読み終えて

 参加された高校生の皆様お疲れ様です。

 受賞された皆様、おめでとうございます。

 活字が読めなくなったことから、荒療治でやる気に満ちた高校生の作品を読んで感想を書いてきました。おかげで活字が読めるようになったので、今年は良く読めました。

 補助的に音声読み上げソフトを活用しながら、やる気に満ちた高校生の皆様の作品を楽しんでは読み、感想を書きました。


 二〇二四年の今年のカクヨム甲子園の応募総数二千百七十九作品の内、第一次選考を通過した中間選考作品は、ロング部門八十二作品、ショート部門九十九作品、計百八十一作品でした。

 最終選考作品に残ったのは、三十二作品。(ロングストーリーは十六作品。ショートストーリーは十六作品)から、受賞作品が発表されました。


 私は今年、ショート二百八十一作品、ロング百五十一作品、計四百三十二作品を読んで感想を書かせてもらいました。

 昨年は三百二十三作品を読んでは感想を書き、大変でしたが今年はそれを上回るほど、心身ともに苦しい思いをしました。

 ですが、運営が中間選考作品を早めに発表してくれたおかげで、十一月中には感想を書き終えることができ、皆様とともに発表を待つことが出来ました。


 過去最高の応募数だけでなく、出来も過去最高に良いものが応募されていたと感じました。すでに、書籍化やコミカライズ経験のある人も参加されていました。それだけ今回は、参加された高校生の方々には厳しいものだったのかもしれません。

 注意事項に、字数制限や完結済みにするなど書かれながら、応募総数の一割くらいが、なっていなかったと思います。

 そんな作品はゼロ次選考で落とされると思うのですが、中間選考されたものの中には、連載中の作品もあったので、運営側の甘さを見た気がします。

 とはいえ、見落としがあっただけかもしれません。

 次に応募するときは注意事項をよく読んで守ることを忘れないようにしましょう。



 選考委員をされた、はやみねかおる先生のコメントが掲載されています。

「自分も高校時代には作品を書いていました。読ませていただいた応募作品の全てが、当時のぼくのレベルを超えていました。というわけで、当時の自分を棚に上げて封印した上で、残念に思ったことを書かせていただきます。

 まず、“描写“をないがしろにしている作品が多かったです。書き手はわかっていても、読んでいる方に伝わっているとは限りません。多くの人に読んでもらい感想を聞いて、描写の足りない部分に気づいてください。

 また、世界設定が甘いです。作品に書かない部分にまで気を配らないと、読者を自分の世界に引き込むことはできません。 あと、命を扱う覚悟が足りません。原稿の上とはいえ、殺人を書くには覚悟がいることを知ってほしいです。

 ほかにも文字表記や不要な改行など気になったことはたくさんありますが、まずは書き続けてください。そのとき、少しでも上記のことを思い出していただけたら、選考委員をさせていただいた甲斐があるというものです」



 暁佳奈先生が選考委員された二〇二三年のカクヨム甲子園のときは、状況描写よりも心情を書き込んだ作品が増えました。

 その流れが二〇二四年にも見受けられました。

 登場人物の心情は伝わってくるのですが、どういうことが起きているのか、場面を想像しにくい作品が多かったです。

 心情描写でも、なにが起きているのか、読者に伝えることはできます。ですが、場面を想像するには足りません。

 作者が思い描いている世界を読者にも同じように想像し、感じてもらうためには、「状況描写」「外見描写」「心情描写」「雰囲気描写」「行動や出来事」「説明や考え」を描くのを怠ってはいけないということです。

 また、今年の中間選考作品の半分くらいは、死を扱った作品でした。

 ミステリー作家のはやみねかおる先生が選考委員であったこと、十代特有の希死念慮、時代の閉塞感など、ミステリーやSF、ホラーでは死を描きやすいなどが影響したかもしれません。

 死を描くのがいけないとは、誰もいってはいませんが、扱い方描き方に言及されていると思います。

 はやみねかおる先生の作品を読まれている方ならご存知だと思いますが、作中で人が簡単に死ぬことはありません。

 幼少期に祖母から「生きて帰ってこい」と声をかけられて育っており、戦争はあってはならないし忘れてはならないという思いは強く、登場人物が悲しさや虚しさを語る作品を書かれているわけです。

