第5話ブラック・ジャックは人造人間の夢をみる(未来×人造人間×自殺)




JA46は電動ベッドに横たわった子供の胸から延びたコードを一つずつ抜いていく。


ちょうど肋骨の位置にある開閉蓋を閉じる前にこの子の「柱」を確認する。


銀色に光る筒状の「柱」は成人男性であるJA46の片手にちょうど収まる大きさで有機人類の心臓がある位置にある。

「柱」は特殊な金属錯体でおおわれており、その中には滅んでしまった天然人類から無作為に抽出された個人の生態コードが収められている。


「柱」が適切に起動することで無機人類は心を持つことができるのだ。


この子の「柱」も他の「柱」と同じように小さなライトが鼓動するように規則正しく点滅している。念の為に診断コードを二度走らせたが結果は同じだった。


「問題なしですね」


服を着なおした子供は簡素な丸椅子に座っていて、その後ろで子供の両親がJA46の診察を聞いていた。


「でも先生」


ファイルからJA46は母親に視線をうつす。眉をひそめているがそれは心配からだろうか、それとも不安だからだろうか。


「もう機体を三度も壊しているんです。異常がないなんてことは考えられません」


「自殺症ですよね。でも、これは特に治療法がないものでして、他の病院でも言われたと思いますが」


有機人類JA46にとって無機人類の多彩な感情表現はなんとも捉えどころがないのだが、それでも医者として最善を尽くしたい気持ちは彼らと同じだ。


「先生の噂は聞きました。非公式な治療でも構わないんです。この子がまた元気に毎日暮らせるなら」


「分かりました、入院されますか。それならもう少し精密な検査もできますが」


よろしくお願いしますと、言ったのは父親だった。その横で母親もうなずいたので、子供の検査入院はその場で決まった。


「先生の名前聞いてもいい?」


二人きりになると、先程までの大人しさがなくなった子供が身を乗り出してきた。


「JA46だ。君はシマダ ケイイチロウだったね」

「JA? じゃあタロー先生だね」


過去の無数の人類の一人を具現した無機人類と違い、有機人類は天然人類が滅亡の間際に慌てて創ったクローン体が始祖となっているので個体識別名が少ない。

特に日本人であるJAクローンは一人から生まれており慣習的にタローと呼ばれている。


「その名前好きじゃないんだよな」


JA46は無機人類患者とやるお決まりのやりとりにため息をついた。

JA46にとって名前とは区別するためにあるものでわざわざ天然人類風に呼びかえる必要性は感じない。けれど、無機人類は決まって


「そんなの素っ気なさすぎて機械みたいで呼びにくいよ」


と、この子のように無邪気に言うから、JA46も結局、勝手にしろと肩をすくめるのだ。


※※※


学校だろうか。コンクリートの建物の前には広く空き地がとられている。


この年齢くらいの子供の心象風景にはよく出てくる場所だ。


カラスになったJA46は軌道を調整しながら、建物のまわりをクルクルと回って子供を探す。


三階の窓からカーテンが風をふくんで外に広がっている。近づくとシンイチロウが窓のヘリに足をかけていた。


「飛び降りるならもっと高い方がいい」


シンイチロウの肩にとまり、耳元でささやいてやると彼は地面から目をそらし、教室に身体を戻した。


「これで15回目の自殺だったな、いや初めての自殺未遂かな」


電車に飛び込む、首をつる、水死、凍死……彼はあらゆる方法で自分の最後を決めた。


けれどここは彼の心象風景の中で、現実の死ではない。


現実のJA46とシンイチロウは、ベットに横たわっているだけだ。


むき出しになったシンイチロウの「柱」とJA46の脳信号をコードで繋ぎ、シンイチロウの心にJA46がお邪魔させてもらっている。


「機体を替えられるとずいぶん思い切りがいい」


JA46はくちばしを器用に動かしてちゃかしてみる。


「自暴自棄になることはなさそうだよな、先生は」


「ないな。正直なところ自殺症にかかる君たちの気持ちはちっともわからん」


「でも好きなだけ死んでいいと言ったのは先生だよ」


「まあ、それが私の見つけた治療法のひとつだからな。続けていればそのうち飽きる人もでてくるんだよ。そうすれば日常に戻ってもそんな気持ちにならなくなる」


こうやって「柱」に直接アクセスすることは医療行為としてギリギリ合法なのだが、医者自体が心象風景にまで入りこむこと自体は決して褒められたことではない。


「これでも治らなければ? 」


さっきまで死のうとしていたとは思えない無邪気さでカラスの羽をなでるシンイチロウに首をかしげた。


頑丈な身体に包まれた繊細な心をもった無機人類。その治療をできるのは有機人類だけというのは皮肉めいている。


絶滅にひんした時に生き残った有機人類の始祖たちは皆、強靭な精神を持っていたらしく「自殺病」に対して不可解でしかなかった。


有機人類にとって「死」は一度しか訪れないとものであり、終わりを選択すること自体考えられなかったからだ。


JA46は過去の文献を辿り、「自殺」とは抽象的概念ではなく実際に個人が選択した事象であることを確信し、心が満身創痍で生きていた人がいたことも理解している……つもりだ。


シンイチロウの過去の人生にもそんなことがあったのかもしれないが、元になった生態コードにはさすがに直接アクセスは出来ない。


だから、何が彼を「自殺症」に導いているのかはこうやって心象風景に入り一つずつ探していかなければならない。


「今度はどこに行こうかな」


「まだ飽きないのか?」


ニコリと笑うシンイチロウが闇に消えた。


今度はどこに行ったのか…………。


彼の病が治るまではもう少し時間がかかりそうだ。JA46はため息をついて、羽を広げて暗闇に飛び立った。

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