【短編版】「醜い嫉妬はするな」と婚約者から言われたので

藍銅 紅(らんどう こう)

【短編版】「醜い嫉妬はするな」と婚約者から言われたので


小説家になろう様に投稿していた「醜い嫉妬はするな」シリーズ 短編版 です。


主人公の性格や細かい設定が、長編版とは少々異なります。


こちらでも投稿している長編版『「醜い嫉妬はするな」と婚約者が言ったから ~恋心は淡く消えた~』の第14話 天啓 と読み比べていただくのも一興かと。




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「あら、スティーヴン様ってば、今日もご令嬢がたに大人気ねぇ。ねえ、そう思わない? ファニー様」

「ええ、バーバラ様。でも仕方がないのでは? スティーブン様はとても麗しい殿方のうえに、婚約者があんな人ですから……」

くすくすと、笑いながら蔑むようにしゃべり、わたしにぶしつけな視線をぶつけているのは、この貴族学園で、わたしと同じクラスに所属しているバーバラ様とファニー様。

つまりは同級生というだけの関係。特に親しくはない。

彼女たちの言う通り、わたし、レシュマ・メアリー・ミラーの婚約者であるスティーヴン・オーブリー・アルウィン侯爵令息は、令嬢がたに、とってもモテる。

スティーブン様は、一言で言ってしまえば『美形』だ。しかも、『超』という言葉が頭に付くほどの。

艶のある青灰色の髪と、スレンダーな体つきがまるでシャムネコのようだ。

曾祖母の方が王室から降嫁してきたお姫様なため、スティーブン様も、どことなく高貴な気品が漂っている。

いや、どことなくというのは間違いか。侯爵家の令息としてふさわしい、堂々とした態度と表情。

一見冷たく見える青い瞳をお持ちではあるが、スティーブン様は実は甘えたがり。

その青の瞳でじっと見つめられて、恋に落ちる令嬢も多い。

そんな麗しいスティーブン様に対してわたしと言えば、長いだけの黒い髪を、後ろで一つにまとめている、己の外見には無頓着な女。

美形なスティーブン様に少しでも釣り合うように……などと、美容に気を遣ったりはしない。

学生らしい清潔感は辛うじて保ってはいるけれどね。眼鏡をかけているのだから……ということを言い訳にして、アイメイクなどもまったくしていない。口紅程度は塗るように努めてはいるけれど。それもたまに忘れてしまう。

学生という点から見れば、この程度の装いでもセーフだろうが、貴族の令嬢としてはアウトかもしれない。

まあ、でも、平々凡々な顔つきの、子爵令嬢でしかないわたしが、気合いを入れて化粧を施したところでなんだと言うのだろう。

誰も、別に、わたしの顔など気にしたりもしないだろうし。

そもそも、侯爵令息であるスティーブン様と、子爵家の娘でしかない私との婚約が調ったのが、おかしいのだ。別に、それが不幸の元とかは言わないけれど。

それはともかく。

ファニー様もバーバラ様も、他のご令嬢たちも、意中の男性を釣り上げよう、もしくはすでにいる婚約者に好かれようと、己の美を磨くことに情熱を捧げている。化粧によって作られた顔が美しいだけでなく、立ち居振る舞いも美しい。己の美を、極限にまで高めて、意中の男性を振り向かせようとするその努力は素晴らしいとは思うのよ。

だけど、わたしには、彼女たちのように、スティーブン様をなんとか自分のほうへ振り向かせようという感情はない。

嫌いとか、そういうことではなく、そもそも、そういう気力や感情がないのだ。

だから、化粧なんかしないし、スティーブン様が、たくさんのご令嬢がたに囲まれて、モテモテでもなんとも思わない。

どうでもいいから、ファニー様やバーバラ様の言葉などは、聞こえなかったことにして、本を読み続けていたというのに。

「ほら、見てくださいませ、レシュマ様。あなた様の婚約者であるスティーブン様が、あんなにも大勢のご令嬢に囲まれておりますわよ」

わざわざ名指しで呼ばれてしまった。

ああ、面倒。

無視したままでいたいけれど、無視したままのほうが面倒ごとになりそうな予感がしたので、仕方がなく、言われたとおりにわたしは教室の、中庭に面している窓のほうに視線を巡らせる。

