花火と一緒に上げちゃえば、爆弾だってオッケーオッケー大丈夫

丸毛鈴

「ドライブしようぜ。犯罪者ちゃん」

「なんそれ」


 終わった、と思った。っていうかお前はなんで勝手に押し入れ開けてんだ、というツッコミも引っ込むほどに、終わった、と思った。


「ちょっ、触っちゃ」


「それ」に手を伸ばそうとした彼女の前に立ちはだかり、目があった。


「それなに」


 答える義務などない。しかし、彼女が放つ視線はあまりにも強い。


「ニュースで見た、アレに見えるんだけど」


カーテンごしの夕日を逆光にして、彼女が仁王立ちをしている。わたしは唾を飲み込む。


「……ばくだん、です……」

「爆弾」


押し入れの下段に入ったそれに、彼女が目をやった。


「……死のうと思って。会社とか吹っ飛ばして」


築60年の六畳一間に、沈黙が落ちたのは一瞬のこと。


「ふっざけんな!」


目の前の女は、一瞬にして形相を変えた。


「お前、人が死ぬのは邪魔しといて……こんな、こんな」


スウェットの襟元をつかんで、ガクガク揺さぶられる。脳がどうにかなるんじゃないかと思うほど揺さぶった後、彼女がわたしを突き飛ばした。


「許さない。マジで死ね」


毛羽だった畳に叩きつけられたまま、呆然とする。彼女は警察に駆け込むだろうか。それもまたいいのかもしれない。もともと、爆弾で、あのクソ会社もろとも吹き飛ぼうと思っていた身じゃないか。


などと考えているうちに、部屋は暗くなり、外から車のエンジン音がして、誰かがアパートの外階段をカンカンとのぼってくる。ああ。警察か。覚悟を決めて目をつぶり、勝手につけられた蛍光灯と人の気配に目を開けると、床に転がるわたしを見下ろし、彼女が立っていた。蛍光灯の白々しい光を背負って得意げに笑い、指で車のキーをくるりと回して見せる。


「ドライブしようぜ。犯罪者ちゃん」


***


 隣に住む彼女のことは、ほとんど何も知らなった。品のよいブラウンの髪を巻き、こぎれいなオフィスカジュアルに身を包んで規則正しく出勤し、帰宅する会社員。ここ半年は無職で日がな一日スウェット、ノーメイクで過ごすわたしとは別世界の人間だと思っていた。


 わたしたちに接点ができたのは1か月半前のこと。共用廊下に面した風呂場で呻き声を聞いて、大家とともに踏み込んでみれば、彼女は自殺未遂の真っ最中であり、救急車で運ばれたのちに回復。


 アパートで再開するなり「邪魔しやがって」と憎々しげに吐き捨てたものの、なぜか次の日からわたしの部屋を頻繁に訪れるようになり、わたしも暇なのでそれを受け入れた。


そうなってからの彼女はたいていTシャツとホットパンツ姿で、耳の軟骨には、ごついピアスが光っていた。夕飯を共にするのが日常になったころ、「会社行ってたときの服は?」と聞くと、「擬態」と短い答えが帰ってきたのだった。

 

 そして、いま。その意外にパンク趣味な彼女が、隣でハンドルを握っている。


「あの……どこに向かってるんです……か」

「新潟。あたしの実家、あっちなんだよ。だからあんの、土地勘」

「そのにいがた……で」

「爆発させんだよ、あれ」

「犯罪でしょ」

「あんなもの作っておいて」

「バレるんじゃ」

「いい考えがあるんだって」


 彼女が語った計画はこうだった。いわく、彼女は新潟に土地勘があり、人気ひとけがない砂浜を知っている。7月入ったばかりのこの時期なら、まず海水浴客はいない。そして、今であればドン・キホーテあたりには既に海水浴グッズも花火も売っているはずだ。なので、空気で膨らませるマット状の浮き輪フロートに爆弾を乗せる。わたしたちは砂浜で花火をして音を立ててカモフラージュ、頃合いを見て時限装置で爆発させる。


