第6話 燃え尽きる命 その6
暗幕の内側に入ってきたのは金色の長髪に淡い碧眼を携えた眉目秀麗な大男。ルクスの想像通り、リーダーアルベルトだった。
彼は腰にロングソードとマジックワンドを携帯し、背中にはやや大ぶりな盾を背負っている。武器構成は魔法剣士、いやパラディンに近い。
「遅いと思って来てみれば。やはりか」
何一つ表情を変えることなく、淡々と腰から愛剣を引き抜く。荘厳なオーラをまとった白亜の剣。その切っ先を処刑対象者ふたりに向ける。
正面を埋め尽くさんばかりのおびただしい数の光弾が宙を駆け巡った。
「ッ!!」
いとも容易く放たれる流星群。逃げ場はない。妹が満身創痍の兄を庇うように前に出た。
「シャドーバレット!」
紡がれたのは闇の攻撃系初級魔法。名の通り、闇の魔力を弾丸状にして放つ技である。
彼女は体内の魔力を捻り出し、両手でありったけの弾幕を張った。ぶつかる両者の攻撃。正面だけでも攻撃を相殺できれば、回避もできる。
レナはそう踏んでいたのだが、実際には押し合いにすら発展せず、一方的にこちらの闇弾がかき消され、そのまま無数の星屑に押しつぶされてしまう。
数秒の間、爆発音が鳴り響き、砂埃が舞い上がった。アルベルトは剣を下ろし、砂埃が落ち着くのを待った。
少しして視界が晴れてくる。転がる人影がふたつ。
「うぅ……」
あれだけの攻撃を食らったにも関わらず、彼女は痛みを感じなかった。
なにが起こったのかわからず、困惑するも、自身にずっしりとのしかかる重さですべてを理解する。
「お、お兄ちゃん⁉」
「……っ」
被弾の直前、残った魔力のすべてを体外に放出して兄が妹に覆いかぶさり、身代わりとなった。
元々、重症だったところにさらなるダメージが加わり、ルクスの精神は混濁状態にあった。
「ふーん、生きてるんだ。粘るね、ルクス」
「え……」
火炎放射を受けたジェインがゆっくりと歩いてきた。服が汚れている様子もなく、ケロっとしている。レナの目が驚愕に染まった。
「どうして……」
「衣服すら焼けてないのかって? それはねー、ひ・み・つ。あははっ」
笑う貴公子。先ほどの不可思議な現象といい、エルヴィスの台詞といい。こんな結果を引き起こせる要素は限られている。
「ユニークスキル……」
人知を超えた神の贈り物。それ以外にありえない。
「残念だけど、終わりにしようか」
ジェインが手のひらをかざした。見上げるレナの顔に緊張が走る。しかしその刹那、後ろから怒号がした。
「ソイツはわたしの獲物よ!!」
レインだ。髪が乱れ、肌と小洒落た衣装が土で汚れているも、怪我をしている素振りはない。
彼女はジェインをグイッとどかし、レナに覆いかぶさっている兄を蹴り飛ばすと、残った妹の胸ぐらを左手で掴み上げた。
「よくもやってくれたわね! ガキの分際で――ラクに死ねると思うなよ!!」
双眸に荒れ狂う怒りを湛え、今にも殴り殺しそうに勢いだ。彼女に追いついたロバートがおー、と唸る。
「おー、いつも以上にキレてるねー」
「うるさいわね、このペド野郎!」
レインはレナの頬を思いっきり打った。鈍器にでも殴られたような衝撃が少女を襲った。小さい口から赤色のあぶくが飛び出た。
「う、うぅ――」
痛みをこらえ、うずくまるレナの前髪を掴んだ悪女が右脇腹に膝蹴りを容赦なく叩き込み、彼女に両膝をつかせた。
「ほーら、さっきの威勢はどうしたのぉ?」
「あうぅ……」
掴んでいた髪の毛を持ち上げ、無理やり立たせた。脇腹を強打された影響で満足に体を支えられず、重さが髪の毛にかかり、毛根から髪がブチブチと音を立てて抜けていく。
体を痙攣させる獲物に嗜虐心を刺激されたレインが恍惚な笑みを浮かべる。
「いいツラになったじゃないの。『ごめんなさい、お姉さん』って言ったら手心を加えてあげるけど、どうするぅ?」
「い、言わ、ないッ……」
「へー、根性あるじゃないの。だったもう少し激しく」
