②,③

 ——②——

 動かすのに不安だった自転車は、嬉しい事に倒す勢いで横から押せば簡単に一時停止が解除出来た。歩きで探索は疲れるから避けられて良かった。

 だがそんな幸先とは違って探索中の僕は時間が経つにつれて、不安が心に染み出してきた。音は聞こえず、僕以外は一切動いておらず、日の光はあるし今日は風も強かったのに熱も風も感じない。何かの解説本で真の時間停止の中で人間は何も感じる事が出来ないと読んだ事を思い出す。

「でも物は見えるし、独り言だけど喋ったり出来るって事は本で読んだ様な時間停止の世界って事じゃないんだよな...」

 雨の日位しか使わない学校の近くの駅まで着いたが駅の中も静かだ。電光掲示板とかの表示が消えていないから、やっぱり時間停止というよりは一時停止とか写真みたいに、その場面を切り取った世界なのだろう。体感だが学校から駅までで30分が経過して、それ以外で20分以上は使っている。この一時停止がどの位の長さなのかが分からず、孤独な現状が不安を生み出す。

「...1回学校に戻るか」

 自転車みたいにクラスメイトを動かせば、自分と同じ様に活動出来るかもしれない。そんな期待で不安を振り払おうと考えたが、自転車に乗った瞬間景色が一変した。

 「いいか! お前らはこの1年で1,000歩進まないと、望み通りの進路になんて行けないからな!!」

 視界が教室の景色に戻り、無音に少し慣れた耳に不意打ちで十塚先生の怒号が響いた。先ほどまで駅にいた僕は、瞬間移動したかのように教室に戻ってきたのだ。だが瞬間移動ではない。倒した椅子やズレた机が綺麗なままだからだ。

 「ちっ、もう授業が終わりか。お前ら次貴重な授業時間を無駄にしたら宿題を4倍にするからな!」

 授業を終えるチャイムが鳴り、十塚先生はイライラしながら教室を出た。宿題4倍だけは勘弁してほしい。

 「なあ九里、連帯責任で五月蠅くしてない俺らまで宿題4倍とか勘弁してほしいよな?」

 「あ、ああ...」

 状況がいまいち飲み込めない僕に、隣の席の友人が話しかけてきた。

 「なあ、学校から駅までって自転車で大体何分くらいだっけ?」

 「早い奴を除いたら30分くらいだな。どうした急に?」

 「いや、今日買い物頼まれててな。それよりも、次の授業の宿題は出来たのかよ」

 「勿論! 十塚にバレずに内職するなんて朝飯前よ」

 「はいはい——」

 さっきまでの不思議体験の事が頭から離れず、今日の授業は全然頭に入らないまま今日を終えた。明日からはまた普通の生活に戻るんだろう。そんな考えだったが、そんな期待は裏切られた。

 「マジか......」

 二度目の一時停止。昨日の要領で体を自由にした僕は、一時停止のルールを調べる事にした。

 物を動かすには大体どの位の力がいるのか。人間を動かしたら意識を取り戻すのか。制限時間を調べる為に駅と学校を往復し、教室に戻った時にリセットされるのはどの範囲なのか。

 意味もなく適当に動いた昨日と違って、目的をもって動けば無音は全然気にならなかった。結果から言えば、全身の力で一方向に押せば一時停止は解除出来て、僕以外の人間は人形同然で、制限時間は約60分。それを過ぎると、僕自身も含めて全ての物事がリセットされる。マジックペンで落書きしたものは消えていたし、駅などから取ったチラシなんかも持ち帰れなかった。

 「一時停止が始まるのは5限終わりの直前か」

 2度目もあれば3度目もある。7度目の一時停止が始まり、状況に慣れた僕はいよいよ今までの調査結果から考察を始める。幸い理系科目は得意なので、多少は情報を整理出来ると思う。

