第10話 説得
私の視線の先には激しく剣を交える四人の姿がある。凄まじい速度で切り結ぶ四人をまずは止めなくてはならない。
「やめなさい!」
私が叫んでも四人は動きを止めない。いや、止められないのだ。下手に動きを止めれば目の前の相手に殺されるからだ。
「四人とも! やめなさい!」
そう叫んでも、やはり四人は止まらない。
どうしたら四人を止められるだろう。悩んでいるうちに状況が変わる。
「姫様がやめろと言っている!」
シャルルがクリードの首に剣を突きつけていた。それを見てアーリヤの動きが止まる。ヌビス王子は瞬時に状況を理解して、攻撃の手を止めた。
「姫様、これで良いのですよね?」
クリードから目を離さず訊いてくるシャルルに、私は「ええ」と答える。ここからは私の出番だ。
「アーリヤ。まずは話し合いましょう。私たちは話し合いを望んでいるわ」
「話し合い? 何を話し合うというの?」
アーリヤからすれば、怪しまれている時点で殺すつもりなのだ。だけど。
「あなたたちの殺しは手段であって目的ではないでしょう?」
「それは……そうよ。でも、話し合いをしたところで何が変わるというの?」
「それは話し合ってみないと分からないでしょ」
「私とクリードの目的も知らないくせに」
アーリヤは私たちに敵意を向けている。まずは、この敵意をどうにかしないといけない。
「じゃあ、あなたたちの目的を当てて上げる」
アーリヤたちの目的、彼女たちが求めるもの。そのヒントはこれまでにあった。あとはヒントを便りに答えを当てれば良い。
「あなたたちの目的は、あなたたちの国に無いもの。というよりは無くなろうとしているもの」
「それが何か分かるっていうの?」
「分かるわよ」
アーリヤたちはメソメールの民。メソメールに無くて、フラムやファラミッドの国に有るもの。それは。
「水、でしょう?」
アーリヤの眉が動いた。クリードの表情に変化は無い。
「あなたたちは水を求めている。国の水が無くなろうとしているから。そのために私たちの国にある多くの水を狙っている。膨大な水を」
「確かに、私たちの国は水不足に悩まされているわ。フラム王国との間で水路を引く計画はあるけれど、それじゃあ間に合わない。水がなくなる予測に対して工期が短すぎる」
メソメールの水がどの程度で無くなってしまうのかは分からない。
「ちなみに、水はどの程度で無くなる予想なの?」
「それをあなたに聞かせる必要がある?」
「聞かせて。私は真剣に、あなたたちの悩みに寄り添いたいの」
アーリヤは難しそうな顔をする。悩んでいるようだ。
「聞かせて」
「……分かったわ。あと五年。持たせて十年っていうところよ」
「なるほど」
だいたい予想通りというところか。数十年の予定の工事では、とてもじゃないが間に合わない。
どうしたものか。と考えていた時、ヌビス王子が首をかしげた。
「分からないな。確かにフラムとファラミッドには雄大な河が流れている。メソメールが水不足に悩んでいるという話も分かったわ。だが分からないことがある」
「何が分からないのです? ヌビス王子」
「なぜフラムの国から水を奪うのに、ファラミッドの王子を暗殺する必要がある? 俺には分からないな」
「それは簡単な話ですよ。あなたがファラミッドの国王に、あなたのお父様に愛されているからです」
私の言葉を聞いても王子は首をかしげている。
「俺が愛されていると、どうしてフラムの水が手に入るんだ?」
王子には詳しい説明が必要なようだ。アーリヤとクリードも大人しくしているし、ここは説明をさせてもらおう。
「ヌビス王子はお父様に深く愛されています。王子が亡くなれば一つの国を滅ぼすほどに」
「そんなまさか」
「まさかではありません」
ひとつの未来では、私たちの国はファラミッドによって滅ぼされたのだから。
「そして、アーリヤたちは、その愛を利用しようとした。フラムとファラミッドを争わせ、メソメールは戦争のおこぼれにあずかる。そうやってフラムの土地を、水を奪おうとしていたのでしょう? アーリヤ」
アーリヤは静かに頷く。
「マリー王女。あなたには何でもお見通しなのね。まるでその未来を見てきたみたい」