 一般の新人賞に応募される作品も似たような傾向、暗い話が応募されてくるといいます。ですから、カクヨム甲子園だからというわけではありません。

 だからこそ、作品を作るときに考えてください。

 はたして自分が書いて作品が読みたいと思われるものなのか、求められているのか。高校生に限らず、物語を創作するすべての作者は考えましょう。


 私は子供の頃から、友達や幼馴染、知人やお世話になった人、身内、一緒に遊んだ隣の家の子、ペットなどを亡くした経験があるので、死んでいく作品を立て続けに読んで感想を書く日々は辛かったです。

 毎年のことですけれども、そんな作品に出会うたびに、読むのをやめようかと悩んだものです。

 だけれども、死を描くには作者なりの考えや思いがあるはずです。そんな思いを汲み取ろうと、読んでは感想を書きました。


「文字表記や不要な改行など」については、カクヨム甲子園では大目に見られている部分があります。

 だからといって、世にある一般の小説新人賞も同じようにみてくれるとは思わないほうが良いです。

 改行については、ネット小説を読みやすくするための方法として、改行や一行、数行あけをしていると思います。小説投稿サイト内では問題ないですが、書籍化をされる作家を目標に抱いているならば、いまから少しずつ、文章の書き方を高めていかれるのが懸命です。


 今回、ロング部門には、すべてではないですが各編集者からの選評が掲載されていました。

 受賞された作家さんは、編集者からの感想や意見を元に、今後の創作活動に生かされるといいです。作家は主観で作品を見るのに対し、編集は客観です。作家仲間同士での意見と異なり、編集視点で見てもらうことでより良く改善する助けとなるからです。

 レーベルにあった作品に対して、それぞれの出版社の編集者が選評してくれているのでは、と想像します。どのような作品を書いたら、どこの出版社のレーベルで売り出せるのか、指針となるのではと考えます。

 各レーベルに小説を応募しようと考えている人は、目安になると思いますので、選評を読まれることをお勧めします。


 

 ロング部門の大賞は『満月と卵焼き』著者 蘇芳ぽかりさん。

 現代ドラマで現代的、高校生が主人公、兄妹と彼女との関係、家族愛が描かれています。

 選評には「兄の恋人に対する妹の微細な心の揺れ動きをじっくりと描いた本作では、『卵焼き』のモチーフに感情の変遷を仮託するような、卓越した描写力と作者自身の持つ将来性、双方の観点から満場一致で大賞に決定しました」とあります。

 また、スターツ出版編集者Sから、「ある意味世界にとっては何も起こっていない日常を、これほどドラマチックに、魅力的に書けるのは凄いなと思います。等身大な人物造形だからこそ、彼女のことが気になって惹きこまれました。どこまでいっても完全に他人とは分かり合えないかもしれない。でも、分かり合いたい人がいる、という部分には希望と勇気を貰いました」とあります。

 また、カクヨムU-24杯にて『群衆と、タランチュラ』という作品で優秀賞を取られました。

 そちらの選評では、望月くらげ様が「『僕の遺影を描いてください』そんなセンセーショナルな一文からあらすじがはじまった。人の本質を描くのだという全色盲の画家・榊に自分の遺影を依頼した主人公・真斗。遺影を描くために一ヶ月、できる限り榊の元に通うようにと言われ、八月の一ヶ月間の殆どを榊と過ごしていく。自分とは違う価値観に触れる中で、狭かった真斗の世界が、そして視界が広がっていく。全色盲という色を認識できない榊に見える色、そして色が見えるはずなのにどこか世界がくすんでいる真斗の対比がよかった。どうしようもないと思っていたことは、少し見方を変えたり一歩踏み出すことで変わっていくのだと真斗の心の変化を通じて改めて感じることができる。遺影を描いて欲しいと思うほど未来に対して希望のなかった真斗が最後に残した遺書は、死にたいと思っていた自分を昇華させるための遺書だったように感じた。前を向いて顔を上げて歩いて行きたくなるような読後感はとても好みでした」とあります。お時間がありましたら、読んでみてください。

 二〇二三年のカクヨム甲子園で『カミオヒーロー』という作品を書かれていて、このときから印象深い作家さんだと思ってきました。なにかしらの賞を取られると思っていましたが、大賞に選ばれたことは驚きとともに素晴らしく、嬉しい限りです。