スティーブン様は、その中庭のベンチに、長い脚を組んで座っていた。大勢の令嬢たちに囲まれながら。ご満悦に見える顔で。根が甘えたがりだから、ちやほやされるのが好きですもんね、スティーブン様は。

えーと、今日はどんなご令嬢を侍らしているのやら。なーんて、本当はどうでもいいけど、見ろと言われてしまったので、一応確認だけはしておくか。

スティーブン様の右側に座っているのは、確か、スティーブン様と同じクラスのソフィア様。それから左側に座っているのがメグ様だったっけ?

スティーブン様が座っているベンチの後ろにいる三人のご令嬢の名前は知らない。それから、スティーブン様たちが座っているベンチの前にも五人ほどの令嬢がいる。

つまり、大勢のご令嬢に、スティーブン様は取り巻かれ、目下談笑中……ということだ。

ご令嬢がたの、鉄壁の結界の中に、今日はファニー様もバーバラ様も入っていくことができなかったのね。

で、わたしに嫌みの一つでも言いに来たということか。

暇なのねえ、皆様。

まあ、どうでもいい。

わたしには無関係。

などと思いつつ、わたしは視線を中庭から自分の机の上に戻す。

どこまで読んでいたっけ?

一ページ前に、本のページを戻して読み直す。

そうそう、音声拡大の魔法の基礎理論。

これがなかなか難しい。

えーと、音の振動というのは空気の震えだから、音を大きく、響くようにするには、震えを大きくすればいいのかな……? それとも波動を細かくする……?

集中して考えねば……と思ったのに、ファニー様とバーバラ様が、こんどはわざわざわたしの机のすぐ前までやってきた。

ファニー様が「バンッ!」と、わたしの机を手で叩く。

「ねえ、レシュマ・メアリー・ミラー様? あなたの婚約者であるスティーヴン・オーブリー・アルウィン侯爵令息が、あのようにご令嬢がたに大人気でいらっしゃいますのに、あなたには思うところがないの?」

ファニー様のほうが、そんなふうにわたしに向かって睨んできたけど。

ええと? 

思うところって何? 

抽象的に言われても、あなた様の意図するところが全く分かりません。

わたしは仕方なく、座ったままではあるが、返事をする。

「思うところと言われましても、特に思うようなことはありません」

それだけを告げて、わたしは視線を魔法書に戻す。

立ち上がらなかったのは、あなたがたと会話するつもりはないという意思表示だ。だけど、無視するのは失礼だから、一応返事だけはした。

さっさと立ち去ってくれればいいのに、ファニー様もバーバラ様も、わたしの前から立ち去ろうとはせずに、威圧的にわたしを睨んでくる。

ああ、めんどくさい人たちに絡まれちゃったなー。わたしは溜息をもらす。

「思うところがないですって⁉ 婚約者のかたが多くの美しいご令嬢に囲まれ、談笑中。あなたは一人さみしく読書するしかないというのに?」

読書はわたしの趣味ですが? さみしい? そんなことあるわけないでしょう。寝る時間と食事の時間を抜かせば、ずっとずーっと本を読んでいたいと思うくらいなのに。特に魔法書なんて、一生読み続けても、読み終わらないくらいなのだ。ああ、一分一秒だって惜しいくらいよ。

「ええ、ありません」

今度は顔も上げずに答えた。

「身の程をご理解しているということなのかしら? だったらさっさと婚約者の地位を退いて、その地位をスティーブン様にふさわしいご令嬢に差し出すべきでしょう?」

なるほど、理解した。

スティーブン様との婚約を、わたしから破棄なり解消なりして、空いたスティーブン様の婚約者の地位を、ファニー様かバーバラ様に差し出せということね。そのために、わざわざ今日はわたしに絡んできたと。

