第2話 僕らはハクジョーの先生のことを話した

 学校が終わって、いつものように同級生の二人と港に向かって歩く。

 今日は午後から入学式があるから、5年生以下は午前中で終わり。

 6年生は、入学式の後に新入生と一緒に学校を探検する催しのために残ってる。



 ただ、正直学校の案内なんて今更、というのが通年で、実際は入学式だけで終わりなのが実情。

 今頃はもう、みんな荷物をまとめて帰ってる頃じゃないかな。

 それか、そのまま校庭で遊んでるか。



「なぁなぁ、今日新しく来たあの女の先生どうだった?」



 横並びに歩道を歩く僕らの真ん中で、大きなおにぎりを片手に大ちゃんが聞いてくる。



「ウチはあの先生ちっちゃくてかわいかったと思う! 顔も可愛くてタイプだったし!」



 大ちゃんの隣で水筒を飲みながら話すメイちゃん。

 呼吸が荒く見えたのは夏が近いからだろうか。



 たしかにメイちゃんの言う通り。見た目に限れば、映星エボシ先生はすごく幼く見えた。それこそ教室に入ってきた時は、最初中学生かなって僕も一瞬思っちゃったくらいだし。



 ただ所作とか話し方がすごい大人びていた......。

 というかれっきとした大人なんだけど。いま改めて思い返しても、10歳以上離れているとは、見た目だけじゃ言われても信じられない。

 身長は6年生よりも小さかったし、顔つきだって校長先生や副担任より僕らの方に近かった。



 普段、島で一緒にいる大人のほとんど50代以上、っていうのも多少あるかもしれないけど、それを差し引いたとて、やっぱり10歳も遠い気がしない。



 それこそ中学生だって言っても誰も疑わないんじゃないかな。むしろ先生って言った方が疑われそう。



「俺はさー、正直あの先生怖かったんだよなー。なんつーか、眼が"キッ!!" ってなってる感じ?」



 左目の目尻をグッと押し上げて、大ちゃんは自身の感じた映星先生の印象を表現する。



 大ちゃんの言いたいことは、ボクも何となく分かる。



 僕らに背中を向けて黒板に名前を書いている時。

 映星先生が僕たちから視線を外している時でさえ、指の一本も動かしてはいけないという、身体を縛り付けられるような緊張感があった。


 いつもと同じはずの教室なのに、重力が下向きに強くなったような感触。

 それこそ、蛇に睨まれた蛙みたいな、金縛りにあったみたいだった。

 だったから、単純に緊張していたのかもしれないけれど、それにしては色々と強すぎた。



 だけど、これだけガチガチに縛られていると感じていながら、痛みや息苦しさが一切がなかったのは不思議だ。



 怖いとか、そういうのを全部抜いて、ただ純粋に動けないだけ。

 蛇はコッチを睨んでいるのに、全然食べる気が無いのを、睨まれている側の僕らが知っているみたいな変な状態だった



「それに『みんなの顔は覚えられません』って、これからの最初に日に何でそんなこと言うのって思わん?」




 大ちゃんはおにぎりの最後の一口を放り込んで、不機嫌そうに厭味ったらしく。似てないモノマネで先生の言葉を再生する。ただ言っている事はごもっともだ。



 本土ではどうか知らないけれど、ここの学校は6年間ずっと同じ先生と学校生活を送る。



 おじいちゃん先生が定年退職する今年がレアなだけであって、基本的には入学から卒業までずっと一緒にいる。それにこんな狭い島だから、学校外でも会うことはいっぱいあるし、先生という存在は、家族と同じくらい会ってるといっても大袈裟じゃない。