『満月と卵焼き』は心情描写だけでなく情景描写が良かったです。家族や人間関係の複雑さを繊細に描いていて、感情の変化は丁寧で、読後感が温かで良い出来でした。

 実際、満月の卵焼きを作るとなったら難しいと思う。卵の中に白はんぺんをいれるなどつなぎを入れるか、薄い卵焼き上にして、芯の部分にハムやチーズなどを挟んでは、ラップに包んで巻いて整形して輪切りにしたらできるかもしれない。

 卵は人の心のように柔らかく、傷つきやすい。冷えると固くなる。そんなところも似ている。取り合わせの妙、比喩もよく、読後が素敵な作品でした。



 読売新聞社賞は『まっすぐ弓を引いて』著者 暁流多利他さん。

 現代ドラマで現代的、高校生が主人公。友情もの。

 選評には、「打ち込める何かをつかんだ高校生の生き生きとした姿よ。今この瞬間を『好き』と言い切れるすがすがしさよ。背筋が伸びるような凜とした弓道の世界と、同級生の友情関係を交錯させた作品です。人生に悩む人すべての人に読んでほしいです」とあります。

 また、新潮社編集者Tから、「突出して大きな事件が起こるわけでもなく、男女が出てくるからと恋愛に直結するわけでもなく、青春のモヤモヤを自分たちの身の丈にあった言葉でぶつけ合う二人の会話に、不思議な魅力を感じました。漫画を読んでいるかのように絵が浮かぶ物語でした」とあります。

 個人的には弓道部つながりから、『ツルネ-風舞高校弓道部-』という作品が浮かびましたが、それはおいといて。

 動きとともにきれいな描写と、物語性のある書き出しが良かったです。情景が浮かぶ描写が素晴らしかったです。

 人生に躓きはつきものだし、十代はとくに失敗や挫折をくり返します。だからこそ、一度は諦めたことに、もう一度好きになってみようと行動を起こさせてくれる作品だったところが、実に良かったと思います。

 普遍的で万人受けするところは、読売新聞社としては選びたい作品だったのではと想像します。



 キングジム賞は『名探偵と気まぐれな彼女』著者 楠夏目さん。

 現代ドラマで現代的。高校生が主人公でミステリー要素のある家族愛もの。

 二〇二三年のカクヨム甲子園でロング部門大賞『一夏の驚愕』を取られた作家さんです。

 選評には、「主人公がそっと心の中で感じていた不安や寂しさ、葛藤を日々の何気ない風景と共にさわやかに表現をしていて、情景が目の前に浮かぶようでした。ミステリーを題材にしつつも、温かさが満ちた作品でした」とあります。

 キングジム賞で設けられていたテーマは『道具』であり、「私たちの日常に溢れる『モノ』を起点にいったいどんな『コト』が広がっていくのか、わくわくした気持ちで皆さんのアイデアを読ませていただきました。どの作品にも、高校生という今だからこそ放てる一瞬のきらめきを感じ、とても感動いたしました」とあります。

 本作で描かれた道具は、足つぼマット。

 昨年の『一夏の驚愕』はジュブナイル的でした。今回は家族愛をテーマにした日常ミステリー。謎解きの物語の構成、推理要素と家族ドラマ、主人公の性格や家族関係など心情変化も丁寧に描かれていて良かったです。

 猫は可愛い。犯人は猫だろうと、はじめから思いながら読んでいたのを思い出します。足つぼマットを動かしたのが誰なのかを当てることよりも、家族との温かい交流の大切さをあらためて気づかせてくれるところを描いていると思いました。ミステリーものと思ったら家族愛だった、そんなところも良かったと思います。

 ミステリーだけに限らないのですが、文章の買い出しをひとマス下げたり、紋切り型の言い回しや水増し表現を削ったり、わかりやすい文章を書くことを心がけるのがいいと思いました。



 浅原ナオト特別賞は『声を紡ぐ』著者 吉野なみさん。

 現代ドラマで現代的、高校生が主人公で恋愛要素。

 選評では、「吃音が原因で俯く少年が、周囲の優しい人々と『小説』を通して心を開き、前を向いていく過程が、瑞々しい筆致で丁寧に描かれていました。不安定な青春を象徴するような透明感のある繊細な情景描写や、短い中にも物語の起伏を意識している、”作家”としての『企み』も垣間見え、今後に可能性を感じました」とあります。

