第9話 再びの死に戻り

 シャルルを説得した後、私たちは宝物庫へ移動した。そこには時戻りの短剣が安置されている。


「あったわ。時戻りの短剣」

「それを……使うのですね姫様」


 私はシャルルを見る。彼は寂しそうな表情をしていたけど、もう私を無理やり止めようとしたりはしない。


「……僕との記憶を連れていってくれるのですよね?」


 不安そうな彼に私はしっかりと答える。


「連れていくわ。あなたとの記憶を。私は今ここに居るあなたを絶対に忘れない」

「そのことが聞けて、少しだけ安心しました」


 シャルルの内心は複雑だろう。けれど、私はこのフラムの国を救うため、ヌビス王子たちを救うために止まるわけにはいかない。


「最後に、聞かせてください」

「何かしら。シャルル」

「姫様はクリードとアーリヤも救うつもりなんですよね……しかし、あの二人は……」

「おそらくあの二人はヌビス王子と相討ちになった。その意味が分からない私じゃないわ」

「だったら……」

「それでも、友達を救いたいの」

「……分かりました。僕は姫様を信じます」


 その話はそこで終わりだ。私は時戻りの短剣を手に取り、自らの胸に向けて構える。その様子をシャルルは静かに見守っていた。


「シャルル、さようなら」

「いいえ、姫様。また会いましょう」

「……そうね。また会いましょう」


 私は勢い良く、短剣を自らの胸に突き刺した。その瞬間、パキンッと金属の折れる音がした。


 一瞬の暗転の後、私はシャルルと廊下を歩いていた。ほどなくして、私たちの横をヌビス王子が通り抜けていく。今度の私は動きだすのは速かった。急ぎ王子の後をついていく。


「姫様!?」


 私の動きにシャルルが驚きながらもついてくる。


「シャルル。後であなたに言うことがある。でも、今はヌビス王子を追うわよ」

「分かりました。姫様を信じます」


 ヌビス王子は早足で歩いていたが、急いで追いかければ、すぐに追い付くことができた。王子は私たちを見て驚いたような顔をする。


「マリー王女。授業があるのではないか?」

「それはお互い様でしょ」


 とっくに授業の開始を告げる鐘は鳴っている。今は授業を受けるどころではない。


「王子様、私とシャルルは意地でもあなたについて行くわよ。そう決めたの」

「危険だぞ」

「それでも、絶対についていくわ」


 早足で歩きながら、ヌビス王子は困ったような顔をした。彼はシャルルを見る。


「シャルル。マリー王女をしっかり守ってくれ」


 そう言われたシャルルはムッとした顔で。


「言われずとも、僕は姫様の剣であり盾です。姫様はこの命に変えても守ります」


 私を守ると宣言した。


 ヌビス王子はうんと頷く。


「よく言った。それでこそマリー王女の騎士だ」

「それはどうも、ですが今の状況を教えてください。王子様と姫様はどちらに向かっているのですか?」

 