悪女が右拳を強く握りしめたときだった。後方でワナワナと震えていたマルコがレインを横に押しのけると、唐突にその両手でレナの顔をガッチリとホールドした。
「あー、やっぱりいい! 俺の求めていた理想の美少女、そのものだぁぁぁ!」
興奮したマルコがレナの唇を吸いにかかった。
「――ッ!!!!」
何が起こっているのかわからず、驚いてレナだったが、数秒で理解して苦悶の表情を浮かべつつ、青ローブの男を突き飛ばした。
その光景にご立腹だったはずのレインが「うわぁ、キモ……」と顔を歪めた。
「ゲホッ、ゲホッ!!」
蛮行によってむせ返る彼女。なんども咳をして袖で男の唾液が唇から消えまで十数回とこすり続ける。少女の態度が気に触ったのか、マルコが目を剥いた。
「お、お、お、お前も俺を馬鹿にするのかっ!!」
「あぁ!」
激昂した彼は持参していた長杖で彼女の頭を殴りつける。悲鳴を上げたレナがその場に倒れ込むも、お構いなしに杖を振り下ろす。
「お、お、女って生き物はお、お、男の本質を、まったく理解しない! し、し、身長と、か、顔だけがすべてじゃないんだぞぉぉぉぉ。こ、このイケメン信者どもがぁぁぁぁ!!」
マルコは涙を流して訴える。男の価値は身長でもなければ、優れた容姿でもないのだと。モテない男の魂の演説にただ一人、ロバートが拍手を贈る。
「君ってさー、時々面白いこと言うよねー。ボク、嫌いじゃないよ?」
「男に好かれても嬉しくないんだよぉぉぉぉ! この、この、このぉぉぉ!」
「うぁぁ……」
その間も少女は殴られ続け、徐々に反応が弱くなる。杖には彼女の血液や綺麗な髪の毛が絡みつき、その行為の悪辣さを物語っていた。
いつまでやってんのよ! 舌打ちしたレインがマルコを真横に蹴り飛ばす。
「わたしはまだ満足してないわよ?」
「あうッ」
長髪を掴んで彼女を持ち上げた悪女は膝でみぞおちを蹴り上げた。
「死んでないみたいね。ほら、さっきの続きよ。時間がある限り、たっぷりと可愛がってあげる。ホラァ!」
「あぐっ――」
「ほらほらほらほーら、もっと泣きなさいよ」
痛めつけた腹部を再び蹴って悲鳴をひり出させ、また腹部を蹴る。
これを数回に渡って繰り返す。それは回を増すごとに威力が上がっていき、最後はフィニッシュと言わんばかりに少々反動をつけて膝を押し込む。
肋骨が折れ、内蔵に刺さったような異音が周囲に響いたが、少女は歯を食いしばって声を押し殺した。
「ぅ、ぅ……」
「あらあらあら!」
悶える少女の姿に悪女のテンションが上限を突破する。
「思った以上に根性座ってるじゃないのー。いいわぁアンタ、気に入った。じゃあじゃあ、次はそのお綺麗な前歯をぽっきりと」
「待て! そんなことしたらもったいない!」
飛ばされたマルコがレインの腕をグッと掴んだ。
「おい、一回だけでいい――俺に遊ばせろ!」
「はぁ、気持ちわる! こいつは私のおもちゃなのよ! 勝手な真似すんな!」
「いや、お、俺も戦闘に参加したぁ! 遊ぶ権利ならあるはずだ。ほんの少しでいいんだ、ほんの少しでぇぇぇ」
「マジありえない! これ以上、邪魔するならアンタから殺すわよ!」
「半殺しくらいなら喜んで受ける。だからこの娘と遊ばせろぉぉぉ!」
もはや懇願に近いなにかだった。後方で突っ伏すルクスが立ち上がろうとするも、風穴を開けられた上に体内の魔力を吸われた彼に駆けつける力は残されていない。
仮にできたとしても残りの三人が常に見張っており、即時対応される。完全に詰んでいた。
「うっさい、どけ、この弱男ッ!」
「少しだけならいいだろうッ!」
少女を取り合い、互いに取っ組み合う男女ふたり。数歩下がったところにいるロバートは頭の後ろで腕を組みながらぴゅーっと口笛を吹いている。
その姿をやや後方から観察しているジェインとイザベラは「若いねー(な)」と他人事のような態度を見せた。