 幻冬舎編集者Tからは、「『言葉』によって傷つけられ、でも、その『言葉』を使って小説を書き、自分の苦しみを乗り越えようとする設定がよかったです。辛かったことも悲しかったことも今までの経験を武器にして小説を書く――物語中にあったその心意気でこれからも書き続けてほしいと思いました」とあります。

 今回設けられた、浅原ナオト特別賞はどのような作品が求められているのか、掴みにくかったかもしれません。

 浅原さんは社会の固定観念や「ふつう」という概念に挑戦する作家で、彼の作品はLGBTQやマイノリティといった属性を超え、一人ひとりの人間としての複雑な内面と葛藤を繊細に描き出しています。単なる社会問題の描写ではなく、個人の深い感情や願望を通じて、読者に社会の多様性と人間性について考えさせる作品を生み出していました。私たちが無意識に持つ偏見や先入観に光を当て、新しい視点を提供するのが特徴的な作風。

 本作『声を紡ぐ』では、吃音の蒼の日常が自然に描かれ、障害を持つ二人の出会いと交流を通じて互いを理解していく過程が丁寧に描写されているところと、言葉をテーマにした重層的な構造、小説の中の小説という入れ子構造が効果的に用いられていました。自己表現への葛藤や他者との関係性について深い考察され、家族関係の複雑さや先輩との関係性の変化も魅力的。物語全体に青春の瑞々しさと切なさが流れ、一瞬一瞬が大切に扱われていました。

 言葉は傷つきもすれど人を救うと語る先輩のセリフは、作者の思いも重なっているのだと感じます。とてもいい作品です。

 本作が選ばれたのは納得がいくと思います。



 ロング部門の奨励賞は五作。

『ドッペルロボット』著者 天井萌花さん。

 SFで現代的。高校生が主人公。心が温まる。

 選評に、「本作は自分そっくりに変化する「ドッペルロボット」を身代わりに、繰り返しの日常から離れて自由に過ごそうと試みるお話ですが、あらためて自分の生活の愉しみを見つけ直す、明るい読後感が素敵な作品でした。この世界でドッペルロボットを使う他のキャラクターなども盛り込んだ形で読んでみたいです」とあります。

 スターツ出版編集者Sからは、「設定と展開が着地点に向かって真っすぐと進んでいき、テーマ性が非常にわかりやすく、一貫性が魅力的な作品でした。一方で同時に予定調和的な側面が少し感じられてしまったので、例えば、主人公の悩み葛藤を少し掘り下げたり、ドッペルロボットの悪意を仄めかすなど、もうひとつ変化があればさらに素敵に感じられたかもしれません」とあります。

 二〇二三年のカクヨム甲子園にて、『水中夢中』AKRacing賞を受賞されています。昨年は、素直に選ぶならこの作品だろうと感じ、そのとおりに選ばれていて驚いたことを思い出します。

 今回の『ドッペルロボット』は藤子作品っぽくて、個人的に好きでした。編集者の選評に「ドッペルロボットの悪意を仄めかすなど、もうひとつ変化があればさらに素敵に感じられたかもしれません」とあるように、この手の作品には必ずといっていいほど、ロボットが人間の地位を奪おうとするような、ホラーっぽい怖い展開が後半以降で起こることが多いです。それを想像して読んでいると、そういう展開が起きなくて、いい意味で期待を裏切ってくれたところは良かったと思います。

 ただ、後半をもっと盛り上げるには悪意をほのめかしたり、他のドッペルロボットを登場させるなど、編集者が言われているような工夫ができると思いますし、なにか欲しいです。その意味を込めての奨励賞なのではと考えます。



『少しだけ世界に魔法をかけて』著者 ぐらたんのすけさん。

 現代ドラマで現代的。主人公は大人女性。ホラーっぽさがある。

 選評に「人間の持つ悪意を解釈して、物語に落とし込もうとするたくらみを感じる作品でした。 サキが、”悪者”を動画に撮ってSNSに晒すことで”魔法少女”として正義の執行者になりきっていく様子に迫力があります。心理描写の巧みさに比して、外見描写が少ない点が惜しく感じられました」とあります。

