秒針よりも早い僕たち

りんご飴

 ——①——

 人は生まれながらに、様々なものを不平等に与えられる。

 才能、容姿、家庭、人格、最初に与えられたこれらに、唯一平等に与えられた”同じ進みの時間”を用いて人の生涯の価値は決まる。

 「いいか! お前らの高校生活は残り1年を切った! そんな貴重で大事な時間をお前らは!! 居眠りしてっ!! 無駄に使って良いと思っているのかッ!!!」

 少しずつ声を大きく荒げながら、担任兼数学教師の十塚(とつか)先生は居眠りした生徒を中心にクラス全員を𠮟りつけている。残念ながら3人くらいしか真面目に聞いていないので正直無駄骨だと思う。

 だが僕らにも事情はある。4限の体育の疲れと、昼飯の満腹感に逆らえる高校生は都市伝説だろう。なので受験に乗り気じゃない奴らが半数以上のクラスで受験対策の数学の授業なんて、子守歌と同レベルだ。おそらくは真面目に聞いている3人以外は同じ考えなのだろう。内職や昼寝の継続を続けている。

 「お前らが今無駄にしている時間で、競争相手達は100歩先に進んでいるんだぞ。いいか——」

 それは突然だった。

 チャイム以外で途切れる事が無い十塚先生の怒号が、前触れもなく途切れた。

 (いや途切れたというよりは、止まった...?)

 再生している動画を一時停止した位に不自然な途切れ方だ。クラスの連中自体は黙っていたから静かなのは納得出来るが、耳を澄ましても内職の音すら聞こえない。

 (...!?)

 首が動かない?

 周囲を確認しようとした僕だが、眼球一つ動かす事が出来なかった。金縛りになった事は一度だけあるが、それとはまったく違う。回線が切れてコントローラーの入力をゲーム機が受信しない様な感じだ。幸い、楽な姿勢だったので動けないのが苦でなかった。

 (んっ!!)

 僕はお腹を中心に精一杯、全身に力を込める。音も聞こえず、少しも動けないのは精神的にキツイ。そんな不安を飛ばす思いで立ち上がろうと足掻く。

 座った体勢でどう力を入れればいいか分からないが、後ろに跳ぶイメージで腕と足を前の方に押す。

 「——わッ!」

 試みは成功した僕は見事後ろに跳んだ。一番後ろの席だったのが幸いして受け身こそ取れなかったが、後ろの机に背中を強打する事だけは避けられた。

 だがそこで僕の頭には悪い想像が走った。さっきまでのは夢で、現実は僕が無様に背中から派手に倒れただけなのでは...?

 今にもクラス中から馬鹿を見る様な目線や笑い声が聞こえるのでは、と覚悟したがそんな事は無かった。先ほどと同じように僕以外は静かなまま。僕が今生まれた幽霊でもない限り、クラスの一時停止は現実なのだろう。

 「先生! 世界の調子が悪いそうなので、早退しますね!」

 中二病の様なセリフだが、世界が一時停止している今なら恥ずかしがる必要はない。鞄を持とうと思ったが、その場に固定された様に動かすことが出来なかった。

 「この感じだと自転車も動かすの無理かな?」

 一先ず駐輪所に向かいながら、僕は今から何をするか考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る