アルベルトに至っては興味すらなく、ただ横たわるルクスがおかしな動きを取らないかだけを遠目からチェックしているだけだ。
「クソォォォ……」
意識を取り戻した彼は咳き込んでから拳を地面に叩きつけた。このままではどのような形になるにせよ弄ばれて殺害されるのは時間の問題である。
問答の末、腹を立てたレインがマルコを殴ろうと右拳を振り上げた。彼もまた左手を前に突き出して応戦しようとする。そのとき、静観していた赤いローブの女が両者の間に割り込み、
「くだらーねーことで喧嘩すんじゃねーよ」
彼らを突き飛ばして、少女の肩を掴んだ。そして――。
「これで終わりにしてやる」
右手に持った短刀でひと思いに腹を突き刺した。刃が内蔵を引き裂き、背中からドン、とナイフが飛び出る。
「カハァッ!」
口から大量の血が溢れ出てエルヴィスの顔を汚す。それを拭うこともせず、彼女は苦しむ少女を視界に収め続けた。
全身が痙攣し、呼吸が乱れ、自身の腕を掴む手の力が弱まる。
「……」
まもなく死が訪れると確信したエルヴィスは右手を戻し、レナを前方に放り投げた。宙を舞う体がルクスの目の前にドサっと落下する。
その光景に我を忘れたルクスが這いずるように近づいて、彼女の容態を確かめる。
「お、おい、レナ――しっかりしろ、おい!」
「おにぃ、ちゃん、ごめん……ね。足、引っ張っちゃって……」
「すまない。――全部、俺が……俺が悪かったんだ」
「んん――違う、お兄、ちゃんは――悪く、ない……悪い、のは……騙した、あの人たち……ゲホゲホッ」
痙攣が止まらず、ルクスの流した以上の血が地面に流れ出る。
「もういい――喋るな」
彼女の頭をそっと撫でてから兄は元凶たちを睨むつける。
「よくも……こんなことを――この娘は、無関係だったはずなのにッ!!」
「ハッ、アンタが言えたギリじゃないでしょうに。自業自得よ!」「あぁ、せっかくの美少女が……」「わー、なんだか冷めちゃったねー。色々と」「……」
レインが嘲笑し、マルコが滅びゆく少女を惜しみ、ロバートがカラカラと笑う。エルヴィスは無言で背を向けた。
「潮時だな」
アルベルトが呟いて、ルクスたちのほうに歩みを進める。ジェインとイザベラもその後ろにつく。皆と合流したアルベルトがルクスを見下ろす。
「力を発動させるだけの余力も残っていないか」
「当然だろうさ。元々、彼の体ってそこまで魔力量多くないんだし」
「これで彼ともお別れか。なんだか寂しいな。せっかくだ、屍コレクション加えたいな」
「駄目だ。魂もろとも消し炭にする」
イザベラの提案を蹴り、リーダーはルクスたちの正面に立つ。
「せめて妹とともに葬ってやる。ありがたく思え」
片手を振り上げ、アルベルトが自らの頭上で大きな光の玉を作り出す。その間、わずか数秒。いきなりの行動にマルコが大きく口を開けた。
「まさかアレを放つつもりか⁉ じょ、冗談ではないぞ!」
魔法使いとしての知識が働き、惨劇を予測した小男は一目散にその場から駆け出した。
「ちょっと、どういうことよ⁉」
いきなりの展開に戸惑うレイン。その間に身の危険を察したロバートが無言でアルベルトから距離を取り、ジェインとイザベラもそそくさと退避する。
「おい、離れるぞ」
一人状況を理解できない女の腕をエルヴィスがグッと掴み、引きずるように後退する。その姿は、聞き分けのない駄犬を雑に扱う飼い主に酷似していた。
その間にも光は膨張を続け、小さな太陽と化しつつある。圧倒的な才能の差にルクスは打ちひしがれた。
「クソォ……クソォォォッ!!」
希望だった妹を瀕死に追いやられ、さらに自身の命まで散ろうとしている。叫べば叫ぶほど激痛に苛まれるが、そんなことはどうでもよかった。
「おにい、ちゃん……」
悔し涙を流す兄に何を思ったのか、妹は最期の力を振り絞り、その弱々しい手を彼の頬にあてがう。
「今まで、あり、がと……。わた、し、幸せ、だった、よ……」
