第2話 ヴァルカンブラス

道具屋の店主は緊張していた。大きな町では、剣は武具屋、服は服屋、靴は靴屋と分かれているが、田舎の小さな村の事だから一軒の店で全て扱っている。当然、品揃えは少なくなるが、なるべく質の良い品を厳選して店に置いているのが店主の自慢であり、誇りだった。


緊張の理由は、たった今、少年を連れて来店した女である。女だてらに剣士のようだが、背が高くて筋骨たくましい女というのは、一部の上級貴族しかも正妻の娘にだけ見られる資質だからだった。


王家と一部の上級貴族は、次世代の優秀な当主を得るため相手の女性には家柄だけではなく高い知性と優れた体力を兼ね備えた女性を求める。


そうなると生まれてくる子は自然と背が高く優れた体格を持つ者が多い。男児だけではなく女児も生まれる訳だが、当然、女も背が高く体格の良い子が生まれ、そういう者同士が結婚し、子を作るとますます体格が大きい子が生まれるという訳だった。


最も裕福な貴族は愛人がいるのが当たり前で、愛人の資質についてはそこまで拘らないので生まれる子は必ずしも体格が良い訳ではない。


彼女を怒らせたら、こんな小さな店など簡単に潰されてしまう。そう思うと店主の背中に冷たい汗が流れた。


金はありそうだから、とにかく店で一番良い品を全部出して並べた。


「うん、こんな田舎の店にしては物は悪くない。」サティが口にした。


店主は余計なお世話だと思ったが、当然口には出せなかった。


サティはコータに動きやすい服や靴、装備を選んだ。


「あと、剣が必要だな。こいつに合った長さの剣はないか?」


「剣士様ならお分かりでしょうが、短い剣は需要がないのです。」


「確かに相手に短い剣ではどうしようもないものな。さて、どうするか?」


店主が思い出したようにポンと手を打った。


「ちょっとお待ちを。古いものですが確か一本だけあったはずです。」


店主は店の奥に入ると、一振りの剣を抱えて戻って来た。



剣を受け取り、少し抜いて銘を見たサティの手が止まった。


「ヴァルカンブラス? まさかな。」


「ちょっと借りるぞ。切れ味を見たい。」


サティは表に出て、店の脇にある木の前に立って軽く剣を振り下ろすと、バサッと音を立てて太い枝が地面に落ちた。


「間違いない。ヴァルカンブラスだ。何故こんなところに?」


「店主、この剣の来歴は分かるか? 誰が持っていたとか、いつこの店に売られたとか?」


「申し訳ありません、私が店を継いだ時には既にありました。親父かじいさんが入手したと思いますが、仕入れの台帳にも記載がないのです。」


「ふむ、まあ良い。この剣をくれ。言い値を払う。」


店主が提示した金額は大した額ではなかった。サティの様子から名のある剣らしいとは思ったが、欲しがる者がいなければ高値にはならないのである。何より高値で売りつけて後々面倒なことになっては、と警戒する気持ちが強かった。


「だいぶ時間をくってしまったな。今日はこの村で泊まるか。この村の代官屋敷はどこにある?」


「店の前の道を30分程歩いた先です。」


「ありがとう、世話になったな。」


サティは気前良く金を払うとコータと店を出た。コータは腰のベルトに剣を差した。


「その剣はヴァルカンブラスと言ってな。百年程前の刀工の名だ。切れ味もさることながら、持って軽く折れず曲がらず実戦でこれに勝る剣はない。」


「彼はロマ・ファンファーレ王家に仕え、剣を作った。それらの剣は名だたる騎士にのみ与えられたので、ヴァルカンブラスの名は世間には知られていない。」


「彼が作った剣は99本。シリアルナンバーが打たれ、王家がどこにあるか全て管理しているが、この剣にはナンバーがない。」


「ヴァルカンブラス本人が個人的に誰かのために作ったか、それとも王家に仕える前に作ったのか? どういう来歴か分からんが、名刀であることは間違いない。」


「そんな剣を僕が持っていていいんでしょうか?」


「縁あって、お前の元に来たのだ。その剣にふさわしい剣士になって見せろ。」


「私のこの剣もヴァルカンブラスだ。もっとも私のは家出する時にうちの宝物庫から盗、いや拝借したものだがな。」


サティはコータの横顔を見た。こいつ、転生して剣士である私のところに現れ、しかもヴァルカンブラスを手に入れた。この世界で剣士になる運命なのかも知れないなとサティは思った。

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2025年12月28日 18:00
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異世界転生したひ弱な少年は鬼のように強い女剣士と今日もいちゃいちゃしながら冒険の旅をしています 沙魚人 @hazet

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