 スターツ出版編集者Sから、「息苦しさを感じている主人公が、半ば強引に自分を正当化する物語。その中である意味“異常”な行動を起こしていくという展開は、勢いがあって最後まで惹きつけられました。ラスト、そんな主人公がどう自分と向き合うのか。期待していた主人公自身の変化があまり読めず、その点だけ少し物足りなく感じました」とあります。

 正直いって面白かったです。魔法少女の夢と現実のギャップがリアルに描かれていて、時代性もありました。男ならヒーローに憧れて、警察や消防、自衛官など選べる職業があるのに対して、魔法少女に憧れたあとは、アイドルくらいしか選べるものがない。そんな夢を抱きながら大人になった人はいるだろうし、他人の迷惑省みず正義の味方気取りでネット利用する人もいるところからも、現実味を感じられました。その点は本当に良かったです。

 指摘されているとおり、描写やラストの弱さがあり、B級映画の香りがするので、ブラッシュアップできると思います。



『AI彼氏と協力して現実で彼氏を作る話』著者 鶏=Chickenさん。

 SFで現代的な要素がありながらファンタジー。女子高生が主人公。ちょっとホラー。

 選評に「AIで生成された理想の彼氏たちが実体化して主人公の現実での恋愛を助ける、という一風変わった着想を起点に置いた本作では、ストーリー展開にはやや強引さがありましたが、主人公は相手の虚像に憧れているだけで、自分では見えていなかった相手の側面を受け容れられない、というキャラクター作りが非常によく効いていました」とあります。

 新潮社編集者Tからは、「ゲームのキャラクターを現実に召喚できるという突飛な話なのに、まったく気にならずぐいぐい読める文章力・ストーリー展開が巧みで、また中盤からギョッとするような変調を見せていくところや、後味の悪さも余韻を残す作品でした」とあります。

 人間とAIの関係性を深く探求し、多面的な魅力を持った作品で、いろいろな要素を込めて読者を楽しませようとしているところは良かったです。事件展開は急すぎて意表を突かれ、指摘されているように強引さがあったものの、お話としてはうまく出来ていたし、考えさせられるところもあって良かったと思います。



『心臓が満ちるまで』著者 熒惑星さん。

 SF。現代的なものを取り入れ、恋愛要素もある。

 選評に「リリカルな感性で、感情を持つ人間が排除されたディストピア世界の描写を試みている意欲作で、瑞々しい文章が美しいです。感情がない人間同士の社会における生活は、現代日本の生活とどう異なるのかなど、広大な世界観の細部をさらに詰めこんだバージョンもぜひ読んでみたいです」とあります。

 幻冬舎編集者Tからは、「狂気の暴走で人口が激減した歴史を乗り越えるために感情を失うことが人間の進化だった五〇〇年後――この構えの大きい設定と、このなかで『恋』を描こうとする企みのチャレンジさに好感を持ちました。ただ『感情がある/ない』をもう少し緻密に描いてほしかったなと思います」とあります。

 五百年前に女子高生が狂気に発病したところから端を発する狂気の暴走により、感情を失う進化を辿った新人類の世界という設定が、良かったと思います。どこかに十代の若者が関係する部分や、現代的な要素がないと、読者が自分事として捉えてて作品世界へのめり込むのが難しくなる。主人公が僕も恋いしたいと抱くところも共感が持ててよかったと思います。編集者が指摘されている、細部を詰めたり感情のあるなしの部分を厳密に書いた上で中庸を描くと、より良くなったのでしょう。



『瑞国伝』著者 水野文華さん。

 異世界中華ファンタジー。主従もの。歴史物という印象がある。

 選評に「『瑞国』を舞台に、国の未来を憂う高潔さが故に宦官に落とされた楚清朗が、側仕えとして皇子と絆を結び、薫陶を受けた皇子が賢王として治世を敷くまでの物語を描いた本作では、物語の構成やキャラクターの心の流れに破綻がなく、細部まで調べが行き届いている点も含め、見事な作品でした」とあります。

