第5話 燃え尽きる命 その5
「グハァッ……」
一分後。
ルクスは血反吐を吐いて地面にひれ伏していた。
大量の魔法の集中砲火に加え、宙に打ち上げられたところを追いついたエルヴィスに思いっきり殴り落されたのだ。当然である。
もはや、生きているのが不思議なくらいだった。
決着がついた直後、周囲が暗幕に包まれて世界と隔絶される。
「これで部外者に見られることもないね。皆、こっちに来なよ」
それを皮切りに複数の足音が響く。
「はぁー、面倒だったわねぇ、ホント」「そだねー」「ククッ、いい気味だぁ」
白髪の美人を中心として、両側に笛を持った青年と青いマントを羽織った陰気そうな小男がやってきた。
「というより、近づいて大丈夫なわけ?」
「問題ないよ。もうアレを使うだけの余力はないはずさ」
ジェインがいつの間にか、彼がルクスを挟んで正面に移動し、会話に混ざっていた。
「感動の再会だね。少しだけ話をさせてあげよう」
ジェインがレナを解放した。彼女は重症の兄をまじまじと眼に焼き付け、急いで駆け寄った。
「お兄ちゃん、しっかりして!!」
「レナ。に、逃げ、ろ……ぉ」
「喋っちゃダメ! 今、回復するから――」
懐から小さな杖を取り出して、傷の回復を行おうとするレナだったが、小男が薄気味悪い笑みを浮かべ、
「おおっと。美少女だからってそれはいけないんだぞ〜」
手のひらから出した雷の魔法で彼女の手の甲を撃ち、杖を弾き飛ばした。
レナは顔を上げ、改めて彼らを見つめる。未だに混乱している少女だったが、転がる兄とやってきたメンバーたちを何度も交互に見やり、おずおずと口を開く。
「お、お兄ちゃんの冒険者パーティの。……なんで、こんなことを」
当然の反応である。目の前に並んだのは兄の仲間だったのだから。
白髪の美人ことレインがジェインのほうを見て尋ねる。
「どうするぅ?」
クスクスと意地悪く問いかける女にジェインが軽く笑ってから、
「多少のネタバラシなら大目に見るよ」
と許可を出す。レインがはっ、と笑みを湛えてレナを見下ろした。
「アンタの兄さんはね、表向きは冒険者だけど裏では人殺しをやっていたのよ」
「え……⁉」
レナの顔が驚愕で染まる。
「正しくは裏社会の汚れ仕事ってヤツだねー。上から命じられれば、どこの誰であろうと始末する、ドがつくほど底辺の仕事だよねー。それをここ数年、君のお兄さんはやり続けてきたってわけなんだ。んー、一体どれくらい殺したんだろうね? 軽く百は越えてるかなー」
普段のように語尾を伸ばしながらロバートがケラケラとせせら笑う。釣られるように青マントの小男がクハッ! と声を出した。
「あぁ、なんと不憫なのだろう。もしよかったら俺が慰めてあげようか? クキキッ!」
「……」
洪水のように流し込まれる情報にレナの頭はパンク寸前だった。
都合の良いことばかり言いやがって。ルクスが反論しとうよするも、激痛でそれどころではない。
三人が嘲笑する中、そこにエルヴィスが近寄り、
「オレらも同じ穴のむじなだろーがよ」
と皮肉をこぼした。
「ちょっとエル、そういうこと言わないでよっ」
思わぬところから指摘を受け、うろたえるレイン。図星だった。
「ふふっ、確かにね」
ジェインが笑顔を見せ、レナをみやる。
「実を言うと僕たち全員、裏社会でも活動してるんだ」
「はぁ……? Aランクパーティが、裏社会で……」
ますますわけが分からない。顔にそう書いてあった。
「それには色々と事情があるんだけどね。そこは話すと長くなるから割愛。でもって、君のお兄さんの話だけどさ。どうしてお兄さんはそんな悪事に手を染めたと思う?」
「え……」
言われてみれば、この男が進んで悪行に手を染めるわけがない。何かしらの事情があったに違いないのだ。
それは一体……? レナの中で疑問が生まれるも、一つだけ思い当たる節があった。
「もしかして。あたしが、原因……」
独り言のようにつぶやいた。ジェインの口角がつり上がる。
「そうだよ。君が原因さ」
「よ、よせ……ジェイン」
会話を静止しようと震える体にムチを打ち、必死に右腕を伸ばすも。
「言うことを聞かなきゃ妹を殺すと脅されて無理やり従わせられたのさ」
無情にも言葉が紡がれた。
絶句したレナがルクスのほう向いた。
「すまない……」
目が合った瞬間、彼は謝罪の言葉を漏らし、視線を逸らす。それがすべてを物語っていた。
「泣けるよね。妹の学費のために好きでもない冒険者になって、コツコツ資金を稼いでいたら、目をつけられて悪事に加担させられてしまうなんて。ふふっ。でも――それもまた人生だよね」
笑顔で語りかける銀髪の少年。真実を知った彼女の両目から涙が溢れ出た。
「そ、そんなぁ……」
少女から絶望が絞り出される。希望を失い、打ちひしがれるその姿にジェインの顔が喜び一色に染まった。
真相をバラしたのはこれが理由か。優男の本性にさすがのレインも引いたようで。
「アンタってホント悪趣味よねぇ。そういうところはロバートやイザベラといい勝負だわ」
「呼んだか? レイン」
「うわっ、いつの間に」
新たに後方から黒装束の女が現れた。長身で目元を隠した姿が印象的な人物。黒魔法の使い手イザベラだ。彼女はレインら三人の横に並ぶ。
「喋りすぎだ、ジェイン。彼が怒るぞ」
