第11話 あの雨の中での時のように

 あれから数日が経った。


 アーリヤたちを説得してから学業を済まし、宮殿に戻った私たちは時戻りの短剣を確認した。短剣は粉々に砕けており、もう使うことはできないように思える。父に頼み修復の伝手を探してもらっているが、修復は難しいだろう。


 短剣はそんな感じとして、アーリヤたちの処遇についても父と話し合った。結果、クリードは国に戻され、アーリヤには常にフラム王国の騎士がついていることになった。アーリヤの行動は制限され、常に監視下に置かれることになる。


 また、クリードやアーリヤ、メソメールの国で何か怪しい動きがあればヌビス王子暗殺未遂事件の全てを世間に公表することになっている。そうなれば周辺の国、とくにファラミッドの国王が黙っていないはずだ。


 フラム王国はメソメールの王女を人質にとり、弱みも握った形になる。その結果に父から言うことは無いようだ。


 それと、父と話したのは特に大事な話。フラムとメソメールの二つの国を結ぶ水路についてだ。


 二つの国を結ぶ水路の工事にファラミッドや周辺の国々の力も借りる。そうすることで工期をずっと早くでき、工事に協力してくれた国々には、水路を使う際にいくつかの特典を与える。


 工事について、そのような話を、周辺国の王たちを招いて話し合う。いくつもの国々が力を合わせれば解決できない問題は無い。私は、そのように父を説得した。


 そんな重要な話をしている間も、兄は話しに興味がない様子だった。兄にはもう少し、国のことを真面目に考えてほしいものだが、今は良いだろう。


 アーリヤたちに確認をとったのだが、給仕の女はメソメールで暗殺家業を行っていたらしい。国で捕まり、死刑を待っていたところ、今回の暗殺計画に手を貸す代わりに刑の執行から許されていたようだ。


 結果として給仕の女は口封じのために殺された。アーリヤがおびき寄せ、クリードが氷の矢で射ぬいたという。女を殺した経緯は私の推理の通りだった。


 ヌビス王子はここ数日特に大きな変化は無い様子だ。私やシャルルに挨拶をして、いくつか話をすることもある。が、流石にアーリヤとは最低限の話しかしていない。まあ、暗殺計画を企ててた相手だからね。流石に仲良くしろと言うのは難しい。


 そして、私とシャルルはと言うと。


 今日は学業も無く、私とシャルルは宮殿の庭園にある、あずまやで向かい合い、話をしていた。庭園は草花で色づき、辺りに人の姿は無い。


 あたたかな日差しが気持ち良く、のどかな雰囲気に気分が安らぐ。今日はそんな日だ。


 今日、私はシャルルに言うべきことがある。その言葉を、どのタイミングで切り出そうかと考えていたところ。


「姫様、何か話したいことがあるのではないですか?」


 そうシャルルから言われてしまった。いきなり気持ちを言い当てられて、ドキリとしてしまう。


「……よく分かったわね。その通りよ」

「これでも長い付き合いですから」

「そうね。長い付き合いだものね」


 私は指で髪を巻き、少しの間を置いてから話を始める。


「シャルル。聞いてほしいの」

「はい」

「私は、あなたが……シャルルが好き」

「……え?」


 突然の告白にシャルルは戸惑っていた。その様子が年相応の少年のようで可愛らしい。


「えっと、その。姫様、僕たちは騎士と姫の関係です。その気持ちは大変嬉しいですが」

「そうね。私たちは姫と騎士の関係よ。だから、私たちは一線を引いて付き合わないと行けない」

「そう、ですよね」


 シャルルが寂しそうな顔をする。そんな彼に私は伝える。


「それでも、あなたが好きだと言う気持ちは伝えたいと思ったの。これが叶わない恋だとしても、せめて、あなたには私のそばに居てほしい。そんな私のわがままを、あなたは聞いてくれるかしら」


 シャルルは寂しそうな顔のまま頷いた。


「ええ、僕はいつでも、あなたのそばに居ます」

「ありがとう、シャルル。だから、これは大好きなあなたへのご褒美」


 私はシャルルに近づき、その頬にそっと唇で触れた。一瞬の後、私が顔を離すと、そこには頬を真っ赤に染めた少年の顔があった。青い瞳が私のことを見つめていた。


「姫様……今のは」

「私はシャルルが好き。その気持ちは絶対に変わらない。そのことを、あなたには覚えていてほしい。私はあなたの全てを絶対に忘れない」


 彼がまた暴走したりすることの無いように、私の思いを全て伝える。


「ねえ、シャルル。お願いがあるの」

「何……でしょうか?」

「一度で良いから、私のことを名前で呼んでほしい。ただ、マリーと」

「それは……」

「お願い。あなたが私のことを好きでいてくれるなら、一度で良いから。そう呼んでほしい」


 シャルルは戸惑いながらも、やがて私の瞳をしっかりと見る。そして。


「……マリー」

「ええ、シャルル。ありがとう」


 その時、天気雨が降り始めた。今、私たちの姿を見ているものは居ない。


 だから。


「シャルル。好きよ」


 雨が降る庭園の中、あずまやの下で、私たちはそっと唇を重ねた。あの雨の中での時のように。


 今、この時も、私たちは恋人だった。

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異国の王子を救ったら彼に惚れられてしまいました。私の可愛い近衛騎士様は王子に対抗心を燃やしているようです。そんな、あなたが本当に可愛い あげあげぱん @ageage2023

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