 新潮社編集者Tからは「この短さで大きな物語に挑戦されていて、ずいぶん歴史小説に親しんできた作者なのだなと、感心する文章力でした。それが一方で仇となったのか、ストーリーに既視感があり、史実に基づいていない歴史ファンタジーを書くならば、独創性をもう少し感じられたら……という印象が残りました」とあります。

 七月に読んだとき、これはいい作品だと思ったのを覚えています。ロング部門といっても、文字数を考えると一般的な短編の部類に入るので、壮大な話を描こうとするとダイジェストっぽくなるものですが、本作は細やかに描きながらうまくまとめられていて、読み応えがありました。

 カクヨム甲子園だったから目立つことができたのかもしれません。長編で本作が書かれているのを想像したとき、異世界中華作品が世にあふれる中で差別化を図りながら売り出せるのかを考えると、編集者が語られているように独創性がほしいと感じるでしょう。二次くらいは通るけれども、それ以上は難しいかもしれない。作品のウリを自分で客観的に説明できるようになるといいと思います。中華主従譚だけでは弱い。ミステリーなら謎解きの面白さと別の面白さが必要なように、どんな作品にもプラスアルファの魅力が必要です。それは作者が用意しなくてはいけないものです。

 自分が興味あるものの中で、みんなが読みたい要素を探して題材とします。流行に乗るのではなく、まずは自分が好きなものを優先し、面白く読んでもらうための読みどころを考えてください。

 


 最終選考作品は七作品ですが、最終選考に残った作品から受賞作を選んでいきます。ロング部門なら、十六作品から選んだことになります。その中から受賞作を選んでいくので、選考委員の考えや他作品との差、少し運の要素もあるでしょう。

 最終選考に残ったということは、あと少しで受賞できたのです。それだけの作品を書く力が自分にはある、と自信を持っていいと考えます。



『ハッピーエンドの向こう側』著者 暁葉留さん。

 現代ドラマで現代的。主人公は女子高生で部活もの。

 KADOKAWA編集者Kからは、「演劇を通し青春を取り戻していく過程が丁寧に描かれた熱量の高い作品でした。王道の展開の中にも、劇中と現実が重なり合うようなメタ的な構成が、程よいスパイスとなっていました。ただ分量の制限が足枷となったのか、駆け足になっていたようです。分量を意識せず各キャラクターの背景を掘り下げ書き上げたものを、また読みたいと思いました」とあります。

 昨年は、東日本大震災を題材にした『』を書かれていて、あれこれ感想を書きました。今年、ブラッシュアップして応募されていました。より良くなっていました。そのあとで本作が投稿されて、こちらも読みました。最終に残っていて、良かったと本当に思いました。

 編集者が指摘されているように、ロング部門といっても短編並みの分量しかないので、五人の登場人物それぞれを描きながら演劇部の活動と劇の内容を描きながらコロナ禍から青春を取り戻していく作品でしたので、詰め込み過ぎな感じが否めなかったと思います。劇中と現実が重なるようにできている工夫は良かったです。対になっているので、劇で描けない部分は現実で、現実で書けない部分は演劇で、補完できていて、そこは上手かったと思います。



『きみの世界は無限愛。』著者 おんぷりんさん。

 現代ファンタジー。主人公は小学六年生。

 KADOKAWA編集者Kからは、「小説を書くことの喜び、葛藤が、感情豊かなキャラクターを通し丁寧に描かれ、小説に対する作者の熱い思いが伝わってきました。『締め切り』や『赤字』など、世界観を活かしたアイデアも、面白く読むことができました。まだまだ曖昧なこの世界のルールを綿密に設定し、ストーリーに組み込むことができれば、より完成度の高い作品になることでしょう」とあります。

 児童文庫や児童文学、子供が読んで楽しめるような作品だと感じました。編集者の指摘にあるように、設定に曖昧さ、甘さがあり、読者が想像しにくいところもあったと思います。作品内にすべてを書く必要はないけれども、作者は世界観や登場人物のことを決めて、把握して書かれると完成度も上がるのではと思います。

 書籍化を目標として応募するときには、章立てて他のキャラに変更せず、三人称一元視点(主人公の視点)で書いてください。

 