見てきたからね。その未来を。
「アーリヤ。あなたたちの目的はフラム王国の水。それを手に入れるための手段として、ヌビス王子を暗殺し、フラムとファラミッドを争わせようとした。間違いないわね」
アーリヤは目を閉じ、全てを諦めたかのように目を閉じる。
「ええ、間違いありませんわ」
彼女の攻撃的な雰囲気が消えた。ここから、話し合いができそうな空気だ。
「アーリヤ。あなたは私の友達よ。この学園で、初めての」
「だから、なんだというんです?」
「私はあなたたちも救いたい。どうにか、あなたの国を救う手段を考えたい」
「そうは言っても、ですよ。水路を引く工事は間に合わず、ヌビス王子の暗殺にも失敗した。国のため私にできることは無くなったんです」
「いいえ、無くなってなんかいない!」
私の言葉にアーリヤが目を開く。
「工事を絶対に間に合わせるわ。二つの国では無理でも、三つの国の力を会わせれば、きっとなんとかなる!」
私は王子に視線を向ける。彼は方をすくめて言う。
「そうだな。ファラミッドの力も合わせれば、それだけじゃない。周辺の国にも協力を呼びかけてみよう。一度ならず二度までも命を救ってくれた姫の頼みだものな」
「あなたの命を救ったのは一度だけですが」
「今回も救ってくれたろ。マリー王女」
「なら、話は決まりね」
そこまで話していたところでアーリヤが「なんで」と言った。彼女の言葉は続く。
「なんでそこまでしてくれるんですか!? 私たちはあなたたちを殺して、利用しようとしたのに」
「まだ殺されてないわ。少なくとも私やヌビス王子はね」
給仕の女は死んだままだが、奴は暗殺者だからね。
「それに、あなたたちの国に水路を引くのは私たちにも、それにファラミッドにも得になる話なのよ」
「おや、そうなのかい?」
王子はとぼけているのか、本気で分かってなかったのか。まあいい、説明しよう。
「フラムからメソメールに水路を繋げばファラミッドとも、一つの水路で繋がるわ。そうすれば三つの国の間でものを運びやすくなるでしょう。これだけ広い水路なら周辺の国にも影響があるはずよ」
「そうすれば俺の国の周辺でも影響がある。ファラミッドから工事に手を貸すのは最終的に得になるのさ」
なんだ。王子も分かっていたんじゃない。アーリヤたちに納得させるために、私に説明させたわね。
私はアーリヤを見る。彼女も私を見ていた。
「シャルル。もういいわ」
「はい」
シャルルはクリードの首から剣を離し、ようやく彼は解放される。
「マリー王女、私は……」
アーリヤはどうするべきか悩んでいるようだった。このまま、彼女に何の咎めも無いのでは、彼女が辛いのかもしれない。
「アーリヤ、あなたたち罰を受ける気はある? 命までは取らないわ」
「あなたの決定にしたがいます。マリー王女」
「分かった。じゃあ」
その後、教室には私とシャルル。ヌビス王子だけが残された。王子は私に訊いてくる。
「本当に良かったのか? あんなことを決めて」
「私は姫様よ。それに、ちゃんとした話はあとで父とするもの」
「二人が逃亡するとは考えないのかい?」
「信じるわ。彼女は友達だもの」
王子は「そうか」と言って頬を掻いた。
「しかし解せないのは」
「解せないのは、何ですか?」
私が訊くと王子は腕を組みながら首をかしげた。
「今日は本気で死ぬかと思った。地元じゃ負け知らずだったんだが」
「ああ、それは……」
言うべきかどうか迷った。そんな私を見て王子に「思うことがあるなら言ってくれ」と言われたので。
「おそらく、ファラミッドでは相手に手を抜いてもらっていたのでしょう」
そう言った。
「ははは、やはりそうか」
王子は笑い、肩をすくめ「では、また」と言って教室を出ていった。
最後に教室に残ったのは、私とシャルルの二人だった。シャルルは私に微笑む。
「一件落着ですね?」
「きっとね」
「では、僕たちはどうしましょうか?」
「とりあえず、次の授業が始まるまでお話でもする?」
「それは良い考えですね」
私たちは席に着き、他愛の無い世間話を楽しむのだった。
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