 「一時停止している間の出来事は現実じみた夢ではない。僕の心拍数が以上に早くなったり、超能力に目覚めたわけでもない」

 あやふやな記憶だが、生き物は鼓動の速さで体感する時間が変わると何か読んた事がある。心拍数を比較したが変化はなかった。

 人間の脳みそは1割しか使えておらず、残りを解放して超能力として時間停止を身に着けたわけでもない。家に帰った後や授業中に色々念じたが発動しなかったからだ。漫画の様な出来事だが、僕自身は一般人のまま。なんなら独り言をしないと停止している間、精神的につらい位だ。

 よし。

 「気分転換に姉妹校に行くか」

 元々一つだったうちの高校は、色々あって女子高と男子校に分かれたらしい。お互いの距離はそう遠くないが、僕も男子高校生だ。一時停止している間に女子高に行くのはハードルが高い。今まで碌な人付き合いは無く、中学3年になってからは親戚と近所のおばちゃん位としか会話をしていない僕には、同い年の女子なんてものは最早恐怖すら覚える存在だ。男子校に入学してからは女子をちゃんと見る機会も0に等しくなった。

 「停止している間なら、間近で見ても大丈夫だよな......」

 無いとは思うが、万が一、最悪の場合で僕と同じ境遇の人間が姉妹校にいた場合、僕の今後は無いかもしれない。

 「罪悪感を覚えたら、おとなしく受験勉強でもするか」

 姉妹校は知らないが、こちらの学校は受験組が多くて4割、残りは就職組だ。僕の世代は受験組がなんと2割弱で過去2番目に少ないらしい。僕はそんな希少な2割の生徒なので、周囲よりも1時間多く時間を使えるのはハッキリ言って最高だ。

 「時間経過が分からないのがこの現象の一番の欠点だな。体感でなんとなく分かるけど、毎日続いたら感覚がずれるし」

 姉妹校までは自転車で20分かからない位。20分以上は経過していると思うから、多分そんなに時間は無いと思うが元からボーナスタイムなのだ。戻る時間は要らないから、残り時間はフルで使える。

 「よし行こう」

 緊張なのか、期待なのか。気持ちばかし心臓の鼓動が早くなったのを誤魔化すように、急ぎ足で駐輪場に向かった。


 ——③——

 「上り坂、きつい...な」

 姉妹校までの道が想像以上にキツイ上り坂で、電気の使えない電チャリで上るのはキツかった。駅と高校は余裕だったから油断した。

 姉妹校は後から出来たという話の通り、うちの校舎よりも綺麗だった。欧風というか、洋風の校舎はイメージ通りの女子高という感じで校門も立派だった。恐らくは侵入防止で外壁は高くされている。

 「どうやって入るか...」

 周囲を探索するが、僕ではジャンプしても届かない高さで身一つでは無理だ。せめて足場になるものがあれば良いなと思い、自転車で周囲を探索する。

 「外壁の近くに人でも物でもあれば良いんだけどな」

 停止している物を動かすには、一方向に全身の力を入れないと無理なのは直ぐ分かったが1週間の調査で新しいルールも見つかった。押してる時にどれ位の力を必要としているかは知らないが、少なくとも僕の体重で上に乗っても停止している物が動くことは無かった。最低限、足を置ける大きさや安定感こそは必要だが、本来人を支えられない物ですら十分な足場になる。バランスが難しかったが小枝1本でも立てるので、初めて発見した時は忍者気分だった。

 「おっ、見つけた」

 小さい車が外壁側で停車しているのか、一時停止しているのか分からないが止まっていた。ボンネット、ミラーの順で足場にすれば十分に乗り越えられる。リセットするので、自転車は適当な所に倒して姉妹校に侵入する。この時点で、恐怖感の様なものが徐々に溢れ始めた。

 「教室で授業してるのか。時間足りるか?」

 理想は体育なんかでグラウンドに出ている生徒がいる事だったが、残り時間が分からない現状で教室まで入るのは若干キツイ。なるべく扉が開いている事を祈って、僕は校舎へと走り始めた。

 だが残念ながら校舎内に入る寸前でタイムリミットを迎えた。

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