わたしはもう一度溜息を吐いて、それから立ち上がった。

淡々と、しかし、まっすぐに、ファニー様とバーバラ様を見る。

「スティーブン様が望むなら、彼の婚約者の地位をあなたたちに渡しますが?」

「は?」

わたしの返事が理解できなかったらしい。ファニー様もバーバラ様もぽかんとしている。

仕方がないなあ、面倒なのに。

わたしはファニー様とバーバラ様の手首を、がっと掴んだ。

「え、ちょ、ちょっと……」

「何をなさるの……っ!」

二人の抗議は無視して、わたしはそのままずんずんと窓に近寄る。そして、今読んだばかりの音声拡大魔法を使って、スティーブン様に呼びかける。

「スティーブン様、今よろしいでしょうか? わたしとの婚約を、破棄なり解消なりをして、こちらのお二人、ファニー様かバーバラ様と婚約を結びなおしていただきたいのですけど」

音声拡大の魔法は成功したらしい。

というか、成功しすぎたらしい。

スティーブン様と、お取り巻きのご令嬢たちだけでなく、中庭にいた大勢の無関係な生徒や、わたしが今いる教室の他の生徒たちも、ぎょっとした顔で、わたしのほうを見てきた。

おっと、出力をもう少し控えねば……。

わたしは、音声の調整をする。うーん難しいな。これくらいでいいかな……?

とりあえず、興味津々な目を向けてくる、周囲の皆様にも聞こえる程度の音量に調整した。

「レシュマ……。僕が君との婚約を解消? 破棄? そしてレシュマの隣にいるご令嬢の、どちらかと婚約を結びなおせと言うのかい」

「ええ、そうです」

「……レシュマがそう言うのなら、僕も別にそれでもいいけど」

と言いつつ、スティーブン様は不満顔だ。口を曲げて、むすっとされた。

甘ったれの、かまってちゃん、発動かな? 

自分から婚約者を切り捨てるのはいいんだけど、ご自分が切り捨てられるのは嫌だってタイプだからなあ、スティーブン様って。

……まあ、でも今は、それはちょっと置いておこうか。

「わ、わたくしが、スティーブン様の婚約者に……」

「本当にわたくしが……」

ファニー様とバーバラ様は、既に自分たちがスティーブン様の婚約者になったのを夢想して、ポーッとなってしまっている。

が、そこに無情にも、スティーブン様からの追加の声が届く。

「僕の婚約者に対する条件は『醜い嫉妬は一切するな』ということだけど、そっちのご令嬢にはそれが可能なのかい?」

……今から五年ほど前の話、わたしとスティーブン様のお見合いが行われた。

十歳当時。

スティーブン様は非常に美しい少年だった。

いや、過去形で言うのはおかしいか、今も欠点など見当たらないほどに、スティーブン様はお美しい。

だから、何十回と婚約解消を繰り返しても、次から次へとスティーブン様の婚約者になりたい令嬢は現れては消えていった。

そう、簡単に婚約は結べる。

だけど、令嬢が嫉妬心を欠片でも見せようものなら、スティーブン様は即座に「婚約はなかったことに」と言うのだ。

……まあ、だけど、それも仕方がないことなのだ。

どろどろの愛憎劇を繰り返していたスティーブン様のご両親。

それを見て育ったスティーブン様は、『嫉妬』という感情を、異常なまでに忌避している。

……そりゃあねえ、父親の愛人が、刃物を持って、母親を刺しに来るような場面を、何回も見せつけられれば、トラウマにもなるよね。

母親が、父親の前で、愛人との寝台遊戯をしようとして、髪の毛をつかまれて、廊下に引きずり出されたとか、そのあと盛大に罵りあいをしたとか……。

そんな毎日の繰り返しでは、「嫉妬心を全く抱かない令嬢でなければ、婚約などしたくない」と願っても仕方がないと、理解はできるんだけどね。

そんなこんなで、わたしと出会う以前に、既に、スティーブン様は、何十人かのご令嬢と婚約を結んでは、その婚約を解消するということを繰り返してきていたのだ。

「僕はね、婚約していようが、結婚をしようが、こうやって毎日数多くの女性に囲まれて過ごすつもりだよ。だけど、婚約者が嫉妬心を露わにすることは許せない。そちらのファニー嬢やバーバラ嬢はそれでいいのかい? 婚約者をレシュマから君たちでも、他の誰かにでも代えるのは構わないけれど、君たちが妬心を抱くようであれば、即座に婚約は解消させてもらうよ」