「花火と一緒にしちゃえばさ、爆弾だってオッケーでしょ」

「…………海に捨てるだけじゃ、ダメですか……」

「どっかに流れたら、足がつくかもしんないじゃん」

「爆発させても足がつく、かも」

「浮き輪フロートごと木っ端みじんになるから大丈夫」


根拠なく言い切り、彼女は「バカンス気分をあげてこっ」っと、意気揚々と巨大なディスカウントストアの駐車場に車を乗り入れた。


***


 買い物を済ませ、高速道路に乗ると、彼女は思い切りアクセルを踏んだ。「走行速度にご注意下さい」と、カーナビの警告音声が繰り返す。


「うっは~速いとハンドルもってかれる~」


中央分離帯にぶつかりそうなり、肝が冷える。このスピードで激突したら、爆弾を積んでなくたって普通に死ぬ。


「ちょっと、スピード」


わたしが言うなり、彼女はさらにアクセルを踏んだ。一瞬、シートに体を押し付けられるような感覚があった、気がする。と、次の瞬間、追い越したトラックに接触しそうになり、ギリギリ回避。


「し、死にたくないッ」


思わず本音が漏れる。


「死にたくない~~!? んなこと言ってるからダメなんだろ」


彼女の声がドスの効いたものに変わる。コロコロとテンションが変わってついていけない。


「願ってかなったことなんてあったぁ?」


彼女が怒鳴った。叶ったこと? なかった。普通に真面目に堅実に暮らしたかった。会社に爆弾を持ち込んでぜんぶ吹っ飛ばしたかった。でもやっぱり誰も傷つけずに生きていたかった。


「ど、どうすればいいのさ」


恐怖なのかなんなのか、涙と鼻水が垂れた。


「信じるんだよ」


すごいスピードで、街灯が過ぎ去っていく。


「あたしだって幸せになりたかった。優しい彼氏と結婚して子どもは2人! でもそれじゃダメなんだよ!」


顔をくしゃくしゃにして彼女が叫ぶ。


「幸せになるって、死なないって信じろ! 信じるんだよ!」


わけがわからない。絶叫して下を向くなと言いたい。前を向いて運転してください。それでも不思議と彼女の叫びは胸を打ち、その瞬間、オービスが光ったのが見えた。


***


 その後はさすがに彼女もおとなしくなり、新潟の海岸についたのは真夜中だった。


 砂利の浜を、スマホのライト頼りに裸足で歩く。ふいごのようなポンプを足で踏んで浮き輪フロートに空気を入れ、波打ち際でそれに爆弾を乗せて、腿のあたりの深さまできたとき、ふたりで浮き輪フロートを沖に押し出した。波に揺られた浮き輪フロートは、やがて闇にのまれて見えなくなった。


 浜へ急ぎ戻り、花火を打ち上げまくる。ヒュ~~ドン! と音がして、中空にパッとピンクと緑の花が咲く。


「そろそろ!」


わたしは起爆装置を押した。花火よりも低くまがまがしい音が響き、沖のほうで赤い光が見えて、しんとなった……のはやはり一瞬で、「イエ~~~~イ」と、彼女が火花が噴き出すタイプの花火を手持ちしてくるくる回る。


「危ない! それ一番ダメなやつ!」


たしなめる間もなく、わたしも打ち上げ型の花火に火をつける。ポンっと音が上がって中空に花が咲くもの、置いた本体から金色の火花が湧き出るもの。金、白銀、ピンク……花火大会には劣るけれど、まばゆい光が次々と弾けては消えていく。


「生きる、死なない!」

「そんなもん当たり前っしょ! あたしは幸せになる」


最後の二発をそれぞれに打ち上げると、金色の花が、中空に頼りなく散った。

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花火と一緒に上げちゃえば、爆弾だってオッケーオッケー大丈夫 丸毛鈴 @suzu_maruke

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