 だから、色々な事情があるとしても、いきなり出来ないと突っぱねられたら、僕らだっていい気はしない。



「なんで、映星先生はこの島に来たんだろう......」



 単純な疑問として、僕は思ったことを口にしてみる。なぜ、先生はこの島の学校に来たのだろうか。その理由は何なのだろうか。



 島の大人たちは、産まれた時からずっといるって人ばかり。島から一度も出たことないって大人ひともいっぱいいる。

 島に入ってくるのは、数少ない観光客と普段は本土で働いてる人の偶の里帰りくらい。



 先生みたいに外から越してきた人も多少いるけれど、それももう20年前とかが最後。

 それも、親戚が島に住んでて介護が必要になったから、みたいな理由だったはず。漁港のおじさんたちが、確かそんな話をしていたのを聞いたことがある。



 島は噂もそうだけど、家の中での会話もすぐに広まる。僕が2年生の時に一度だけおねしょをしてしまったことも、濡れた布団を干している間に広まっていた。




 恥ずかしかったのと同時に、島が結構気持ち悪い場所だということを、その日知った。




 話を戻すと、先生みたいに完全に無関係な人が引っ越してくるのは、島を開拓していた時期のを除けば、初めてのことではないだろうか。

 大抵、誰かの家族が里帰りする時となると、気付いたら島のみんながそのスケジュールを知ることになることになるこの島で、先生の噂は一切耳にしなかった。




 漁港でも、駄菓子屋でも、学校の行き帰りで必ず遭遇する、井戸端会議の場でも。




「そもそも、映星先生って誰かの親戚だったりするのかな?」



 メイちゃんは水筒を風車のように振り回しながら、疑問を口にする。



「親戚だったらその人から広まってるだろ。だーれも隠し事させてもらえないんだから」


 大ちゃんの言う通り。親戚が来たとなったら、この島の人は総力を挙げて宴会をするし、その勢いで全員が顔を見に来るはず。


「そうだよねぇー。でもさ、親戚もいないなら島で住むとこ探すのとか難しくない?」



 島にはアパートなどの集合住宅はない。大勢が住んでるという点で言えば漁師用の寮があったりするけど、それ以外はみんな一軒家に住んでいる。

 外から来た人は知り合い伝手に空き家を譲ってもらったり、居候したりして雨風を凌いでいるけど、先生にはそれがない。



「あとあと! あんなに眼が悪いんだったら普段から助けてくれる人いないと、ご飯とかどうするのって思わない? 車は運転出来ないだろうし、どうやって買い物とかしてるんだろってならない?」



 メイちゃんが興奮気味に言う。



 考えれば考えるほど、尽きずに浮かび続けてくる疑問。

 うんうんと三人揃って腕を組んで、首を傾げて悶える。口火を切ったのは、おにぎりを平らげたばかりなのに、お腹を鳴らした大ちゃんだった。



「もしや、実はおじいちゃん先生の孫だったとか......!」


「え、おじいちゃん先生って結婚してないはずじゃない?」




 メイちゃんの主張に、僕も同調して首を縦に振る。

 対する大ちゃんの表情は自信満々で、探偵のように顎に手を添えるとゆっくり歩きながら、自らの推理を披露し始めた。




 グリーンの海を背景に、開運ナントカ鑑定団の査定の時のBGMが流れているようだった。




「そう、おじいちゃん先生は今も島で一人暮らしをしている。しかし、噂によると若い頃は本土の大学で何やら研究をしていたらしく、卒業して島に戻って来た後も一度だけ、本土に戻った時期があるという......」



 おぉ......思いがけずそれっぽい推理が広がっていく。けど話し方が似てない古畑任n郎みたいで胡散臭さが強い......



「その時に実は本土あっちで結婚していて、そして奥さんと子どもを置いて戻って来たとしたら? 勝手に島に帰って、戻って来ない旦那のことなんて奥さんも、子どもも嫌いになるに決まってる。そして時が流れ、何の運命か、映星先生という孫と引き合わせとなってしまったら......!!」



「たしかにそれっぽい! 運命のいたずらが二人を引き合わせたとなれば辻褄が合う」



 興奮気味に推理にのめり込むメイちゃん。それ辻褄使うタイミング合ってる? って思ったけど、凄い盛り上がってるし、何も言わずに一旦黙っておこう。



「そう! これはつまり人と人との愛憎が産んだ悲劇の結果! おじいちゃん先生は定年だから退職したのではなく、定年という理由を使って逃げることにしたのだ!」



 大ちゃんは僕の前を駆け抜けて、勢いよく防波堤に飛び乗ると、映画のスターのようなキメポーズで推理を確定させた。



 おじいちゃん先生の孫、というのは一概に否定は出来ない。けれど、それこそ隠し事のできないこの島ではバレない訳がない。絶対に何処かで綻んでいたはず。



 そう思うと、僕の中では誘拐説の方がまだ合理性はあると思う。

 誰かが映星先生を誘拐してきて、お前は明日から小学校の教師になるんだって脅したとか。



 犯罪だからみんな口を閉ざすだろうし、一貫してバレないようにやるだろうから、噂が立たなくても可笑しくない──



 いや無理だな。この島で噂流れない方が無理だ。



 あちこちにいるおばちゃん、おばあちゃんたちの監視の目を掻い潜るのはネズミだって出来ないんだから、人が出来るわけない。



 結局、映星先生が島に来た理由は分からないなと耽っていると、さっきまで隣にいたメイちゃんの姿が無いのに気づく。

 反対を見ると、さっきまで大ちゃんがいた防波堤から下を覗き込んでいた。気になって僕もカバンを立てかけて防波堤に上る。



「どうしたのメイちゃん。何かいた?」

「いいや? ただ大ちゃんがカッコつけながら落ちてったから見てるだけ」



 メイちゃんの見ている方に視線を向けると、そこには波打つ海で立ち泳ぎをする大ちゃんがいた。



「やばい! 四月なのに海が冷たい! なんで!」


「4月だからじゃないかな~」



 至極冷静な返しをするメイちゃん。



「もー、今日は海に入る気なかったのに~。海がオレの事愛して止まないんだな!」


「なんかやかましいこと言ってるし帰ろっか」


「そうだね。僕も家帰ってお昼寝したいし」



 じゃーねーと、大ちゃんに手を振って僕らは堤防を降りる。今日は何も穏やかだし、少し泳げば砂浜だから大丈夫だろう。



「ちょっ! 待ってくれてもいいじゃん! ちょっと待ってよ! チョ......マテ......チョマ...チョマテヨ!」



「荷物だけは持って行っといっといてやるか~」


「そうだね。僕が持ってくよ。家に置いておくついでに事情は話しておこう」



 揺蕩う大ちゃんを横目に帰るのも、僕らにとってはいつものこと。

 いつもと違うのは、新しい先生という謎が海にも溶けない素材で出来てるせいで、頭に残り続けていることだけだ。


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ハクジョー先生!! はねかわ @haneTOtsubasa

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