「ぐ、グォォォッ!!」
もはや言葉にならない。妹ひとり守れず、ともに死んでいくなどとは。激しい後悔に苛まれても粛清の光が掻き消えることはない。
巨大な光が頭上を覆ったとき、アルベルトが奇跡の名を謳う。
「滅せよ。終末の礫――エルブリムストーン」
かつて悪逆を尽くした街を跡形もなく焼き払ったとされる硫黄の礫、それを模した光魔法。
その洗礼を受けた者は跡形もなく消え去るのだと、この世でもっとも古い魔導書に記載される。もはや神の御業に等しい。
「ガァッ! 目がぁぁぁッ!!」
その光により、敵対者は目を焼かれて視力を失い、毛髪と衣服、体から火の手が上がる。まるで生き地獄だ。
動けない獲物への仕打ちにしてはもはや行き過ぎである。だが、この非情な徹底っぷりこそがアルベルトの本質だった。
「さらばだ。道化」
光輝く礫が落ちてくる。焼け落ちた鼓膜ではもはや聞き取れないが、近づく熱さが落下を知らせる。
「アァァァァァァァァッ――」
喉も焼け、途中から声が出なくなった。もう死は目の前だ。それでもルクスはレナを守ろうと、ボロボロの背中を晒して彼女に覆いかぶさった。
最期まで兄でいたかった。その想いだけが彼を支えていたが、無情にも礫が彼の背中を押しつぶす。衝撃で意識が消えかけ、体がひしゃげた。全身の骨という骨が折れ、臓器が潰れる。
礫と地面に挟まれ、圧死する直前だった。
――お兄ちゃん、生きて。
彼の脳内に妹の声が響いた。その意味を考える間もなく、兄の視界は黒く塗りつぶされ、兄妹はその生涯を終えた。
衝突の衝撃で礫が爆散する。術者のアルベルトはマントで顔を覆い、破片が目に入るのを防ぐ。降り注ぐ紅い石の雨が辺りに降り注いだ。
草木を燃やす石礫をある者は魔法、ある者は足、またある者は風を操って振り払う。
やがて煙が晴れ、クレーターが現れる。
そこに人の姿はなく、剣の残骸や黒焦げた骨らしき物体がわずかに残っていただけ。ほぼ灰になったと言ってよい。七人は無言でその跡地を眺めていた。
やがてアルベルトがクレーターに降りていき、二人の遺骨と遺品を魔法で徹底的に焼き払う。
「仕事が丁寧だよね、彼」
後方にいるジェインが愉快げに言った。特に深い意味があるわけではないのだが、小心者の小男や悪女は呆れから顔を歪めた。
それが気に障ったのか、銀の少年は二人を視界に据えてから。
「君たちも今日のこと――忘れないようにね」
「「ッ!」」
氷のように冷酷な眼光が対象者二人の胸を射抜く。従順な態度を取り続けないとどうなるかわからない。そんな恐怖が全身を駆け巡った。
マルコはカラクリ人形のように首を振り、レインは視線をそらしつつ「言われなくてもわかっているわよ」と答えた。
「はいはい」
傍から窺っていたイザベラが間に割って入った。
「それくらいにしな。漏らされても困る」
「……それもそうだね」
黒魔女の意見を受け、ジェインは狂気を引っ込める。
「わ〜、こわ〜い。ボクたちも頑張らないとね〜、エルヴィス」
「いつも通りやればいいだけだ。気負いなんていらねーだろ」
茶化すロバートの言葉に返事しつつ、エルヴィスは血で汚れた右手をジッと見つめる。
「ちっ」
舌を打ち、彼女は右手の血を服の裾で拭った。
作業を終えたアルベルトが皆のところに戻る。
「行くぞ」
歩みを止めずに来た道を戻る。そんなリーダーの指示に誰一人文句を垂れることなく従った。
この話題が挙がるたび、アルベルトは今回の判断を正しかったと語る。が、のちにそれが大きな誤算を生んでしまうことになるとは――この時の彼には知る由もなかった。
【お前はこの世から追放だ】仲間に裏切られて妹と一緒に殺された俺、女に転生して人生再スタートするも連中の悪行が目に余るのでやり返すことにした 鳥居神主 @sazanka999
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