『心』著者 蘇芳ぽかりさん。

 時代もの。二人の男性の半生。

 KADOKAWA編集者Kからは、「大河ドラマを思わせるようなドラマチックなストーリー、ノスタルジックな世界観、表現力豊かな重みのある筆致、この分量で、この物語をよくまとめ上げたものだと感心いたしました。『等身大』という意味で同時応募の大賞作には一歩及びませんでしたが、まだ構想の一部分だと思いますので、二人の男性の一代記としてこのまま描き綴っていって欲しいと思います」とあります。

 大賞に続いて、こちらも最終選考されていました。

 読んだとき、蘇芳ぽかりさんはこんな作品も書くのかと、驚いたのを覚えています。大正時代の雰囲気を、二人の男の生き様を垣間見たような、いい作品でした。テレビドラマにすると、一時間くらいにまとめられるだろうし、分量も申し分ない。ただ、この作品を受賞作に選べるかどうかを考えたとき、難しい題材だったのではと考えます。作品としての需要はあると思います



『死んだうさぎとタートルネック』著者 初見皐さん。

 現代ドラマで現代的。主人公は高校生。青春もの。

 幻冬舎編集者Tからは、「『ペットのウサギを殺して写真をSNSに投稿』という衝撃的な物語の導入と、愚かなウサギ『兎埼先輩』、年中タートルネックの後輩『カメ野郎』が魅力的でした。ただそこに比べると『ウサギを殺す』ことで何かを伝えたかった背景と、その相手である母親の描写が少し弱いとも思いました」とあります。

 読んだとき、小説すばる新人賞とか、青春小説として出せそうな作品だと思った覚えがあります。インパクトも魅力もあったけれど、編集者が指摘されているような弱さがあるのは否めなかったですね。荒削りだけれども、いいものを書くような感じがにじみ出ている作品でした。もう少し書き込んで、二時間ドラマにできそうな、そんな印象がありました。



『君に幸あれ』著者 ひつゆさん。

 現代ドラマ現代的。主人公は大人の女性。高校時代の友人に思いを寄せていた。百合もの。

 KADOKAWA編集者Kからは、「取り返しのつかない現実に引き止められた登場人物たちの『先に進めない』苦しみに、胸が締め付けられました。感情移入できる部分とそうでない部分が混在していることも含め、リアリティのある作品ではありましたが、ストーリー自体はオーソドックスなので、結末にもう少し意外性が欲しいところです」とあります。

 構成がしっかりしていて感情の機微が丁寧で、日常描写と心理描写のバランスが良く、読みやすかったです。しかも大人が描けていたところが素晴らしい。リアリティーを感じられました。編集者の指摘にあるような、クライマックスに向けて盛り上がりがあるとさらに良くなるでしょう。

 他の賞に応募したときでも、もう一つ強みとなる、作品としてのウリとなる何かしらがほしいですね。



『けやきの夜明け』著者 森谷はなねさん。

 現代ドラマで現代的。主人公は中学生。思春期の悩みや成長もの。

 スターツ出版編集者Sからは、「主人公の直面した問題。そしてその問題と向き合う葛藤がしっかりと描かれていて、彼女の境遇、心情に共感し、応援したくなりました。救ってくれるヒーローの存在も魅力的です。ただ、一方でそんな彼女が一歩踏み出すきっかけが少し説得力に欠ける印象でした。同じく悩みを抱えるヒーローだからこそ言える言葉や、きっかけとなる出来事を読めるとさらに魅力的な物語になると思いました」とあります。

 タイトルをみて、どんな話なのだろうといろいろ考えながら読んだことを覚えています。リアリティのある描写と共感を呼ぶテーマ、構成が良かったですし、キャラも立っていてやり取りもスムーズ。葛藤がしっかり描かれていて良い。友達に難聴を打ち明けると、あたたかい反応をもらって再び学校へ行けるようになるのですが、編集者が書かれているようにもう少し盛り上がりがあると、より良くなったでしょう。



『ゴースト・ライト』著者 @qwegatさん。

 SFで近未来。ミステリー要素がある。

 幻冬舎編集者Tからは、「≪ラブレター生成機≫が作り出した『2194匹のサンマによる忍者式自己批判の日々ですね』という一文に心つかまれ、『2194匹のサンマ』という言葉がラブレターとしての効果を発揮する関係があるかもしれないという<彼女>の回答に想像力を刺激されました。ただ後半、その世界の豊かさを活かしきれてないのがもったいなかったです」とあります。