 シャルルの言葉を聞いてヌビス王子は呆れたという顔をした。


「俺がどこに向かっているのかも知らずに、ついてきているのか? いいだろう。目的地についてから話してやる。待ち合わせた相手が来るまでに時間はあるだろうしな」


 少しして、私たちは東館までやってきた。周囲に人の姿はなく、明日から工事が始まることを伝える張り紙と、侵入を妨げるように置かれた柵が増えている。


 ヌビス王子は柵を悠々と乗り越える。あまり背の高い柵ではないので、乗り越えるのは不可能ではなさそうだ。ただ、長いスカートを穿いた私には難しいかもしれない。


「姫様、失礼しますよ」


 困っていたところ、シャルルの声があり、私の体が持ち上がった。どうやら彼にだっこされたらしい。なんだか、凄くドキドキする。


「シャルル……ありがとう」

「どういたしまして」


 私たちが柵を越えるのをヌビス王子は待っていてくれた。


「ああ、俺がマリー王女をだっこすれば良かった。ここは一度王女には柵の向こうへ戻ってもらって」

「急ぐのでしょう。行きますよ」

「う、うむ」


 シャルルに床へ降ろしてもらう。床がきしむ。早いところ工事をして直してもらいたい。好き好んで東館へ寄る人間は居ないだろう。私たちと、アーリヤたち以外には。


 とにかく、今は目的地へ進もう。


 東館をしばらく進み、私たちは目的の場所に到着する。そこは半円形の教室で、この学園では珍しくもないかたちをした部屋だ。広く、百人は収容することができるだろう。


「私たちのほうが先についたようね」


 まだアーリヤたちの姿はない。この後、ここでヌビス王子と争い三人は亡くなった。それを防ぐために私はシャルルを連れてここに来たのだ。


「ヌビス王子、あなたはここで何をしようとしているのですか。教えてください」


 シャルルの問いにヌビス王子は「そうだな」と答える。


「俺は独自に、今回の事件について調べていた。あのパーティーでの暗殺未遂から、給仕の女の暗殺について。その周辺で起きていたことについてもだ」


 なるほど。


「そして、俺の独自の調査ルートで、ある怪しい人物が浮かび上がった」

「その人物とは?」


 シャルルが問い、ヌビス王子が答える。


「アーリヤとクリードだ」


 やはり。


「給仕の女が暗殺された夜、付近であの二人の目撃した者が居る」

「私たちの調査ではそんな情報出てないけど」


 フラム王国の調査隊がその情報を持っていれば、すでに動いているはずだ。そんな私の問いに対し、ヌビス王子は不敵に笑う。


「何を隠そう。二人を目撃したのは俺なのだ」

「ああ、そういう……なんでヌビス王子があの付近に居たんですか?」

「俺独自で事件の調査をしていると言ったろう。昼は学業があるからな。事件の調査はそれ以外の時間にするしかない」

「今はこうして授業をサボってますけどね」


 私の言葉に王子は「いやいや」と答え。


「授業をサボっているのではない。授業より優先して重要人物に話を聞くのだ。今の東館は人も少ない。互いな話しにくいことも話せるだろう」


 そう言った。私には授業をサボると同じ意味に聞こえるのだが、王子の中では違うのだろう。というか、それで死んでいては呆れてしまうのだが。


「ともかく、あの二人は事件の重要人物だ。俺の感がそう言っている。二人も事件の調査をしていたなんて可能性もあるが、それなら仲間が増えて良しの結果だ」


 二人も事件の調査をしていた、なんてことはないだろう。でなければ王子たちが争ってお互いに殺し合う結果になんてならなかったはずだ。


 そう考えると、クリードとアーリヤはこの事件の犯人側の人間だ。問題は二人がどうして今回の事件を起こしたのかということ。


 私の考えが正しければ、二人の動機……それは説得のカードになる。


「……姫様?」


 ハッとして声のした方を見る。そこには心配そうなシャルルの顔があった。彼の青い瞳に私が映っている。どうやら、深く考え込んでいたらしい。


「私は大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」

「そうでしたか。安心しました」

「それよりシャルル。あなたに命令します」

「はい、なんなりと」

「私とヌビス王子、二人の命を必ず守りなさい」

「分かりました。この命に変えても」


 そんな話をしていると王子が不満そうな顔をして言う。


「俺はこれでも国の王宮じゃ負け知らずなんだがな」


 王子が話し終わった、ちょうどその時、教室の扉が開いた。そこにはクリードとアーリヤの姿があった。いつもと雰囲気が違う。なんというかピリピリとした空気をまとっている。


 私は一歩下がり様子を伺う。シャルルは一歩前に出ていた。


「ヌビス王子、私たちを呼んだのはどういう要件ですか?」


 そう言うアーリヤの目は冷たい。そのことに王子も気づいたのか、彼は緊張した様子で言う。


「この頃、この国で起きた事件について、君たちの話が聞きたい」


 王子の言葉を聞いて、クリードとアーリヤは顔を見合わせた。そして二人は頷き会い、次の瞬間には動いていた。


 金属のぶつかり合う音が辺りに響く。


 シャルルはクリードの、ヌビス王子はアーリヤの剣を受け止めていた。


 私の予想は的中した。この状況をどうにかしなければ。

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