かさとそ

文字を打つ軟体動物

かさとそ

 これは、私の高校時代の友人についての話です。


 その子――Fちゃん、とでも言いましょうか――はオカルト好きで、でもその頃の女子校ではオカルトなんて流行らなくて。

 同じくオカルトにハマった私くらいしか友達がいませんでした。


 Fちゃんはオカルトの中でもホラー関連が大好きで、よく私に怪談を語って聞かせてくれていたのですが、私は怖いのが苦手で。

 聞いているときは、いつも手を強く握っていた記憶があります。


 ある日、Fちゃんが「面白そうなサイトを見つけた」と、放課後に私を誘ってきました。


 当時珍しかったコンピューターに目を輝かせながら、私はちょこまかとFちゃんの後ろで、色々を見させてもらい……そして、あのサイトについての話が始まりました。


 Fちゃんが言うには、匿名掲示板で流行っているらしい、こっくりさんの亜種みたいなものだと。

 曰く、『かさとそ』。


 サイトを開くと、真っ白な画面に入力バーがぽつりとあるだけ。

 Fちゃんが言うには、ここに質問を打ち込めばいいらしいのです。

 質問の前に『かさとそ様』とつければいいだけだと。


 試しにFちゃんが「かさとそ様、いらっしゃいますか?」と、こっくりさんでは定番のような台詞を打ち込めば、画面に小さい文字で「はい」と出てくるではありませんか。


 当時はAIどころかコンピューターすら珍しかった時代、人もいないのに返答がくるのは不自然で。

 だから自然と、画面の向こうには人がいるのだと、私はそう思うようになりました。


 でも、今になって考えればおかしいんです。

 だって、返答は、質問をしてすぐに。

 瞬きの間に返ってきていたのですから。


 さて、Fちゃんはこのサイトにすっかり心酔し、質問を繰り返していました。

 少し怖かったので、私の分の質問までFちゃんに打ってもらって。

 とにもかくにも、楽しい時間を過ごしていました。


 その途中でFちゃんが聞いたんです。

「かさとそ様の正体を教えて」って。

それで、返ってきたんです。

 変な文字列なんですけど、その時のメモがここに残っているので覚えています。


「かさとそ のもくかのもるぎえさのもつたにもとのものそ」


 怖くなってか、答えられないのだと思ったのかはもう覚えていませんが……私たちはそれ以上かさとそ様について質問するのをやめました。


 その後は……いくら不思議なサイトといえど、明日の天気やらの未来のこと、アメリカの国家機密なんていうことは知る由もなく、「わかりません」と返ってくるばかりで。


 無機質な返答に飽きてしまった私たちは、いつの間にか駄弁っていました。

 それで、帰る時間だってなって。

 サイトが開いたままだってことに気付いたんです。


 そこでFちゃんが、どう閉じればいいかわからないと言い出して。

 私は、普通に閉じればいいだろ、なんて笑って言いましたが、どうやら違う話のようで。


 Fちゃんが言うには、このサイトにまつわる話には『儀式の終わり方』がないって言うんです。

 こっくりさんにおいての『こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻り下さい』のような、その儀式を終わらせる何かがない、と。


 それでFちゃんが、「かさとそ様、この儀式はどう終わればいいのですか」って聞いて。


「いえ、これから始まるのです」

 

 そう、返ってきたんです。

 そのままサイトは勝手に閉じて。

 私は怖くなって、Fちゃんのお母さんに挨拶してからすぐにまっすぐ家に帰ってしまいました。



のもくか



 ここからは怪談として完全に蛇足になってしまうのですが、私が残したいことですので勝手ながらお話させていただきます。


 次の日、Fちゃんの様子が変だったんです。

 どう変かって言うと、授業のノートをとらなくなったんです。

 普段はしっかり板書を取る子なのに、筆箱すら取り出さなくて……でも、授業を聞いてはいたんです。


 私はさすがにおかしいと思って、聞いてみたんです。

「なんで板書を取らないの?」って。

 そうしたら「書くものがないの」って。


 カバンを探したら筆箱が見つかって、それを渡したんですけど、鉛筆を見ても「書くものはないじゃん」って。

 まるで、見えていないみたいに。



のもるぎえさ



 その次の日はもっと変でした。

 前の日みたいにちょっと変、とかじゃなくて……明らかにおかしかったんです。


 朝、学校に着いた時に、教室の扉に向けて歩くような動きを続けるFちゃんを見つけて……扉を開けてあげると、そのまま普通に歩いたんです。


 扉にぶつけた膝はもうボロボロで、保健室に連れて行ったんですけど……それも、言うまで気づいてない様子でした。


 それからも、毎回扉に同じようなことをして……話を聞くこともできずに、Fちゃんはお母さんに引き取られてしまいました。

 


のもつたにもと



 それで……その更に次の日。

 心配になって、放課後にFちゃんの家を訪ねて。

 それで、Fちゃんのお母さんから助けを求められたんです。

「Fちゃんが無視する」って。


 その様子は明らかに、どう考えても異常で。

 Fちゃんは、お母さんどころか私も見えていない……いや、認識していないように動くんです。


 当時は、悲しみよりも怖さのほうが勝って。

 逃げたい気持ちでいっぱいでした。


 無理やり車に乗せて病院に行かせようとしても、そのまま普通に動こうとするから捕まえるのが難しくて。

 結局、お手上げのまま救急車を呼びました。



のものそ



 それで、あの日。 

 病院に連れて行かれたFちゃんの容態を聞こうと、Fちゃんのお母さんに電話をかけたんです。


「あなたは誰なの?」「Fちゃんって誰?」「迷惑電話ね」って。


 まるで私どころか……Fちゃんに関する一切を知らないみたいで。

 かけ間違いを疑って、何度も何度も、電話帳を調べなおしたり、かけ直したりしました。

 それでも、迷惑電話だと思われたままで、切られてしまって。


 その日も学校に行ったんです。

 Fちゃんの席はなくて。

 次は私がこうなるんじゃないかって、怖くなって。

 そのまま家に帰って、寝込みました。


 その後は何も無い、みたいな生活が続いて……そして今、Fちゃんのことを、いや、私のことを忘れる前に、ここに書き記しているんです。

 横で見ていただけの私でさえ、こうして文字を打っている……この手に乗っている板のようなものが、うっすらとしかわからないのですから。

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