舞と不思議な江戸番傘

月兎アリス

第1話

 四季を問わず需要のある雨具だけれども、初夏から夏にかけては特に増えた。その理由は明確で、梅雨のせいだ。


 佐久良舞さくらまいは、とある歴史のある職人の里に住む少女だった。彼女の家は、昔ながらの製法で作る雨具を売っている。舞はその店の看板娘だ。店を営むのは仲睦まじい老夫婦で、舞はその二人を、「じさん」「ばさん」と呼ぶ。親しげに呼ぶが、老夫婦と舞の間に血縁関係はない。身寄りがなく、児童養護施設に預けられていた舞を老夫婦が引き取ったのだ。


 日も落ち、山あいの里はすっかり暗くなった。


 田舎の夜道を歩く人は少なく、代わりに自動車のヘッドライトが夜の闇を照らしていた。水を張った田圃たんぼは月明かりを反射して、きらきらと光る。


 佐久良雨具店は、静かな国道沿いの曲がり角にあった。


「おおい、舞!」

「なんですか、ばさん?」


 老女──佐久良キヨヱに呼ばれた舞が、階段を駆け下りる。体格に恵まれず、体重も軽い舞の足音は、本当に十四歳なのかと疑うほどに小さい。


 そのとき一瞬、二階の工房、老父、徹志の仕事部屋の隅が、光った気がした。結構まばゆい。到底見間違いとは思えぬくらいに。


 舞はそれに気づき足を止めたが、(ばさんを待たせたら怒られちゃうなぁ)と思い、すぐにまた駆けて行った。

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