四字熟語の呪い
藤泉都理
四字熟語の呪い
恋人が喧嘩した時に必ず俺にぶつける言葉があった。
ただ、滅茶苦茶早口で言っているので、毎回、聞き取る事ができず、きっと、悪口を言っているのだろうなあとは、思っていた。
思っているだけで、何を言っているのか、仲直りした時に尋ねようとは思わなかったのだが。
なんか、難しい言葉を言っているような、気がする。
何でこんなに喧嘩しちまうんだと、恋人にも、自分自身にも腹を立てながらも、今日も今日とて、滅茶苦茶早口で吐き捨てられた言葉に、ふと、何を言っているのか、疑問に思った。
が、どうしても、聞き取れない。
恋人に尋ねるのも、何か、嫌だった。
ので。
今度喧嘩した時に録音して、解明しようと思ったけれど。
何故だか、聴きたいと思った時に限って、喧嘩をしなくなった。
いい事だ。
喧嘩するほど仲がいいというけれど、喧嘩なんてしないに越した事はない。
疲れる。心身共に、本当に疲れる。
まあ、それでも、喧嘩しちまうんだが。
奇跡だ。
全然喧嘩しない。
どうかこのまま。
わからないままでいい。
このまま喧嘩しませんように。
そう願ったのも束の間。
喧嘩しちまった。
いつもと同じ。
言った、言ってないで大喧嘩。
恋人は例の長文を吐き捨てて、大きな足音を立てながら部屋から、そして、家から出て行ってしまった。
手元に残ったのは、怒りと、スマホに録音していた恋人の言葉。
聞いてみても、何度聞いてみても、全くわからない。ので。
文字起こしのアプリを使ってみた。が。
【孤苦零丁一日九回三心二意三界無宿家徒四壁五里霧中五角六張七顛八倒四苦八苦九腸寸断】
さっぱりわからない。なにこれ。
呪詛。呪詛なの。呪詛っぽい。
苦しめとか、苦しんで死ねとか、そんな感じだろうか。
漢字をこれでもかと使っていて、呪いがこれでもかと籠っていそうだ。
ぴえん。
そりゃあ、そりゃあ、自分だって、自分だって、悪いが、恋人だって絶対に悪い、誰がなんて言おうと悪いんだそれなのにこんな。こんな。
あれ、もしかして、恋人って、呪術師、なの。
呪術師。
現実に、しかも、こんな身近に、呪術師。
そう言えば、夜な夜な出かけているような、気がする。
呪いって、夜に発生しやすいんだよな。
はわ。はわわわわわわ。
呪術師。恋人が呪術師。
すごい、かっけえ。
けど。
いつ、悲惨な死を迎えるか、わからない、ん、だよ、な。呪術師。
「あんたが言ったんでしょ!」
「はい!俺が言いました!」
「え?」
あ、また強く言っちゃった喧嘩になっちゃう。
そう思いながらも今更ごめんなんて言えない私は、恋人を信じられない目で見つめた。
いつもならすぐに言ってないって言い返してくるのに。
どうしたんだろう。
何か、何か、目が、怖い。
優しすぎて、ううん、何だろう、とにかく、熱がすごく籠っていて、滅茶苦茶怖い。
(………もしかして、呪いが効いてきたの、か、な)
零から九までの漢数字を使った十個の、しかも、苦しめって意味がある四字熟語を喧嘩した時に言い続ければ、喧嘩はしなくなるという呪い。
孤苦零丁
一日九回
三心二意
三界無宿
家徒四壁
五里霧中
五角六張
七顛八倒
四苦八苦
九腸寸断
私が選んだ。
残虐無比な四字熟語。
言った時は、言ってやった苦しめって思うけど、家から出た時には、本当に苦しい目に遭ったらどうしようって、でも、呪いの効果が出るかもって、思ったら、言わないって選択肢がどうしても、なくならなくて。
(もし、本当に、これで、喧嘩を、しなくなっても。喧嘩を、しても。もう。止めよう。うん。苦しめって呪いが籠った四字熟語じゃなくて。恋人が幸せになるような四字熟語にしよう………本当は、カッとなりやすい性格を、変えられたら、いいんだけど。ううん。それより。も)
「………わ、私。ケーキ。食べたくなった。から。一緒に、買いに、行かない?」
「うん。行こう」
ごめん。
素直に私が間違っていたかもって言えなくてごめん。
まだ、そうだよあなたが悪いって思って、ごめん。
ごめんね。
「喧嘩、ばっか、で。ごめん」
「………喧嘩するほど、仲がいいって言うし。いいよ。これからも。じゃんじゃん。喧嘩しよう。喧嘩して。仲直り。ぐす。仲直り。じようね」
「………うん」
手を繋いで、泣きながらケーキ屋に行って、ホールケーキを買って、一緒に食べて、一緒に寝た、振りをして、私はベッドから、部屋からこっそり出た。
恋人が幸せになるような零から九の漢数字を含んだ四字熟語を紙に書いて、枕の下に忍ばせておこう。
今まで言った四字熟語を打ち消せるように、強く念じながら。
(2024.6.29)
四字熟語の呪い 藤泉都理 @fujitori
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