すかさずイザベラがジェインを咎めた。口の軽さは自分たちの首を絞める。当然の発言だ。叱られた本人はうんうんと頷いて。
「わかっているよ。だけど仲間の親族だからね。親切にしたくなるだろ。人情ってヤツさ」
なんの悪気もなく言ってのける。これが彼の常套句だった。
まったくこの男ときたら。黒い魔女はため息を吐いた。会話が途切れたところでレインが尋ねる。
「で、どうすんのよ」
「ん? 予め決めていたと思うけど」
ジェインが即答するが、聞きたいのはそうではない。
「わたしが聞きたいのは誰がコイツらを始末するのかって話。のんびりする時間はないんでしょ?」
「そうだね。じゃあ、やりたい人いる?」
「「わたし(俺)がやる」」
二人が手を挙げた。レインとマルコだ。
「はぁ? なんでアンタが手を挙げてんのよ?」
「俺だってストレス発散したいくらいときがあ、あ、あるんだ!」
吃りながらも意見するマルコ。彼はレナを視界に収めつつ、どこか興奮していた。
レインの目が細くなる。
「ストレス発散? ただ遊びたいだけでしょ。キモいから引っ込んでなさい」
「い、いや、今回だけは譲れん! この娘は、私の手で天国へ連れていく!!」
「マジキモい。失せろ」
男の妄言を切って捨てたのち、レインは体を捻って反動をつけ、小男の体を蹴り飛ばした。ぎゃあ、と情けない声を上げながら大地を転がっていく男を他所にレインが前に出た。
「うふふ」
そうして兄の隣に寄り添うレナを見下ろすように立つ。
「アンタ。かわいい顔してるじゃない。わたしには遠く及ばないけど」
「ッ……」
目の前にいる女はつり上がった目元と不遜なオーラが絶え間のない威圧感を生むも、美人という謳い文句に恥じない容姿をしていた。しかし、そんなことを考える余裕などレナにはなかった。
「……レナ、逃げろっ」
地面に手をつき、体を起こしながらルクスが語りかけるも、気が動転している妹には届かない。
「あらあら、まだ動けるなんてね。すごい生命力――まるでゴキブリだわ」
未だに妹を逃がそうと足掻くルクスにレインが吐き捨てる。当然ながらこの女にも人の心など備わっていない。
ゴキブリ。兄を揶揄され、心の底から熱い物が溢れてくる。やがてそれが爆発して自身を縛っていた恐怖を越えた。
直後、レナは体内の魔力を瞬間的に膨張させる同時に立ち上がって、レインの正面に陣取って、
「人の家族を――」
両手のひらを正面にかざし、
「バカにするな!! エアブラスト!!」
手のひらから中級魔法をぶっ放した。
「なっ⁉」
至近距離からみぞおちに浴びせられる風の大砲。無防備な状況からの一撃はAランク冒険者パーティの一員であっても躱すことができず、まともに直撃し、クズ女は派手な衝撃音とともに後方へ吹き飛ばされる。
いきなりの展開にジェインたちが目を丸くした。
「家族を利用して無理やり言うこと聞かせるなんて、アンタたちは人のクズよ!! そんなのとあたしの兄を一緒にしないで!! フレイムスロワー!!」
「お、おっ⁉」
そう言って、彼女はジェインに向けて左手で火炎放射を叩き込み、その他のメンバーには右手で出の早い雷魔法を連続で撃ち込む。
マルコたちも対応が遅れ、魔力を放出させて防御に徹する。
呼吸を整えたルクスが一気に立ち上がり、妹の手を引っ張った。
「逃げるぞ!」
体力も魔力もほとんど回復しておらず、スキルを使う余裕はない。
それでも走る以外の選択肢が思い浮かばなかった。しかし、簡単に逃がしてくれるような相手ではなく。
「に、逃がすものか!」
皆のところに戻ったマルコが手をかざし、狙いを定める。するとルクスの傷口から植物が発芽し、急速に成長した。
「グッ! アイツ、いつの間に」
ルクスは成長する植物の根っこを掴み、ためらいなく全力で引っこ抜いて地面に投げ捨てる。芽の先端から血が滴り、小さい肉片が付着していた。
「なにあれ⁉ 植物魔法⁉」
植物を操る魔法は存在するもごく短時間で種を発芽させて成長させる魔法など学校でも聞いたことがない。
「魔法じゃない。ヤツのユニークスキルだ」
「ユニークスキル⁉」
妹が驚いたように声を上げた。
「そうだ。しかもアイツだけじゃない――」
「オレら全員が持ってんだよ」
答えているうちにエルヴィスが二人を追い抜き、振り返って行く手を塞ぐ。ルクスは右手に持った剣で斬りかかったが、短刀一本で軽々と受け止められる。
「……力を使うまでもねぇな」
先ほどのような力はまだ出せない。レナの手を引いて、エルヴィスを避けるよう左手に走り出す。
暗幕のかかった空間から脱出すれば、通りすがった冒険者にでも助けてもらえるかもしれない。一縷の望みをかけ、ルクスは外側を目指す。
その姿をエルヴィスが見つめながら、
「無駄だ」
と言った。
それから間もなくのことだ。ルクスの正面の暗幕がヌルっと揺れた。誰かが入ってきたようだった。
「お兄ちゃん、あそこ、誰かいる!」
偶然入ってきたのか、それとも異変を感じ取って誰かが様子を見に来たのか。妹は助けかなにかだと思った。しかし、ルクスは。
「アレは――」
脳裏に浮かぶ青文字が告げていた。そう――、
「アイツだ……ッ」
それがスタートラムの中核メンバー、最後して最強の男であるということを。
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