中章
「しかし最近の映画は酷くて見てられんな」
彼の問いを気にも留めず男はこちらに対してわざとらしく呟いた、男の掠れた声が劇場に響くとその音は吸い込まれるように消えていった。
「やれ実写化だのやれお涙頂戴の女々しい映画ばかりじゃくだらんねぇ」
「両方とも目先の客の感情を舐めたビジネスとしか見れない出来で、こいつは本気でこれ作りたかったんかと疑いたくなるね」
と評論家気取りの男に腑に落ちなかった彼は咄嗟につぶやいてしまう。
「けど面白い作品も沢山出てますよね、それって一部を切り取って全部悪いって勝手に決めつけてるたけじゃないですか」
一瞬の間の後、冷静になった彼は、この状況においての自分した発言の軽率さに血の気が引く感覚に襲われた。しかし男は声色一つ変えず返した。
「そう思うのはお前が消費者たる確たる証拠だな」
彼はこちらを向いて得意気な顔をした。瘦せ細く、皴の入った顔は不気味なほど濁った感情を見せず、奇妙だった。
「警官だし当たり前だろ、ならあんたは何かの作り手だったのか?」
見下されたことに彼は自身としての立場を忘れ、おもわず語気を強めた言い方になってしまった。恐る恐る彼を見ると俯いていて表情が読み取れないが明らかに空気がおもくなった。
「国家の末端細胞のお前と比べれば創造的なこともやっている」
と一瞬見せた翳りを伏せまたニタニタとした態度に戻った。男のこうした態度に付き合ってられないと思い、冷静にと自制し、状況を確認しようとする。
「立てこもり犯に言われる筋合いはないんだよ、てかあんたはどうしてこの場所なんだよ」
「映画館は素晴らしいだろう、女子供が集まり、基本はショッピングモールの中で空調設備も最高であり尚且つ常に暇つぶしが揃っていると一番の立てこもるに相応しい」
と自信ありげに語っているやせぼったい顔に嫌悪感を感じ、埒が明かないと苛立ちを隠せずにいた。男はその瞬間を逃さないとばかりに口を開く
「その表情はムカついているな」
「警察官は常に冷静に、なんじゃないのか」
「そんなので市民を守ることなんて出来ないんじゃないか」
「そもそも警察官など安定しているからと選んでいるだけであって志も何もないんじゃないか」
男はここぞとばかりに言葉を責め立てる。彼はそんな言葉に対して無視できずに俯いてしまう。核心を突かれてしまったのだ。
「仕事なんだよ、生きる上で安定が欲しいのは誰でもそうだろ」
「お前みたいに立てたこもりなんて馬鹿馬鹿しい行動をしなくてすむしな」
精一杯の抵抗だった。彼の心にはかつて持っていた何者かになりたいという感情を引きずり出され、そんなかつての憧れを純粋に持つ自分と現在のなれなかった自分のギャップに吐きそうな思いになってしまう。そしてそれをこんな男に引っ張り出された屈辱感に今にも泣き出したくなるくらいだった。
「そんな逃げた態度の奴には当然何かなど起きる訳ないな」
「何かになるものはそもそも
彼は敗北しかけていた。男の言葉に思考もぐらつき心は折れかけだった...
思い出せば子どもの頃、いつか生きていれば自分は何者かになれると思っていた。例えばスポーツ選手、例えばテレビ出てる芸能人と所謂みんあの憧れの夢物語のような人になっているんだ。そして人から見つけてもらうんだと。
いつ頃からか生きることが現実に迫ってきてこの眩暈に似た幻想は忘れていたのにこの男の言葉はかつての感情を呼び起こしている事実には情けなさいと感じてしまっている。
「逃げたのかもな...けど今だって悪くないだろ」
これは本心であった。警察という仕事には満足しているのだ、平穏な街で少々の仕事をこなすことで他人ヒトからの感謝を安く手に入れられる。この感謝の手軽な供給を得られる日々はかつて持っていた想いを忘れ去れるほどであった。
「今この立てこもりをしているという記録はある種残るだろうが、その時に起こした俺は名を残すが貴様はただの警察官止まりだ」
「結局は行動せず社会の基盤になること選んだのは貴様なんだぞ、私は自分の人生に悔いてはないし、この立てこもりという決断もきっと輝かしいものになるだろうと確信している」
男の行為には容認は出来ないが自分の捨てた何かを持ち合わせていると感じてしまっていると思うと同時に"こいつ"なんかに自分の人生の何かを決定付けられたくないという感情が沸々と湧きだし,忘れてしまった想いと向かい合う。
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