第6話死者にふさわしい星に住む君へ(宇宙×人×感傷)

 死んだ時のために日記を書くというのは、けっこう珍しい慣習らしい。

 というのを、転校生の宙(そら)から聞いた。


「はじめまして、宙と言います。宇宙の宙でそら。よろしくお願いします」

 

 転校初日の自己紹介でそう名乗った彼。僕らは、くすくすと笑ってしまう。宇宙になぞらえた名前。年寄りみたいで古臭かったからだ。


 宇宙に進出してもう何世紀もたっているんだ。今どき、宇宙に思いをはせるなんてダサくて誰もしない。宇宙人だって見つからなかったのだ。宇宙にロマンなんて残っていない。

 それでも、父親の長距離輸送船で惑星から惑星に移動する生活をしている宙の話は面白

かった。


 席が隣の縁で、お昼を一緒に食べるようになり、登下校も一緒にするようになり僕は宙のことが好きになった。

 陽気でいつもニコニコしている宙は人を楽しませるすべに長けていて、大人しい僕でもつい話したくなるような子供だったのだ。


 僕の家に宙が寄り道をした時。僕の机には日記が開きっぱなしで置いてあった。


「それって日記だよね? 気になってたんだけど、もしかして皆書いてるの?」

「そうだよ。これが記録で記憶になるんだ。死んだら皆、これを大切に置いておくんだ」


 持ち歩いてこまめに書いている人の方がおおいけど、僕は家で一日を思い出しながら書く方が好きだった。


「へぇ」と言って宙が日記のページをめくろうとしたから、僕は大慌てでそれを取り上げた。


「やめろよ」

「なんだよ。ちょっとくらいいいだろ。皆、見せあっているだろ」


 日記を交換したり見せあったりするのがこの星での友情や愛情の示し方だ。宙はどこかでその場面を見たのだろう。

 一瞬、宙になら見せてもいいかなと思ったが、すぐに思い直す。


「恥ずかしいんだよ。死んだらいくらでも見ていいけど、生きてるうちは嫌なんだよ」


 珍しく僕がはっきりとした口調で断ったからか、宙は笑いながら「ごめんね」と謝った。

 そこから宙はいかにこの慣習がいかに珍しいか僕に教えてくれた。

 

「色んな星で色んな知らない慣習を聞いたけど、初めて聞いたよ。とっても素敵な習わしだね」と宙はため息をついた。


 僕にとっては珍しくもない、当たり前のこと。それを宙が素敵だと言って僕はむずがゆくなった。

 なんせこの星の人の居住地は狭い。新しいコロニーの建設はずっと続いているけれど、惑星の環境が過酷すぎてなかなか進まないのだ。

 死んだ時、この星の人は機械に放り込まれ、炭素だけをとりだされダイヤモンドなんかに加工される。資源活用のためだ。

 だから、遺骨や遺灰なんてものは残らないし、墓標も特に立てない。そのかわりの日記だったからだ。


 それとーー。

 

 僕らが日記を書き続けるもう一つの理由。僕はそれを宙に教えてあげる。


****


 梅雨がきた。僕らの星では、数年に一度、雨がふる。


 コロニーを覆う透過ドームに当たる風が徐々に減って、ある日無風になる。ごうごうと砂嵐が吹き荒れる大地が一時、静かになるのだ。

 僕らはその時を固唾をのんで待っている。

 ポツリポツリとドームの天井に水があたりだす。それが梅雨の合図だ。


 乾いた大地から何年もかけ水蒸気が空に集まって一斉に雨となってふってくる。これが僕らの言う梅雨。

 この雨には高密度に電子が溶け込んでいる。その電子はこの星の記憶全てにアクセスでき、きっかけさえあれば、あらゆる過去をみせてくれるのだ。

 これが僕らの死者への弔いになる。アクセスのキーになるのはもちろん、僕らの日記。

 死者に会いたい人はこの時期、ドームの外にでて故人の日記を開くのだ。


 僕も環境保護服を着こんで外にでる。


 重く垂れこめた雲。雨粒が身体にあたり、その音が全身をおおった環境保護服に反響して僕の耳にしみ込んでくる。

 今の雨粒なのか、その前の雨粒なのか分からなくなるくらい重なりあう雨音。


 宙。彼は梅雨が来る前にまた転校してしまった。今度は地球の近くにまで戻ると言っていた。大きなお父さんの輸送船に乗り込む彼を見送りに僕も行く。


 宙は僕を見つけて「手紙をおくるよ」とメールアドレスを渡してきた。


「君、だけ。君と話をするのはとっても楽しかった。また、面白いことがあったら。いや、何でもいいや、日記みたいに君におくるよ」


 そう言われて僕もメールアドレスを教える。僕と宙はそれから一度もあっていない。

 日記のように送ると言われたメールも毎日来たのは最初だけで、一週間に一度となり、一か月に一度となり、半年、一年と疎遠になる。

 僕の方も宙の姿も声も徐々におぼろげになり、大きくなるにつれ遠い記憶の欠片となっていった。


 大人になったある日、デバイスを開くと一件のメール。懐かしい彼からの連絡だった。

 正確には彼の家族からの知らせ。


 そこには、不慮の事故で彼が死んでしまったこと。彼の遺品を受け取ってほしいこと。その遺品はもう宇宙便で送ったということが書かれていた。家についた遺品を見て、僕は彼がしてほしいことが分かってしまう。


 僕の名前が大きく一ページ目に書かれていて


『死者に相応しい星に住む君へ。これを渡す相手は君しか思いつかない。だから、どうか受け取ってほしい』


と伝言もあった。いや、遺言かな。

 僕は子供のころの記憶を引っ張りだし宙を思い出す。そして、僕は日記を見せなかったことを後悔した。

 たしかに彼とは友達だったのに。


 だから、僕は宙の日記を雨の中開く。


 雨粒はキラキラと光りながら日記の文字を読み込んでいく。電子と電子がぶつかりあって目視でもわかるくらい電気を帯びている。


 顔をあげると、雨がスクリーンになって僕と宙の幼い姿が浮かびあがる。

 

 笑っている。楽しそうに。


 雨は悲しみと切なさと感傷をはこんでくるのだと言う人がいたが、僕も今、それを実感している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕らの物語 東雲ひつじ @sheep4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画