スティーブン様は、ご令嬢に囲まれている姿を、わざと、わたしという婚約者に、見せつけるのだ。

そうして、わたしが妬心を持たずに、にこやかに対応することを確認して、安心するのだ。

……随分とまあ、歪んだ心の動きだな、とわたしは思ったりもするけれど。

だけど、それだけ、スティーブン様が、ご両親から受けたトラウマは根深いんだろうな。

ファニー様とバーバラ様は桃色だった顔を、青ざめさせている。

スティーブン様の言葉の意味が分かったのだろう。

「僕はね、レシュマと婚約を結ぶ前は、何十回も婚約を結ぶのと、それを解消するのを繰り返した。女性というものは、令嬢というものは、どうやら婚約者を自分だけのものにしたいと思い、そして、それが裏切られると、醜い嫉妬心を露わにして、僕か、相手の令嬢を罵りだす。そんな妬心を持たない女はレシュマだけだったから、僕はレシュマとずっと婚約を結んでいられた」

そうですね。わたしは、スティーブン様がどこの誰とどんなことをしていても、別に嫉妬なんてしない。

例えば、わたしとスティーブン様が結婚式を挙げたそのあと、スティーブン様がわたし以外の誰かをベッドに連れてきて、そこで、服を脱ぎお互いを抱きしめあい、愛を交わしあう姿を見せられても、何とも思わないだろう。

だって、嫉妬心など、スティーブン様と出会った最初のあのお見合いのときに、わたし、魔法で、自分の心からなくしたから。

そう、十歳で、初めて、スティーブン様とお見合いをしたとき。

わたしは即座にスティーブン様に恋をした。

多くの令嬢がそうであるように、あんなにも美しいスティーブン様に、恋をしないではいられなかった。

だけど、開口一番言われたのだ。

『醜い嫉妬はするな。そんな感情を抱いたら、僕は即座にお前との婚約をなくす』と。

素直なわたしは即座に「はい」と答え、そして、魔法で嫉妬心をなくした。消し去ったのだ。

嫉妬をね、するということは、その相手に執着をしているということ。

愛しているから執着し、愛しているから、それを裏切られたと思って、嫉妬をするのよ。

スティーブン様のお父様もお母様もお互い執着しあって、どうしようもなくなっているのでしょう、きっと。

執着っていうのはそういうことだとわたしは思う。

執着しないというのは、相手に関心がないということ。興味はない。好きでも嫌いでもない。

どうでもいい。

遠い他国に、虐げられたかわいそうなお姫様がいました。

そんな物語を聞いても、へーそうとしか思わない。物語を聞いた直後くらいは、不憫ね、とか思うかもしれないけど、次の日には忘れている。その程度の、薄い感情。

執着がないから、わざと無視するということもない。

だから、わたしは、婚約者であるスティーブン様に何の関心もない。

目の前にいれば、ごきげんようくらいは言うけれど。

スティーブン様が、大勢の美しいご令嬢を侍らしていても、何とも思わない。

生まれたはずの恋心は、きれいさっぱりなくなりました。

魔法って便利ね。

だから、わたしはスティーブン様に執着などしない。興味も関心も持たないの。

まあ、勢い余って、スティーブン様に対する嫉妬心だけではなく、スティーブン様に対するすべての感情をなくしたのだけれど。

幼い時のわたしは、まだまだ魔法操作が下手だったから。

あ、わたしの感情をすべてなくしたのではなく、スティーブン様に対する感情だけがなくなったのよ。

わたしの魔法に対する情熱なんてすごいからね。

この間なんて、魔法書を読み続けて、気が付けば夜が明けていたわ。

気絶するように、寝て、起きて、また魔法書を読んで、そして、気絶した。

そのくらいの情熱をわたしは魔法に向けている。

魔法の勉強をし続けられれば、婚約者なんてどうでもいい。

「ファニー様、バーバラ様。スティーブン様との婚約というものは、今ご説明したとおりです。妬心を抱かず、スティーブン様のおそばにいて、彼に安心を与える。それができるのであれば、わたしは喜んでお二人に婚約者の地位を譲りますけど?」

