ちゃんのワガママは、きっと、「わたしの役に立ちたい」なんだ。
……それなら。
「ねえ、静葉ちゃん」
「なに?」
「わたし、ラビパちゃん、好きなんだよね」
静葉ちゃんは、小さく頭をかたむける。
「静葉ちゃんと、ラビパちゃんのグッズ、おそろいで持てたらうれしいな」
しばらくポカンとしていた静葉ちゃんだったけど、しだいに顔中にお花をさかせた。
「うん。遊園地に行ったとき、おみやげ買ってくるね!」
静葉ちゃんの弾んだ声を聞いて、わたしは、自分の考えが間違っていなかったことを理解した。
チリンチリーン!
なごやかな空気に水を差すみたいに、前から自転車が走ってきた。白いフードをかぶった男が、すごい速度でやってくる。
「みーつーけーたーぜええええ!」
チリンチリンとうるさいくらいベルを流しながら、平気で歩道を暴走してる!
ちょっと待って、フードってことは——ファントム!?
こんな朝に、あんなに堂々とおそってくるの!?
「……動くな」
そうささやいたアモルが、わたしの一歩前に出た。
なりふりかまわず突進してくる男を、アモルは冷静に待っている。
男とアモルがすれ違う、その一瞬。
アモルが、真横にスッと手を伸ばした。
「ん? ……げええええええ!」
直後、男は自転車ごと横転した。周りの人の視線が、男に注がれる。
「ち、ち、ち、ちくしょー!」
男はあわてて自転車を回収して、情けない声とともにどこかに行っちゃった。
「……不思議な人だったね」
静葉ちゃんはポカーンとしている。そのすきに、わたしはアモルに耳打ちする。
「な、なにをしたの?」
「カギを盗んだだけだ」
アモルの左手には、自転車のカギがあった。
あの一瞬で自転車にカギをかけて、そのままカギあなから抜いたってこと!?
「そろそろ行かないと、遅刻する」
「そ、そうだね」
アモルの声かけで、静葉ちゃんが我に返った。わたしたちは再び歩き出す。
……わたしを守ってくれるのは、白馬の王子でも、軍服の兵士でもない。
世界の裏側で生きる、盗賊さんだ。
だけど、わたしの、大切な——
「ねえ、アモル」
わたしは、アモルの耳元に顔を近づけて、ささやいた。
「ありがとう」
——大切な、ボディーガード。
お互いの罪を理解し合う、ヒミツの関係だ。
わたしが顔をはなすと、アモルの耳たぶが、ほんのり赤くなっているのに気がついた。
わたしはペロっと舌を出す。
わたしたちは、悪い子同士。
だったら。
さっき、ほっぺを風船にされたお返しは、罪にならないよね?
ボディーガードは盗賊さん!? 月泉きはる @kiharu_tsuki
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