植物の苦痛について

駄文製造機X

第1話

ブゥウウ―――――ンンゥゥん……ブゥウウ――――ンンぅぅぅ…………。


「ええそうです。彼はもう15年も目覚めてはおりません」

「正確にいうならば”彼の中では”15年も目覚め続けているのですが、臨床的には目覚めていないという表現が正しいと思います」


眼の前にいる白衣の背の低い男。

眼の前にいる横たわる男。


ここは病室。

美しい森林に囲まれた都会からもアクセスが”悪くはない”、禄に自然と触れ合ったことがないのに”緑のいい香りがする”だなんて思える、疲れた人間には「なるほどここは療養にはいいのだろう」と思える場所にある。

病院はコの字になっており中央コの”口”に当たるそこに樹齢150年の歴史がどうこうと書かれた看板と共に巨大な大樹がある。

実に生命力が強そうな大樹だ。

その病院のある一室。本来相部屋をするのであろう広さのその部屋には現在彼のベッドしかない。

空き部屋の目立つ今日日珍しい病院だから、ここにくるまでのバスが貸し切りだったように彼は貸し切りなんだろう。


「知っていますか?植物。ええ。あの風にそよいで抵抗も”できない”あれです」

急になんの話を。と思うが黙って聞く。

私は彼に話を聞きにきたのだから、勝手に話してくれるものは全部吐き出してもらおう。聞き上手とは邪魔をしないことだ。


「あなたは植物ってなにを考えていると思いますか?」

「ええ。ええ。もちろん。植物に”何かを考える知能などない”と考えるかもしれない」

「でも、そんなこと誰がわかるんですか?」

「眼の前の人間の、それこそ私や”彼”の気持ち、わかっていますか?」

「でしたら、植物もなにを考えていても、それは彼らにしかわからないかもしれない」

「それはもしかすると我らには理解の遠く及ばない崇高なことを考えていて、既に宇宙の真理を知っていて、」

「この宇宙のおぞましい支配者について恐れているかもしれない」

「はは。まあ、今のは冗談だとして」

「重要なのは、”彼はなにを考えて、感じているのでしょうね”ということです」

「もしかすると、彼らは”今日もいい天気だなあ””気持ちいなあ”くらいしか考えていないのかもしれない」

「でもですよ?」

「彼らにとって実は太陽光を浴び、光合成をすることが”とんでもなく苦痛を味わう”ことかもしれないですよね」

「つまりは彼らはつまり、生きるために身体を伸ばし、そういう風に進化しながらも」

「常に吸血鬼がそうであるように、光を浴びるたびに、絶叫を上げ続けているのかもしれない」

「まあ、もちろん彼には”それを表現する能力がない”ので確かめられませんし」

「助けるもなにも、彼らはそうしなければ生きられない」

「逆にいえば、”途方のない苦痛を感じる生態をしていても、生きられるように進化してしまった”」

「こうなった場合、誰が助けられるのでしょうね?」


そこで背の低い医者は一区切りついたばかりに、”彼”の横に置かれた”綺麗に切りそろえられた切り花”の横のペットボトルの水を、くぴりと飲んだ。

果たして植物は切られた時に、どう感じるのだろうか。


「そうそう、彼らは表面張力とかで”水を引き上げる”ので、自身の力で”水を飲む”ことはないんだろそうですよ。”ただ条件が整えば体の中を水が通り抜ける”のです」

「それが”絶命を願うほどの苦痛でも””この世の全てを祝福したくなほどの絶頂を伴っても”彼らにそれを拒絶することはできないのです」

「ただ、されるがまま。それを拒否する能力を、神は与えなかった。そうつくられた」

「まあ、私は神が生物をつくった。とは思っていないのですけれど、じゃあ、なぜ生物が”こう”なのか。と言われると神秘的で大きな何かを感じてしまうことがあるのです」

「それは表面的な自分の直感に反します」

「ですが、闇に何かがいるように」

「生物の神秘にも”何か”がいそうな気がする」

「ところであなたは”こう”なった場合、どうなっていると思いますか?」

ベッドに横たわる男を指して言う。


「彼はどうやら脳の異常によって”ずっと覚醒しているのに身体を動かす機能が壊れて動けないのです”」

「治す方法も現在はありませんし、そこにたどり着く糸口すら見えません」

「ブラックジャックでも医学の遠く果てにある”これ”を治すというのは無理かもしれない」

「医師は”医術を扱うもの”で”病気を治せる何か”では根本的にないですから」

「あくまで”医術を経由して結果として治ることがある”だけです」

「なので”医術ではどうにもならないものは、もう人の手にはどうにもならない”」

「不可能ですよ。不可逆なんです」

「そう、彼はこうなってしまった」

「植物がそう進化したように、彼はそう至った」

「んん。ごめんなさい。これは不適切でしたね。撤回します」

「まあ、そういうわけで、彼はね。私の考えでは”植物の見る夢”を見ているような気がします」

「唐突に脳が血管の異常で壊れたその日に、彼はこう”至ってしまった”」

「悲しいことに”原因もわからなければ、治し方もわからない””人は誰しも急にこうなると言う実例が彼”なのです」


彼は外の日差しを受けて意気揚々と生きているように見える大樹を見ながら言った。

「ねえ、あなたは植物の苦痛を信じますか?」



ブゥウウ―――――ンンゥゥん……ブゥウウ――――ンンぅぅぅ…………。


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