話を聞いただけで、青ざめたファニー様とバーバラ様には無理だろう。

わたしは二人を放置して、スティーブン様に向きなおる。

「こちらのお二人はご無理なご様子。スティーブン様、まだ私との婚約を継続でも構わないですか?」

どうでもいいんだけど、わたしとスティーブン様の婚約が継続できれば、うちの子爵家に援助金が入る。

スティーブン様の侯爵家にふさわしい装いができるようにってね。両親はそれはそれは喜んでいる。

わたしは資金援助なんてどうでもいいけど。だけど、侯爵家の御威光で、子爵令嬢では手に取れないはずの魔法書も、手に入れることができるのだ。

だから、わたしにも、婚約を継続しているメリットはある。

まあ、もう婚約を解消しても、自力で、自分の魔法の力で、魔法を学べるようにはなってきているから、婚約なんてどうでもいいけど。

どうでもいいけど、あえて解消するような、熱意すらない。

バーバラ様や他のご令嬢が、スティーブン様と婚約を結ぶというのなら、それでもいいし。別に現状維持でもどうでもいい。

興味も関心もないのよ、スティーブン様に。

「ああ、レシュマ。これからも妬心を持たずにいてくれると嬉しいよ」

妬心だけではなく、関心も興味もないけどね。

ま、それは言わないでおく。

というか、わざわざ言うのもめんどくさい。

「そうですか、では、お時間を頂戴してすみませんでした」

わたしは、茫然と突っ立ったままのファニー様とバーバラ様を放置して、自分の席に戻る。

やれやれ……。

そうして、本の続きを読み始める。

わたしは本に没頭してしまったから、気がつかなかったのだけれど、わたしとスティーブン様の会話を聞いて、これまでスティーブン様の周りを取り巻いていたご令嬢たちも、一気に、潮が引くように、いなくなってしまったらしい。

これまではね、わたしから、スティーブン様の婚約者の地位を奪って、自分が婚約者になるという野望をお持ちのご令嬢が大勢いたのよ。

だって、わたしのような、美容にも気を遣わない女から、婚約者の地位を奪うなんて簡単だと思っていたらしくって。

いえ、奪うのは、簡単でしょう。

わたしだって別に、「婚約破棄なんて嫌」とか、スティーブン様に縋り付かないし。

だけど、わたしからスティーブン様の婚約者の地位を奪ったところで、愛されない。

今まで通りにスティーブン様は大勢の令嬢に取り巻かれて、それを見た新しく婚約者となったご令嬢は、嫉妬をする。婚約者はわたしなのに、他のご令嬢と仲良くしないでって。

そう告げれば、即座に婚約などなくなってしまう。

スティーブン様の隣に居続けたければ、妬心を押し殺して、数多くのご令嬢に囲まれ続けるスティーブン様に我慢し続けなければならない。

もしくはわたしのように無関心になるかね。

せっかく奪うほどに、スティーブン様を愛していても、スティーブン様はそんなご令嬢おひとりだけを愛してはくれないのだ。

徒労に感じて去っていくか。

嫉妬心を露わにして、スティーブン様に捨てられるか。

無駄な時間を過ごすわねぇ。

ま、わたしにはどうでもいいけど。

わたしが音声拡大の魔法を使っていたせいか、この出来事は、ものすごい勢いで、貴族学園内に広まった……らしい。

さらに、その親や友人などにもどんどん伝わって、スティーブン様はご令嬢に囲まれることもなくなっていった。

最近のスティーブン様は、誰かに話しかけられることなく、ポツンと一人、ベンチに座って、空なんかを見上げているらしい。

「さみしい……」なんて呟くスティーブン様は、ずぶ濡れの子犬のように哀愁を帯びているけれど。

魔法でつぶしたわたしのスティーブン様への感情は、もうないのだ。

かわいそうにとか、何とも思わない。

だって『醜い嫉妬はするな』とあなたに言われたから、わたしのあなたに対する感情は、とっくに失われているの。





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お読みいただきまして、ありがとうございました。


長編版とは異なり、こちら短編版のレシュマちゃんは無感動的です。

長編版のレシュマちゃんは、ぐいぐい前を向いてぐいぐい頑張りますよー。

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