 AIでラブレターを生成するのは突飛な話ではないなと思いながらも、『2194匹のサンマによる忍者式自己批判の日々ですね』の一文がインパクトがあって良かったです。

 一体どういう意味なのだろう、どこからこんな発想がでてきたのか、真剣に考えて、調べもしました。本当にわからなくて、それだけ作品にのめり込めたのですけれども、編集者からの指摘があるように後半が残念だったかなと感じました。ただ、小説の書き方、表現や見せ方は良かったです。



 毎回そうだと思いますが、堅実的に見合った作品が選ばれたように感じます。

 今回の結果から、カクヨム甲子園では、どのような作品が選ばれるのかが、よりわかったと思います。

 基本は、現代的で時代性のある十代の若者が主人公の、児童文学や本屋大賞に選ばれるようなエンタメ作品が求められているのでしょう。

 純文学とエンターテイメント小説の違いは特になく、しいていうならばレーベルによって異なるくらいです。だから、カクヨム甲子園でも、過去には純文学的な作品もあれば、ファンタジーやSFが強いものが選ばれることもありました。

 幅の広さは、毎年異なる選考委員によって求められる作風が変わるため、と思います。

 今年の受賞作をみると、大賞、読売新聞社賞、キングジム賞、浅原ナオト特別賞はどれも、現代ドラマで主人公は高校生、しかも恋愛というよりも、兄妹愛、家族愛といった、広義の愛ある作品が選ばれているのがわかります。かわりに、奨励賞にはSFやファンタジー作品が選ばれています。

 中間選考した作品群をみると、ミステリーやホラー、SFやファンタジー色のある作品が多く選ばれていた感がありました。

 選考委員がはやみねかおる先生でなければ、ミステリーやホラーなどの作品を、一次通過して中間選考に上げてこなかったのではと思います。

 たとえばSF作家が選考委員となったら、受賞作にはSFやファンタジー色が強いものが選ばれるのではと推測します。

 カクヨム甲子園に応募する場合、大きく左右されるほどではないかもしれませんが、選考委員が誰になるのか、注目する必要があるでしょう。


 今年は、コロナ禍や能登半島地震などの時事を描いた作品が選ばれることはありませんでした。

 最終選考の中にある、暁葉留さんの『ハッピーエンドの向こう側』では、コロナ禍の大変な思いをしたことが描かれていますが、受賞作にはありません。

 歴史の残るパンデミックが起きたことで、これまではコロナ禍を扱った作品が選ばれることがありました。同じように、世界中を巻き込んだ出来事として、AIがあります。

 今年は、AIが用いられた作品が多かったと思います。

 今後、時事ネタを作品に書くならば、誰もが知っているような、世界中を巻き込むほどの大きな出来事がいいと思います。そうでない時事ネタは、扱わないほうがいいかもしれません。


 受賞作を見ると、ミステリー作家のはやみねかおる先生が選考委員であったとしても、ミステリーが選ばれるわけではないのがわかります。ミステリーものが多く応募されることは想像できたし、よほどの出来でない限り、難しかったと考えます。

 とはいえ、中間選考に上げられた作品群すべてが、最終選考に通過できないものだったかは別だと思います。

 中には、いい作品もあったと思います。それでも選ばれなかったのは、描写だったり、群像劇のように視点がコロコロ変わったり、読者にどういう場面でどんなことが起きているのか、示して伝えきれなかったのかもしれません。あるいは、今回のカクヨム甲子園において、求められているものではなかったというだけかもしれません。

 受賞した人も、最終選考、中間選考止まりだった人も、得るべきものはあったと思います。悔しい思いをした人もいるでしょう。その思いを、創作意欲に変えて励んでください。来年もカクヨム甲子園に参加できる人は挑むのもいいですし、今年三年生で卒業される方は、他の新人賞に挑んでください。

 小説の賞は、カクヨム甲子園だけではないからです。

 

 沢山の作品を読ませていただきまして、ありがとうございました。今年の作品の出来の良さには驚かされました。

 至らない点も多々ありましたが、高校生の皆様の情熱のこもった作品を読めて、楽しかったです。

 本当に、ありがとうございました。

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