④,⑤

 ④

 「よし、リベンジ成功」

 昨日はそもそも時間が無い状態で来たので失敗したが、今回は停止後には自転車を走らせたので余裕をもって着けた。上る為の足場があるかだけは賭けだったが、今回も運良くあった。

 「緊張してきた...」

 いざ余裕をもって成功すると、緊張でビビッてしまう。だが別にひどい事をするわけではないのだと、自分に言い聞かせた。下駄箱は開いており、校舎内まではスムーズに入れた。後はどのクラスにするかだが、年下は気が引けるので同い年の3年生のクラスにした。場所は分からないけど、こっちと同じで3階だろうと当たりをつけて階段を上がる。

 「やっぱり女子高だと良い匂いでもするのかな」

 一時停止中は、動かした物以外は匂いもしないので女子高は良い匂いがするという男子高の幻想を確認する事は出来ない。まあ確認しようとすると、最低でも1クラスを動かさないといけないので1時間じゃ足りないと思うけど。

 「試しに男子生徒を動かした時は汗臭くて酷かったな」

 3階に近づくにつれて心臓が五月蠅くなる。正直騙すように自分に言い聞かせるのも限界だ。何が気分転換だよ。やっぱりこの一時停止の間は勉強時間に使お——

 「貴方誰?」

 五月蠅い心臓が止まると思った。自分が出す音以外が存在しない世界で、不意打ちの人の声。そして想像していた最悪のパターンが今起きた。

 どうする? 何て言い訳をすればいい? このまま逃げる?

 息すらまともに出来てるか分からないまま、覚悟を決めて声のした階段の下を見る。

 「もう一度言うけど、貴方誰なの? ここは女子高なんだから制服姿の男子がいる訳ないんだけど。それに昨日もここに走って侵入しようとしてたよね」

 返す言葉を探すうちに、どんどん立場が悪くなっていく。しかも昨日も見られていたので下手な言い訳も出来ない。

 「もしかして、時間が止まっている今の間に女子生徒に変な事をしようとしてたんじゃ——」

 「ち違います!! ええと、僕は...」

 考えろ。考えろ。今までの勉強の成果を今ここで発揮しろ。

 「僕は、他に動いている人がいないか探していたんです!!」

 嘘ではない。実際、最初の頃は駅なんかで探していたのだから、100%嘘ではない筈。

 これでダメだったら、死ぬ気で走り逃げよう。

 「それが何で女子高に入るのに繋がるのよ。他にも探せる場所はあるんじゃないの?」

 「僕の制服を見れば分かると思うんですけど、僕はここの下にある男子校の生徒です。うちの高校では動ける人が居なくて、時間制限の中で行ける範囲だと駅周辺なんですけど、先週探して1人も見つからなかったんです。なので駅とは逆方向のここと病院で探そうと思っていたんです!!」

 「つまり、貴方は自分と同じ人間を探すためにここに来たと。でも昨日も来てたよね? 今日来た理由にはならなくない」

 「昨日は時間制限で探索が中断になってしまったので、今日改めて来た次第でして...」

 「時間、制限?」

 「君ももう知っていると思うけど、この現象は1時間で解除されてリセットされる。だから今日もここへ来たんです」

 やばい。そろそろ緊張で頭が潰れそうだ。下手な敬語で誤魔化してるが、いきなり女子との会話はキツイ。

 「...まあいいわ。その話、信じはしないけど取り敢えずは貴方を犯罪者扱いしないでおくわね」

 目の前の女子生徒を納得させる事にはどうやら成功したらしい。悟られない様に安堵すると、女子生徒は手を出してきた。

 「生徒手帳を見せて」

 「...はい?」

 「貴方の名前なんかを知りたいの。何かされたら有る事無い事言って、犯罪者にしたいから」

 急かされた僕は、生徒手帳を取り出す。まだ安堵するには早かったようだ。


 ⑤

 改めて、僕の生徒手帳を見ている女子生徒を見る。

 一言で表すなら美人だ。肩くらいまで伸びた黒髪。インドア派なのか小柄で制服は少しぶかぶかだ。声は優しいが少し小声で、静かな今だからこそちゃんと聞き取れる。

 「そこからじっと見られると、下に見られているみたいで嫌なんだけど」

 「すみません......空き教室にでも行きますか?」

 「いい。それよりも、貴方の言う時間制限って後どれくらい?」

 「体感ですけど、あと20分弱です」

 「リセットって何の事?」

 「この現象の間に起きた出来事が、時間制限を過ぎた時に全部元通りになることです」

 「他にも何か分かっている事はあるの?」

 敵意のある目で見られながらの質問は僕のメンタルを徐々に削っていく。正直今すぐここを去りたい。

 「他は君が体験している事と同じだと思います...」

 「あっそ。じゃあ明日、また止まったらここの校門前に来なさい」

 「??」

 「なに変な顔してるの。お互い一人は暇でしょ。私はこの現象を解明したいし、貴方は他に動ける人がいるか探したい。なら一緒に行動するのが一番いいでしょ」

 もちろん少し距離を開けるけど。女子生徒はそう言うと、生徒手帳を投げ返してきた。

 「来なかったり、変な事をしたら速攻で犯罪者として通報するからね。九里悟志くん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秒針よりも早い僕たち りんご飴 @AppleCandyPP

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