終章

ショットガンの銃口を肩に担ぐようにして胡坐をかきながら不遜な態度でスクリーンを見つめる男の正面まで向かい合う。彼はこの男に兎に角なにか言葉を出そうと思考を巡らそうとしたところ

「何もない癖に指摘された途端に自分の仕事すら忘れ、しかも用意すらないとはどこまで敗北者なんだ」

「そこまで言われる筋合いはないぞ、あんたも立ち行かなくなったからこんなことやってるんだろ」

「金や恨み言でないことは貴様以外の人質を解放した時点でわかるだろう」

「この行いは俺が全てをやり切った結果だ。何者かになれると信じ切り進み続け、人生で最後に誰かに己の存在を何かに残すための行為だ」

「じゃあこれで何もなく終わるのか、その行為に何故俺がいる。変な怨み言をいうためか、俺を呼んだ理由はいったいなんだ」

向かい合う両者、初めてお互いに踏み込んだ言葉をぶつけ合った。

長い沈黙が流れる、その後目線を外しながら呟く

「誰かと対話したかった。」

濁すように呟かれた言葉は初めて男のポッケの中身を見せてきたのが伝わり、彼はこの不可思議な状況に意味を見出し始めた。今この男と向き合うことが何かに繋がるという思いに変わっていった。

「誰も見つけてくれなかった俺が最後に果たす前に、せめて誰かと言葉を、感情を交わしてみたかった」

思えば彼は永らくで人と向き合わずに人生を過ごしてきたのを感じた。人と心で向き合うという行為、人の本音にぶつかるという感覚が重くのしかかった。しかし彼も覚悟を決めた。

「何故ここまでするんだよ。あんたがその行為を起こす前に見つけてもらおうと出来なかったんだよ」

男は間髪いれずに返す。

「俺にとってこういった行為は本当の意味で初めてだった。俺にとって心根を出すのは常に別の何かの表現だった。」

「しかし伝わらないんだよ、現実に表現は殆ど汲み取られない。」

これが全てなんだなと彼は分かった。そして自分もまた男の何かに触れること、見つけることを出来なかったんだと分かったのだ。

「しかし、前にもいったがこれは怨みつらみの行為ではないと、今日は誰かに伝えることがあると自分の中の何かが叫び声をあげているんだよ。」

そう言って男は一度目俯き、呼吸を整え顔を上げる。

「お前が表現をしていくんだよ。世間に存在すら見捨てられた俺を唯一見つけざる得なかったお前がこれからを紡いでいけ。」

晴れやかな表情でそう告げる男は全く別の人に思えた。

「表現は何でもいい。別に成功しろとも言わない、ただ何かを残せ。決して灰色に馴染まないでくれ。」

彼は戸惑っていた。男の言葉を受け、欲望と理性、色々な自分が溢れ出し歯止めが効かなくなっていること。かつて何者かに憧れ、しかし歳を重ねて現実に自分を嵌める癖がつき忘れていた欲望おもいを引っ張り出され、そして背中を押されてしまったことで彼の中でぐちゃぐちゃになった感情が一つに染まっていく。

「それは俺でいいのか。」

「お前にだから言っている。ある種、俺の分岐点がお前であるのかもと考えた末に告げた。」

「しかしこれは決して応援なんかじゃない。これは呪いだよ。表現という欲望を晒し受け止めるということをお前に付与したんだよ。」

男からの呪いは彼にとってレールを完全に変えることに、自分の欲望を、この呪いを彼は認めることにした。そして男にこう返す。

「その呪い、引き受けることにするよ。」

それは今までと何ら変わりない言葉だった。しかしこれは灰色だった彼にとって初めてのだった。彼の言葉を聞き安心し、悟った顔で男が手を差し出す。

「握手をしよう。」

差し出された手を握り返した。少し細く弱弱しい手伝わる温度、そしてこの握手が彼にとってであり、男にとってであること。

手を離すと男は少し後ろに距離をとった。

「お前に最後に見つかって良かった。」

そう言いい笑った後、男は懐に忍ばせた拳銃を自分の腹に充て引き金を引いた。ほんの一瞬だった。劇場内に鈍い音が響き渡った。彼は驚愕と同時に眩暈のような感覚に落ち、彼の意識に幕が閉じた。

目が覚めた時そこは自宅だった。彼は起きてテレビを付ける自分の顔が映っていた。そこで事件が解決したことを理解した。そして男の事件はそこそこ世間を賑わしたらしい。

「はぁ...まあやるか」

そう呟くと彼はいつかの為にと買っていた物に書き始めた。

•••

数日後上司に辞表を提出する若い警察官がいたらしい。彼は辞める理由を聞かれこう答えたらしい。

に襲われたと。


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眩暈 Serius9 @serious9

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